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67:何かの分かれ道

 イラがラクサたちの正体をばらしてからすぐに、迎えの神官がやってきてしまった。

 扉の向こうの存在と話すことがあるというイラを残して、私たちは大神官の執務室をあとにした。


 部屋を出てからあと、アルベールたちはわかりやすく緊張したまま話しかけてこなかった。イラや子供の姿をとっていた存在に続いて三人も神と呼ばれる存在が目の前に現れたことがよほどの衝撃を与えたらしい。

 なんとか明日やることを忘れていないかだけ確認して、やや青ざめた顔で大丈夫だと言われたからそれを信じる。


 イラは一体何を考えてラクサたちの正体を最後にばらすようなことをしてくれたんだか。こちらの邪魔はしなそうなことを言ったわりに、引っ掻き回してくれるものだ。

 今夜、彼に文句を言う機会はあるのだろうか。

 もしあればなんと言おうか考えながら馬車に向かおうとしていると、腕を引かれた。


「マツリ。ちょっとだけ……いい? すぐ済むから」


 こうやって馬車に向かおうとして止められるのは二度目だ。

 一度目は、あの孤児院から帰るとき。彼女が自分が「聖女」にふさわしいとは思っていないと、わざわざ私に告げにきたときだ。


 チドリの目は不安に揺れている。そして、現在彼女を責めるような噂はあのときより悪化しているともいえる。


 でも、チドリが弱音を吐きそうな予感はなかった。


「いいわ」


 ラクサたちに少し待つように言って、彼らからチドリと二人で声が聞こえない程度に離れる。

 話を始める前に、それでも誰かに聞かれないか不安なのか、チドリは周りを見回してから口を開く。


「さっき、大神官さまに私だけ引き止められたでしょ? あのときね、あの子供の姿の神様に言われたの。封印をし直すときに、私のすべてをかける覚悟をしなさいって。世界を救いたいなら、自分の身をすべて捧げてもいいと思っていますよねって」

「そんなこと言われたの?」

「ねえ、マツリ。『白銀の聖女』に選ばれたら、私、死んじゃうのかな」


 彼女が私を引き止めた理由がわかった。チドリは、私が見た予知夢とやらにそれらしき内容がなかったかを聞いているのだ。


 なぜか強く、これが最後の分かれ道だと思った。

 なにが変わるのかはわからないけど、きっとここで何かが決定的になる。そんな気がした。

 私は慎重に返事をする。


「もし、死ぬ可能性があるって言ったらどうする?」


 チドリの目は不安に揺れている。でも、あの孤児院のときとは違う。迷いはあるけど、答えはもう決めている気がする。


「も、もしそうでも、頑張るしかない……かな」


 へらりと笑うけど、ぎこちない。


「ただ、知ってたほうが、覚悟……できるかなって」

「本当に?」

「ごめん、まだ少し考えがまとまってない……。誰かにきっと、背中を押してもらいたいんだ。私にはやれるって。だけど……マツリ以外に頼める相手が思い浮かばなくて」

「アルベールは? 彼はなにしてるのよ」


 彼らは、別の場所に待たせてあるらしい馬車のほうに行ってしまった。チドリを待っている様子もない。

 いつもと変わらない態度で話してたように見えたけど、思い返せばチドリとアルベールとはあまり絡んでいなかった気もする。


「みんなとは距離を置いてるの。私たちは友達だと思ってても、周りがそう見てくれるかは別だし、それが変な噂を起こしたんだって気付いて……今さらだけど……」


 チドリはぎゅっとスカートを握りしめた。


「私、自分が友だちと思ってれば、それだけでいいって思ってた。仲を勝手に想像して、誤解するほうが悪いって」

「アルベールたちと仲良くしたことを言ってるの? 私はもう、気にしてはいないわ」

「でも、ちゃんと告白しておきたい。本当は心のどこかで気付いて無視してたの。心の中で言い訳してるだけじゃ、だめなときもあるってこと……」


 チドリは呼吸を整えるように一度言葉を切った。


「マツリ、ごめんなさい」


 まるで懺悔しているようだと思った。


「なんであんなに、自分は悪くないって自信を持ててたんだろう。自覚したらすごく恥ずかしいの。謝って済むことじゃないってこともわかるけど、でも私――」

「待って、いいの。それ以上謝られても、こっちもどうしていいかわからなくなっちゃう」


 止まらなくなりそうなチドリを強引に遮る。


「アルベールのことは本当に好きなのよね」

「……ごめんなさい」


 そのことについては、本当に謝らなくていいのだ。だって私はもともと、あの婚約者候補たちとの恋愛を期待なんてしていなかったのだし。


「私、予知夢を見たって言ったでしょ? そのなかで、婚約破棄される場面も何度も見てたのよね。だから出会う前から婚約がうまくいかないことは覚悟済みなの」

「婚約破棄?」

「そう。候補者のアルベールたちは、あなたを選んで私を振るわけ」


 みるみるチドリの顔が青ざめて、私はちょっと言葉遣いを反省した。わざと冗談めかして言ったけど逆効果だったようだ。

 でも今の私は、もしもアルベールと婚約しろと言われたところで、彼がチドリのために私に婚約破棄を叫んでくれたらほっとする。確実に。


「アルベールとちゃんと話しておいたほうがいいわ。今が最後みたいに私に謝るくらいなら、そっちに時間を使っちゃいなさいよ」

「で、でも……今、アルベールと話したら、もしものときに迷っちゃうかもしれない。好きな人のために自分を犠牲にするって、物語ではいくつも読んだことあったの。だけど私、好きな人とは一緒の時間をもっと過ごしたいって思いそうで……」

「チドリ……」

「それじゃ、だめなのに。知ってるんだよ、それはだめだって……!」


 今のチドリは、善神と呼ばれる存在に、明日までの命かもしれないと仄めかされたようなものだ。彼女を責める噂が立ったばかりのときと同じように、不安定になっている。

 きっとこれは普通の反応だ。

 前世で得ていた知識に引っ張られすぎて、見落としていた。いずれ聖女に選ばれる存在とはいえ、彼女は二十年くらいしか生きてない女の子で、ただの人間だ。


 なんと声をかけるのがいいんだろう。

 封印のために自分の身を捧げる覚悟をしろなんて、本来なら考えすぎだって言うところだ。けど、善神であるあの子供が言ったとしたら、もしかすると万が一くらいには可能性があるのかもしれない。

 私の読んだあの物語がすべて正しいと、今はもう、自信を持って言いきれない。


 明日、「白銀の聖女」に選ばれるのは彼女だ。

 私は、彼女になんて言うのが正解なんだろう。


「明日の役目から逃げたくなってる?」


 ふるふるとチドリは首を振った。不安定にはなっているけど、逃げるつもりはないらしい。手も震えてるのに。


 ふと私は、目の前にいる彼女を応援したいような、ほだされたような気分になった。

 それは、事情に一番通じているはずの私が役目を代われない罪悪感もあるかもしれないし、前世で読んだ物語の主人公である彼女が、急にただの力のない一人の人間だと実感したからかもしれない。

 とにかくもう少し、私の意思で励ますようなことを言ってみようかと、そう思った。


 私が小さくため息をついただけで、彼女はびくっと肩を揺らす。


「私が見た夢じゃ、封印祭が終わったあとにあなたはみんなと笑って過ごしていたわ」


 言った瞬間に、なぜか後戻りできない言葉を口にしたような気分になったけど、それでも少し笑顔のもどったチドリを見たら、まあいいかと思う。




 チドリが自分の馬車に乗りこんで去っていくまで、私はその場で見送った。

 彼女の乗った馬車からこちらが見えなくなってから、背後に近づいてくる人がいるのに気付く。


「チドリは、なんて?」


 問いかけてきたのはラクサだ。でも、その後ろにはアルベールを従えていた。


「陰からこそこそ様子を見てたから、連れてきたけど」


 悪いことをしたのがばれた子どものように、アルベールはうなだれていた。


「アルベール。チドリとどうして距離を取ってるのよ」

「君が言うのか……」

「だって何のために様子を見てたわけ。チドリが心配でたまらないからでしょう」

「言っておくが、ユウたちは僕を止めたんだ。ここに戻ってきたのは、僕だけの意志だ」


 もし責めるなら自分だけを、ということか。でも、今はそんなことは問題にしていない。


「あなたがチドリを気にしようが、誰があなたを止めていようが、おばさまには何も言いつけたりしないわ」

「だが」

「だいたい、ここまできたら多少どうこう言われたって気にしなくていいんじゃない?」

「そんなわけにはいかないだろう……」


 煮え切らない態度に、私のほうはちょっといら立ってくる。

 明らかに想いがあるのに、私の存在でそれが邪魔されているみたいだ。いや実際にはカルフォン家やアルベールの国の事情があるから、彼の迷いはある意味正しいのかもしれないけど。

 でも私は、「乙女ゲーム」でその事情をはねのけて二人がくっつく未来を読んでしまった。


「私、もしあなたが婚約者になっても受け入れないからね。だってどう考えても合わないでしょ、私たち」

「君が嫌だと言っても、決めるのはカルフォン夫人や僕の国の者だ。僕たち二人じゃない」

「気にしないわ。みんなの前で、それこそ王族とかもいるような公式の場で、あなたに婚約破棄を叫んでやるわ。あなたは知らないかもしれないけど、この国の慣習なのよ。捨て身の婚約破棄」

「聞いたことないぞ……」

「そりゃ、最終手段だから使う人なんて滅多にいないもの」


 完全なはったりだけど、この国に来てまだ半年も経っていないアルベールは見抜けないだろう。とにかく今日、この嘘に気付かなければいい。


 それに完全な嘘というわけでもない。かなりの力技だし、通常ならいろいろ問題はある。けど、ゲームの物語では、マツリがそうやって無理矢理に婚約破棄されていた。

 ……まあ、そんな力技が必要となる日は来ないだろうけど。


 確実なのは、今日ここで彼がチドリに寄り添わなかったら、二人はきっと結ばれないってことだ。互いの間にできたぎくしゃくした空気を克服できず、好きあってるのに離れる道を選んでしまう。あのゲームをやり込んだ記憶を持つ私が確信するのだから、間違いない。


「僕が、チドリの力になれるだろうか……」

「なってあげたほうがいいわ」


 私はちらりとラクサを見やる。最後のダメ押しだ。

 彼はやれやれと言わんばかりの顔をしてから、アルベールに言った。


「行ったほうがいい。……悪神と呼ばれる俺の言葉を信じられれば、だけど」


 最後の一言と、何か企んでいそうな笑顔は余計だ。

 でもアルベールは覚悟を決めた顔で頷いた。


「わかった。ありがとう」


 それから、とアルベールは姿勢を正した。


「改めて、これまでのこと悪かった……マツリ。君を誤解していたし、誤解していたからといったって、僕の態度はあまりに……傲慢だった」


 悔いのにじんだ顔で謝られる。


「私に謝る暇があるなら、チドリを追いかけて」


 そう言うと、彼はちょっと戸惑ってから頷き、待たせていた馬車があるほうへと走っていく。これからきっとチドリの元に向かうはず。あれで向かわなかったら、さすがにどうしようもない。


「わざわざ、お節介すぎたんじゃないか?」

「いえ、これでいいと思う……」


 言いながら、これで本当に何かの道が決まってしまった気がした。


 重要な何かが決まったような気がするのに、一体それがどんなものかがわからない。それがどうももやもやするけど……。

 でも私は結局、自分の持つ物語の記憶を信じてみるしかないのだ。黒い魔女を封印したハッピーエンドで、チドリとアルベールが恋人として笑っている場面はたしかにあったはずだから。


「このあとはどうするの、マツリ? イラの屋敷に戻る?」

「いえ、ちょっと寄り道するわ」


 アルベールを白銀の騎士にするのも、四人目の黒い騎士を解放するのも、チドリが世界を救うのも明日の話だ。


 残されたわずかな時間。今日このあと、私にできることは……。

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