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68:それもひとつの救い方

 中央神殿から、私はイザベラとマックスが滞在している首都の屋敷へ向かった。

 イザベラが中央神殿の儀式に合わせて今日と明日は首都にいると聞いていたから、そのまま大事な話があると強引に面会を取りつけた。


 以前なら、仕事の予定優先で後日にと回されるところだ。でも、さすがにこのタイミングでの私からの急な訪問に、何かあると察してくれたらしい。

 豪華な客間で、私とイザベラは向い合っていた。マックスは離れたところで窓の外を眺めている。

 ラクサたちには別の部屋で待っていてもらった。ここには、必要以上に人がいないほうがいい。


「私に話とはなにかしら」


 お茶を準備した使用人を退室させてから、イザベラが鋭く訊いてくる。

 今日は最初から、その口元を扇子で隠していた。そのせいで彼女の厳しい目だけがやたら強調されて見える。


「第三神殿の神官長から伝言を預かっています。『神のご意思にすべてを任せたい』と。裏で手を回して、私を今年の封印祭の『白銀の聖女』にすることは無理のようです」

「あなたにそんな伝言を頼んだの? そんなことをしなくても、この状況では無理なことくらいわかっているというのに」


 だろうな、と思う。というか、この状況で変に自分の家のために裏で手を回したなんて知られたら、逆に立場が悪くなる。


「あなたがどうしても私と話をしたいと言うから会ったのに、それを言うためだったのかしら」

「いいえ」


 きっぱりと否定すると、イザベラは怪訝そうに眉をひそめた。


「確認したいこともありました。……チドリは、おばさまたちの娘ですよね」

「なにをいきなり馬鹿なことを」

「違いますか? 同じ体質に、同じ髪色をしていますよね」


 鼻で笑ったイザベラに畳みかける。


「院長先生から話は聞いています」


 窓の外を見ていたはずのマックスは、いつの間にかこちらに向き直っていた。でも割って入ってくる気配はない。イザベラの出方を見ているようだ。


「それを確認してどうするのかしら」

「確認したかっただけです。もし答えてもらえるようなら、少し聞いてみたいこともありました」


 しばらく、扇子越しのイザベラと睨み合った。

 ふっと彼女が笑ったようだった。


「……聞いてみなさい。答えるかはわからないけど」


 わからないように小さく息を吐いてから、私は訊ねた。


「おばさまは、チドリを『白銀の聖女』にしようと動いたりしましたか」

「そんなことはしないわ。ちなみに、あの子を白銀騎士団に推したのも私ではないわよ。あの子は、自分の運で入団の手紙を手にした」

「そうですか。わかりました……ありがとうございます」


 予想していた答えだ。でも、確認できてよかった。

 それがわかればいい。私はさっさと退室すべく腰を浮かせかけた。


「ただ……。私は、何もしなかったわ」


 イザベラが話を続けるようなのを感じて、私は立ち上がるのをやめて座り直す。


「まだ天気がおかしくなったり、地震が起こり始める前。あなたの婚約者候補であり『白銀の騎士』に選ばれた子たちが、チドリを聖女に推すのではと噂が立ったとき、その噂を私は見逃したわ。できるはずの対処を何もしなかった」

「それは、チドリに聖女になってほしかったから?」

「さあ。彼女が本当になれるのかどうか、結果を知りたかったのかもしれないわ。……カルフォン家の娘なんかでいるより、田舎の小さな領主の娘でいたほうが幸せと、わざわざ判断して遠ざけたというのにね? 必要以上に目立っては、あの体質のせいで傷つくだけだというのに」


 わざと自嘲気味なことを口にするイザベラに眉をひそめる。マックスが「イザベラ」と彼女の名前を呼ぶのが聞こえた。

 でも無視して、イザベラは続けた。


「あなたは、中途半端なことをしてしまった私を笑いたかったのかしら?」


 似合わない、弱気な声だった。

 彼女のほうこそ、中途半端なことをした自分を傷つけるために、わざわざ私に事情を語ったようにも思える。


「……そもそも、聖女候補が私かチドリかという時点で、おばさまは勝っていたのではないですか?」

「なんですって?」

「だって、チドリが選ばれればその体質のことを告白してもらい、皆の認識を変えることができる。私が勝てば、それは予定通り、でしょう」


 広げられた扇子の上に見えていた彼女の大きな瞳が、ぱちぱちと瞬きした。

 そして次の瞬間には、声を上げて笑い始めた。


「ふ、ふふ、何を言うかと思ったら……!」

「イザベラ……」


 また気遣うように名を呼んだマックスに、彼女は片手を上げて「いいの」と答える。そして広げていた扇子を閉じ、膝の上に置いた。


「あなた、そんな目でそんなことを言えたのね」

「すみません。生意気でした」

「ずっとあなたのことを気に入らなかったわ。聞き分けよく従順で、理想通りの振る舞いをするのに、その目はこちらのすべてを見透かしているように油断ならないものなの」

「そ、そうでしたか?」


 そんなに見透かした目をしていただろうか。自覚はない。先のことを知っているせいで、下手なことをしないように警戒してはいたけど。


「ふふふ。チドリとあなたの二択の時点で私の勝ちだという、あなたの読みは面白いわね。でも間違っているわよ」

「違いますか?」

「ええ。まだ甘いわね、マツリ。私が封印祭に参加したときから二十年経った。状況は常に変化するの」


 結構いい線をいっていたと思うけれど……。

 イザベラの考えが読めなくて戸惑う私に、彼女は悪戯っぽく笑う。この人のこんな笑い方は初めて見た。


「あの頃から、皆が使う道具もずいぶん変わったわ。魔法石を使う便利な道具は放っておいても増えていく。安価なものも。カルフォン家が開発しなくてもそうなる」

「え、ええ……そうかもしれません」


 いまだ話の先が読めないまま、私は頷いた。


「あの体質が神に愛されていない証拠だろうが、そうでなかろうが、魔法石を使えない体質の者は困るのよ。それを解消するのが今の私のやりたいことなの」


 私は、あ、みたいな小さな声を上げてしまったと思う。


「だから私は迷ってはいけなかった。あなたを『白銀の聖女』にすることだけを考えるべきだったのよ。その肩書きを使って、道具の開発を進めるためにもね」


 堂々と言い切ったイザベラに、理屈じゃなく私はちょっと感動してしまった。だから、らしくない言葉がぽろりと出てしまう。


「おばさまは……魔法石を使えない体質の人間が生きる世界を、救いたかったんですね」


 言った私も、言われたイザベラも、きょとんとしていたと思う。

 我に返った彼女は、閉じていた扇子をまた開くと、そっぽを向いた上に顔すべてを隠してしまった。


「そういうところが、甘いと言うのよ」


 いつの間にか近づいてきていたマックスが、そっとイザベラの隣に腰を下ろす。何も言わないけど、表情は優しい。


「マツリ。もし明日、『白銀の聖女』に選ばれるのが誰であっても、あなたにはカルフォン家の跡取りという役目があるのを忘れないように」


 扇子の向こうからイザベラが告げる。

 ずっと曖昧にされていた跡取り問題が、こんなところで決定してしまった。


 もっと時間があれば、チドリを彼ら夫妻が手放すことにした詳しい理由も、彼女に対して今はどう考えているかも、確認できたかもしれない。そうなればこの家の跡取りについてもまた違う道を作ることができたかも。でも、さすがにあれもこれもと望んで叶えることはできない。


 苦笑した私に、マックスが穏やかに訊ねる。


「明日、『白銀の聖女』が、本当にこの国を襲う天災を止めてくれると思うかい?」

「皆が信じれば、おそらく」

「結局は、神頼みか……」


 どこか悔しげな響きもあるのは、イザベラの魔法石を使えない体質が、神に祝福されていないなんて言われたことと関係しているのだろう。


「でも、神さまは万能じゃないから、やれることは自分でやったほうが早いと思います。おばさまの道具開発もそう。神さまなんかに頼るより、ずっと早く解決しそう」

「しそう、ではなく、するのよ」


 相変わらず扇子に顔を隠したまま、イザベラが訂正する。


 何代もかけて魔法石を使えない体質の人間が生まれなくなるより、魔法石を使わない道具が主流になるときのほうが、早くくるかもしれない。

 他国の技術の流入に制限があっても、簡単に魔法石というものがなくならなくても、それでも変わるものはあるはずだ。


「おばさまなら、できると思います」


 ふとイラが「いま、その体質を持つものに向けた怒りではない」と言ったのを思い出す。


「私、神殿を巡っていて思ったんですけど……」


 明日ですべてが終わるから、多少大胆になっていた。だから気付けば、こんなことを言っていた。


「おばさまの体質は、神の祝福がどうこうなんて関係ありませんよ」

「やけに自信ありげね」

「ええ、本当にそう思いますから」


 扇子の向こうで呆れたようなため息が聞こえた。


「まったく何を根拠にそんなことを。そういうことは、『白銀の聖女』にでもなってから宣言なさい」


 その要望には応えられないかな。

 それだけは、ちょっと残念だ。

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