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70:朝の第一神殿

 次の日は、朝早くから中央神殿に向かった。

 ラージェとナケイアが何か聞きたそうな視線を向けてはきたけど、何も聞いてはこなかった。


 神殿には白銀騎士団だけではなく、王族や上流階級の人間たちも数多くやってきていた。祈りを捧げるためでもあるし、ここが安全だと思っているからでもあるだろう。


 たくさんの人が広間へと移動していくなかで、チドリと一緒にいるアルベールたちを見かけた。傍にはよらず、視線だけを交わして頷き合う。

 昨日、神官たちが口にしていたようなチドリを責めるような会話がそこかしこから聞こえたけど、チドリは青い顔をしながらも力強く前を見ていた。


 今日は私もラクサたちも、みんな真っ黒な服に真っ黒な靴。フリルやレースで華美にも見えるけど、オトジ国の上流層では一般的な服装だから目立つことはない。色だって黒い魔女を解放しようとしている私たちにはお似合い……と言いたいところだけど、神官のローブも黒だし、騎士団員もその他の参拝者たちも黒やくすんだカラーばかりだ。


 ただ、『白銀の騎士』に既に選ばれているユウ、セルギイ、ファルークは白い服を選んでいた。アルベールも正装のためか自国の白い軍服を着ていて、四人はよく目についた。

 チドリは黒いドレスだ。

 伝承をなぞるなら白い服のほうがよかっただろうけど、さすがに今の時点で目立つだろう白を着るのは無理な相談だろう。


 耳元にはなんとなく、あの赤い石のピアスをつけていた。


「例の場所は?」

「こっちよ」


 案内のために立つ神官たちの示すほうに進み、広間のほうに行くと見せかけ、途中で廊下を別方向へ曲がる。

 中庭の近くに地下への階段がある。そこを降りるのだ。


 中央神殿には地下が二階まである。一般の参拝者が迷い込まないよう、通行止めを表すようにロープが張ってあったけど、外させてもらった。


 中庭近くの階段から降りて、地下二階の廊下の突き当り。

 その壁が、あの不思議な空間への入り口になるはずだった。


「待ってたよ」


 入り口になるはずの突き当りには、イラがいた。


「あっ、イラ! 昨日の晩、どうして帰ってこなかったのよ」

「なんとなく……どういう顔をすればいいかわからなくて。最後だと思うと、どうもね」


 開口一番に昨夜の不在について訊ねたら、イラはちょっとしどろもどろになった。ラージェじは「なんだそれ」と呆れた声を出す。


「妙なとこで遠慮するんだな。こっちは気にしねえのに」

「そういうものかな」


 照れたのを隠すように、イラは近くの壁を叩いた。


「マツリが探しているだろう場所はここだよ」

「この場所のこと、知ってたんだ」

「気配を読めばすぐわかる」


 そっちはどうだ、と問うみたいにイラがラクサたちを見た。


「さすがにわからない。そもそも、この神殿はあの子供の姿をとってるやつとイラの気配が強いせいで、他がかき消されてる。ここに封じられているのがどんなやつかもまったく思い出せない」


 ラクサの答えに、なぜかイラは「よかった」と頷いた。


「さあ、行こう。大丈夫、マツリの邪魔はしないよ」


 彼の決着をつけると言っていたのが、どういうことをするのかわからないままだ。でも彼の言葉を信じて、私は壁に手を当てる。

 すぐに力の抜ける感覚と共に支えてくれるラクサの腕を感じた。


「手を繋いでおけば、多少はましだっていうのに忘れてたな?」

「ごめん。次……はもうないわね」


 でも、階段を降りるためのランプは持ってきた。というか、地下に降りてくるときに神殿内に置かれていたものを一つ拝借してきた。


 ぽっかりと壁にあいた空間は、さらに地下へと降りるための階段が続いている。

 見えない先を見下ろしながらイラが言った。


「俺が先導したい」


 これまでと違う、有無を言わさない力があった。

 彼が手を差し出すから持っていたランプを渡す。ラクサたちも何も言わない。言えない、のかもしれない。


「……手も。転ぶと危ないから」


 渡したランプをもう一方に持ち替えて、再度イラが手を差し出した。

 ちょっとだけ悩んで、私は自分の手をそこに乗せた。


「行こう」


 イラに手を引かれ、階段をそろそろと降りはじめる。すぐ後ろにラクサたちが続いた。


 そろそろ、アルベールが四人目の「白銀の騎士」になる頃か。

 今回も、例の黒い魔女と呼ばれた存在の記憶をチドリたちは感じとるのだろうか。


 そんなことを考えつつ何段か降りたところで、ふっと周りが明るくなった。

 見上げれば、壁の高いところに設置された松明が燃えている。ラクサのときと同じだ。


「え、どうして」

「明るくなって降りやすいだろ。早く行こう」


 握られた手をイラに引っ張られ、早足になって階段を降りる。彼は急いているようだった。


「イラ、あの松明って……」

「あれは、ここに封じられている神が、火を操るのが得意な性質を持ってるからだよ」

「火を? でもラクサのときも同じように――」


 最後まで言えないまま階段を降りきった。

 そこには、石でできた取っ手のない大きな扉がある。魔法石でできたものだ。きっと私が触れれば開く。

 イラは持っていたランプを用済みとばかりに床に置いた。


「ちょ、ちょっと待って、イラ」


 後ろを振り向くと、ラクサたちの姿がなかった。


「ラクサたちが来てない。少し待って――」

「待てない。ここまで来たら、すべてはこの扉を開けてからだ。ラクサたちはすぐ追いつくよ。止められる前にすべてを解き放とう」


 イラは握っていた私の手を強引に石の扉に当てた。すぐに扉が消えてなくなるけど、体から力は抜けなかった。イラが私に触れているせいかもしれない。

 そのまますぐに中に引っ張り込まれる。

 私はなすがままだった。強く反発するには、私自身もなんだか混乱していた。理由はわからないけど、妙に心が騒いで思考が散漫になる。


 何もない広間。

 今回もまた同じだ。家具も何もない、ただ広いだけの円形の広間。半球型の天井、隅に燭台が置かれていて、ロウソクに火が灯っている。普通のロウソクよりも、その光の届く範囲が広い。


 だいぶ前、夢に見た部屋だ。

 似てるんじゃない。この場所こそ、あの夢に見た部屋だと瞬時に確信した。あんな、細部をほとんど覚えていない夢なのに。


 部屋の中心にあったのは人影ではなかった。そこには一本の剣が剣先を少しだけ床にめり込ませて、立っていた。明らかにバランスがおかしい。普通、剣先が少し刺さっているだけであんなふうに自立するわけがない。


 あれは本当は――柄まで床に埋まっていなくてはいけないはずだ。


 私は、ここを知ってる。


「イラ……待って。なにかおかしな気がする」

「もうそんな余裕はない」


 イラに手を引かれて私が部屋の奥に進むたび、床に刺さった剣がかたかたと小さく震える。ほとんど抜けかけたそれが、残りを無理矢理引き抜かれようとでもしているようだった。

 剣を横目に、さらに部屋の奥まで進み、イラが床に置いてあった燭台を手にしたとき。


「マツリ」


 制止するようなラクサの声が響く。

 ラクサの声が耳に届くのとほぼ同時に、からんと一際大きく何か硬いものが床に転がる音が聞こえた。


 振り向くと床に刺さった剣が抜けて転がっていた。


 その向こう、部屋の入口があった場所に、追いついてきたらしいラクサたち三人がいる。


「どうりで殺し損ねた女に似てると思ったよ」


 ラージェが小さく呟くのが聞こえた。


 私はじっと転がった剣を見つめていた。ラクサがそれをゆっくりと拾い上げ、私に突き付けても、少しも動じることはなくその切っ先を見ていた。

 片手をイラに握られていたけど、彼はもうこれ以上動くつもりはないらしい。


「君が解き放たれたら、世界は破滅だ」


 私に剣を向けるラクサは、これ以上なく冷静な目をしていた。


「でももう……その剣に力はない」


 私が言うと、彼の持った剣は切っ先から灰のように分解されて消えていった。


 イラが吹き消したのかロウソクの火が消え、私たちは真っ暗な闇に包まれた。

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