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62:最後の三日間

 次の日に出発してからは、ただ目的地だけを目指した。白銀騎士団の全員ができるだけ早く首都へつくための行程だ。途中で寄るはずだった場所や参加予定の行事も基本的にすべてキャンセル。


 しかし泊まる場所の関係などから、全員が最短ルートをとるわけにもいかない。

 さらには大雨や強風で足止めをくらうこともあり、そんなときは手配された屋敷に籠って天候が上向くのを待つしかなかった。


 天候は段々と悪化している。小さい地震もよく起こる。

 不安がないといえば嘘だけど、それでも、一番の目的は達成できるはず。そう確信することができたからか、私やラクサたちはその時間をあまり焦らず過ごした。中央神殿でやることについても話すことはあったけど、深刻な感じはない。

 私たちを出迎えてくれる屋敷の持ち主や使用人たちは、みな白銀騎士団からの励ましを欲しがっている。彼らに「元通りの日々が戻ってくるように祈りましょう」と言うのも、どこか確信を持って告げられた。


 あと数日で、チドリが「白銀の聖女」に選ばれて世界を救う日がくる。

 それは同時に、ラクサたちがまたあの空間に封じられてしまうときも、すぐそこまで迫っているということだった。そのことだけは私も彼らも話題に出さなかった。


 神殿巡りが始まったときは、旅の終わりに自分がどんなことを考えているのか漠然としか想像できなかった。でも今の私は、とても落ち着いている。終わりが近づくほど、あとはなるようにしかならないって冷静になっていっている気がした。


 そうして短い日々は過ぎ、とうとう私の乗った馬車は今日、久しぶりの首都に到着する。


「あなたを解放する前に、一度だけ会ったことがあるの、本当に覚えてない?」


 馬車で隣に座るラクサに訊ねる。

 山や原っぱだけの景色だったのが、建物がぽつぽつ増えてきて、きっともうすぐ街につくというころだった。

 今日は私とラクサ、そしてラージェとナケイアにそれぞれわかれて馬車に乗っていた。ナケイアがいつのまにやら話を通して二台の馬車を用意してもらっていたのだ。


「そういえば、前にもそんなことを言ってたな。この体をとってる俺は覚えてないけど……」

「白昼夢みたいな感じで現れたのよ。私の誕生日パーティー。このピアスを褒めてくれたの」


 彼の本当の瞳の色のように赤い石のピアス。今日は髪を上げているので、見やすいようにそのまま少し頭を傾けてみせる。


「……悪い」


 やはり覚えていないらしい。


「君は俺たちのことを解放しようとしていたから、その気配を感じて近づいたのかもしれない。君からは人ではない気配を感じるし、それを辿れば夢という形での干渉は可能だったのかも――」


 ラクサが手を伸ばした気配がしたので、ちょっと緊張する。

 でもいつまで経っても何もなかった。


「ラクサ?」


 見ると、彼は眉を寄せて触れかけた手を止めていた。


「どうかしたの?」

「なんだか……イラの気配がした気がする。その向こうに俺の力の名残を少し感じるんだ。邪魔されてるみたいに」


 ラクサは中途半端になっていた手を下ろす。


「あいつ、そのピアスに触れなかった?」

「他人にピアスを触らせるなんて普通はないわ――」


 言いながら思い出したことがあった。


「そういえば、髪についた葉っぱをとるとかで近くに手をやられたような」

「そのときだな。その邪魔がなければ、もっと君に呼びかけていたかもしれない。たぶん、そのために力を残したんだと思う」

「イラはどうしてそんなことしたのかしら」

「さあね。気まぐれにだろ」


 彼はイラの話になると、ちょっと機嫌が悪くなる。

 イラの正体がわかったあとにラージェが私のせいだって言っていた。実は内心、それをくすぐったく思ってしまった自分もいる。でもよく観察していると、違う気もするのだ。ラクサ自身、理由がわからないまま不機嫌になっているように見えるときもある。


「じゃあ、夢の中で会ったことは覚えてない? 会ったっていうか、私は別の人になってる夢で、その人にあなたが剣を構えているの」


 誰かになった私に、剣を向ける彼の夢だ。途中で彼は、その誰かの夢を見ている()に気付いたような反応を見せた。


「剣……?」


 ラクサは怪訝そうに呟く。思い当たることはないようだった。

 結局、あれはなんだったんだろう。夢だったせいで細部は曖昧だけど、あれはラクサたちが封じられていた空間に似ていた。彼らが封じられたときの出来事かなとも思う。知りたいけど、夢のことも過去のことも覚えていないのなら、教えてもらうことはできない。


「今になって、いろいろ聞いてくるんだな」

「今なんだもの」


 聞きたいと思ったことを彼に聞ける機会は、もうそんなに残っていない。


 明後日には、白銀騎士団は中央神殿で祈りを捧げ、そのまま聖女選定の儀が始まる。

 自由になる日は今日と明日の二日だけだ。

 こうして、彼と話をできるのも――。


「君はどうするか決めたのか?」


 今度は自分の番というように問いを投げかけられる。彼は悪戯っぽく笑っていた。私がどう答えても気にしないよと言ってくれてるみたいに。

 何をと説明されなくても、彼が何の決断を訊ねているのかはすぐにわかる。


 彼がまた封印されてしまうとき、私はどうするのか決めたかどうか。


「……まだ、もう少し」

「いいよ。ゆっくりで」


 優しくそう言ってくれる。だけどもうそんなに悩む時間はない。

 わかってるけど私は答えを口に出来なかった。

 簡単に決められる問いじゃないけど、理由はそれじゃない。

 過程はだいぶ違うものになったけど、私の知る物語のハッピーエンドはちゃんと近づいている。なのになぜか、私は胸騒ぎがしていた。


 私は何か大事なことをとりこぼしているような……。答えを口にするには、まだ足りないものがあるような。


 いや、単に覚悟を決めきれていない言い訳かもしれないけど。


「それにしても、今日はこのまま最初の予定通りにカルフォン家の別邸に向かうんじゃだめか?」

「もう諦めてよ。下手に反抗するのはやめておこうって結論になったでしょ」


 諦め悪く言うラクサに苦笑する。

 今日明日、白銀騎士団は首都で過ごさなくてはならない。だからカルフォン家の持つ別邸の一つに向かう予定だったのだけど、直前になって変わったのだ。


「なんだってあいつは、俺たちを招待なんかするんだ……」


 私たちが世話になるのは、バルドー家の別邸。

 つまり、イラが自分の過ごす屋敷に招待した。チドリたちは呼ばれていない。私たち四人だけを招きたいらしい。

 彼の養父母にあたるバルドー家当主夫妻はおらず、使用人以外は私たち四人とイラのみ。だから気を遣わずになんて言われたけど、言葉そのままに受け取っていいのかは不明だ。


「人ではない者同士で話したいことがあるとか?」

「俺にはないけどね」

「あなたがどうしてそこまでイラに対して不機嫌になってしまうのか、理由がわかるかもしれないわよ」


 指摘すると彼は驚いたように目を見開いた。

 もしかして、あまり自覚していなかった?

 私のほうも意外に思って似たような顔になっていると、ラクサは真面目な表情で考えこんでしまった。




「あなたがわざと私たちを遠ざけてるって、ばればれなんだからね!?」

「エリカ、落ち着いて……」


 首都の中でも、いわゆる上流層の別邸が並ぶ閑静な地区。その中の屋敷の一つに到着した私を待っていたのは、イラではなくてエリカとイヴォンヌだった。


「どうして二人がここに……」

「イラが教えてくれたんだよ。昨日、休憩を取った場所に偶然いたの。第三神殿で儀式が終わってから、なんだかマツリと会えなくなるように騎士団の用事を頼まれることが多くて、気になってたんだ」

「マツリ、あなたが裏で手を回してたでしょ! 急にあんなに会えなくなるなんて、不自然すぎるのよ」


 正解だ。私が頼んで、ラクサの力でそうなるよう仕向けていた。

 ゲームの物語だと、そろそろ私に不穏な噂が立ち始めるころだったし、本当に大罪人として糾弾される展開が来る可能性があったからだ。


 おかしいと疑われるだろうとは思ってたけど、まさかここで直接問いただされるなんて予想してない。


「それは、その」

「理由はわかってるのよ。どうせ、まだ流れてもいない噂を気にしたんでしょ」


 エリカに言われてどきりとする。私が悪神を解放したとかそういう悪い噂は立っていないし、彼女たちも予想はできないはず……。

 動揺して言葉が出ないでいると、イヴォンヌがおずおずと確認してくる。


「『白銀の聖女』に選ばれるのがチドリだと思ったんだよね? マツリ側につくと、周りから私たちまで負けた仲間みたいに言われるって考えたんじゃない?」


 あ、そうか、そっちか。

 勘違いで緊張していたのが解けて気が抜けた私に、イヴォンヌは怒っているような悲しんでいるような顔をする。

 エリカのほうは完全に怒っていた。


「気を遣われる理由はわかるけどね!? でも――」

「私たち、そんなことで離れたりしないよ」

「ちょっとイヴォンヌ! 私の言葉とらないでちょうだい」

「あ、ごめん」


 イヴォンヌの軽い謝罪に、エリカが脱力した。


「ともかくよ。私たちは、あなたに落ち度はないって知ってるわけ。だから変な気を回さなくていいし、今度やったら怒るんだから」

「エリカってば、もうすでに怒ってるじゃない」

「い、いちいちイヴォンヌは……!」

「ふふ、ごめんね」


 今度はあえて突っ込んだらしいイヴォンヌにつられて、私もちいさく笑ってしまう。

 そんな私を見て、エリカはむっと唇をとがらせた。


「私が怒ってる理由、わかってるの?」

「ごめん。もうしないわ」

「認めるってことは、やっぱり手を回してたわけね」


 拗ねたように睨んでくるエリカに、もう一度「ごめんね」と謝る。


「……ま、いいわ。代わりにこれから私たちとお茶しなさいよ。会わなかった間の近況報告してもらおうじゃない」


 それで手打ちにしてくれるらしい。

 私は頷くと使用人にお茶の準備を頼む。元から今日の午後は何の用事もなかった。

 それぞれ案内された自室へ向かったラクサたちが合流してこないのは、気を遣ってくれてるのかもしれない。


「それで? わざわざカルフォン家の屋敷じゃなくてここにいるってことは、カルフォン夫人はイラを選んだってこと?」

「あー、そういうわけじゃないんだけどね……」


 世界とか聖女とかいうのと全然違う話題で、この二人と盛り上がれる時間もいいものだ。残り少ない時間を、こういうふうに使うのもありだと思う。


 頭の隅で、イラの招待はこのためだったのかな、なんて考えたりした。

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