71:◇黒い魔女の記憶4
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初めにこの国に来たのは、黒い格好をした神様たちだった。
彼らはオトジ国で起こり始めている異変を調べていた。
次に人の善意を信じる神様が四人、この国にやってきた
彼らは国を回り、自分の代わりにことをなせる人間を四人、密かに選んだ。
選ばれた人間たちは自らの誠実さを表すためだと言って白い格好をしたから、白い騎士がやってきたと噂が立った。
そして四人の白い騎士は「聖女」にふさわしい人間を選んだ。
……私を、選んだ。
黒い格好をした神様たちと白い騎士たちは「聖女」に選んだ人間を守り、そしてこの国の――ひいては世界を破滅から救うために行動していた。
私の元を訪れた神様たちによると、とても大きな力を持った神様が狂いかけているという。その神様は、ただそこにいるだけで意味がある。この世界を形作るエネルギーのバランスを保つために必要な存在らしい。
だからもしその神様が狂ってしまったら、この世界はあらゆる天変地異に見舞われ、たくさんの生き物たちが死んでしまう。
その神様が狂うのを止めるために、人間の生贄が一人、必要だということだった。
そして私が、その生贄にふさわしいと選ばれたのだ。
私一人の身を捧げるだけで世界が救えるのなら、構わない。
最初に承諾したとき、その思いに嘘はないはずだった。
いやむしろ、さすが「聖女」になるだけの人間だと言われたことに単純に喜んで、自分がすごい存在にでもなったかのようにさえ感じた。
だけど、私は恋に落ちてしまった。四人の白い騎士さまのなかに、あの人がいた。
好きな人。喋るだけで幸せな気持ちにさせてくれる人。
私は「聖女」に選ばれてもすぐに神に捧げられることはなかった。体裁を整え、儀式をするために、時間があったのがいけなかったのかもしれない。
恋を知った私は、自分の身を捧げることが怖くなってしまった。役目を降りることができないのはわかっていた。だから黙っていたけど、心の迷いは大きすぎて隠しきることはできなかった。
別の人間を改めて探すべきか、私の覚悟が決まるのを待つべきか。私を守ってくれる騎士さまたちもどうすべきか迷った。
神は生贄の迷いを悟って怒り、世界は本格的に破滅へと動き出してしまった。
そして人々は、それを白い聖女に対して害をなす「何か」がいるのだと錯覚した。
どちらも同じ私なのに、世界を破滅に導こうとしている「黒い魔女」が別にいるんだと……。
誰が言い出したのかは知らない。神聖なる場所として崇められた場所を確認して回っていた私と黒い格好の神さまたちを見て、黒い魔女と黒い騎士だと。その噂はあっという間に広がって、どうにもならなかった。
狂いかけた神様を止め、世界を救いたかっただけなのに。
「聖女さま」
神殿内にある部屋にやってきた神官から呼びかけられて、私は頷く。これからみんなで祈りを捧げる時間だ。
黒い魔女からこの世界を守ってくれた守護神オトジと、白い騎士たちに。
私は、世界を救った「白い聖女」として皆と祈りを捧げる。
でも私の脳裏に浮かぶのは、思い悩む私を励ましてくれた黒い騎士さまのことだ。世界を救うために自分を諦めることを覚悟した私に、死ななくていいと言ってくれた。追い詰められていた愚かな私は、どうするのかよく確認しないままその言葉に縋ってしまった。
気付けばすべて終わっていたのだ。終わってから、何が起こったのかを知った。
私が死ななくていい方法が、あんなやり方だなんて知らなかった。
この私はただの人間。何の力もない。
聖女と呼ばれる人間は――私は、ろくでもない。
人々の希望を背負うに値しない。
そのことを誰より知っている。
だけど周りは私を何の瑕疵もない、立派な英雄かのように扱う。
それはまるで、私に与えられた罰のようにも思えた。
だけど情けないことに、心のどこかでは死なずにすんだことに安堵もしている……。
私を救ってくれた騎士さまへの罪悪感は嘘じゃないのに、いくら叫んでも足りないくらいの感謝の気持ちも本当だった。
私は聖女なんて役目にふさわしくない、ただの人間だった。
でも仮にも神様の加護を少しでもいただいた身ならば、ちょっとくらい何かできることがあると信じたい。
いつかまた危機が訪れたとき、選ばれた人間にこの真実が届きますように。きっと伝えられていくだろう今回の出来事の裏で、本当は何があったのか知ってほしい。
それから。私が「白い聖女」として振る舞うことで、皆の祈りが、少しでもなにかの力になれる未来が作れますように。
この国の中心にあるソア山には、狂いかけた大きな力を持った神様――この国と同じ名前の、オトジと呼ばれる神様が封印されて眠っている。
そして私の代わりに、その身を使って無理やりオトジを封印したもう一人の神様も眠っている。
私を守ろうとしてくれた黒い騎士さま。
迷う私に一番寄り添ってくれた人。
神さまは真実の名を名乗ることがない。ただ、彼女は私にこう言っていた。
自分のことは、マツリと呼べばいいと――
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