61:変わってしまった見え方2
首都に戻ってからチドリたちがすべきことについてを簡単にだけ説明してから、今夜の話し合いはお開きになった。
彼らも疲れただろうし、全員が積極的に私に協力するというのなら、話はそんなに複雑にはならない。
全員が部屋から出て行って、ようやくラクサたちと私になって一息つこうとしたときだった。
なぜかアルベールだけが一人、戻ってきた。
「マツリ、君にもう少し話したいことがあるのだが」
「何かあった?」
「その……」
部屋にいるラクサたちを気にしたようだけど、たまたま三人とも私の座るソファから離れた場所に立っていて、そのままこちらから視線を外してくれた。
席を外してもらうまではなかったのか、アルベールは私の正面に座ると、またも謝罪の言葉を口にした。
「君のことを誤解していた。それをちゃんと謝っておきたい……すまない」
「それは、こっちも誤解されるように行動していたから――」
「それでも! 僕はユウやセルギイやチドリのように、おかしな記憶を知らなかった。だがおそらく、一番君のことを警戒し、疑って、聖女になんてふさわしくないと決めつけていた」
「アルベール……」
「声のでかい者に負けそうな弱い者を、今度は助けられると思っていたんだ。これでも」
膝に置いた彼のこぶしに力が入ったのがわかった。
「だけど実際には、裏で君が犠牲になる形で……俺が虐げる側だった」
「虐げる、なんて大げさよ」
脳裏に、前世で読んだゲームの物語が蘇る。
アルベールには幼い頃、とても懐いていた家庭教師がいた。
複数人いた教師たちの一人だけど、その人物だけが、王子の家庭教師という立場を利用して偉ぶったり、彼との勉強時間を適当に終わらせたりしなかった。
ただ、家柄が低かったために他の教師たちからは下に見られていた。アルベールが褒められるときは、まるで他の教師たちが立派な姿を見せているからかのように好き勝手語られていたのだ。
彼は第三王子という立場から、代わりに糾弾しようとした。けどうまくいかなかった。彼が幼すぎたこともあるし、彼自身に強い後ろ盾がなかったので発言がスルーされがちだったのもあるし、そもそもやり方が正直すぎたのもある。子供がただ偉そうに責めたところで、世渡り上手な大人には勝てなかった。
しかも反撃にあったときの言葉は、「父上が王だからと、自分まで同じ地位についたと勘違いなさっている」だ。「このまま地位を振りかざしてものを言うようになれば、弱い者は辛い」とも。
一昨日、孤児院で私が彼に言いすぎてしまったと感じたのは、この知識があったからだった。
「これは僕の問題でもあるんだ。昔の経験に勝手に重ねて、熱くなりすぎていた。君には何を言っているのかわからないだろうが」
知ってる。
でも、私が彼の経験を知っていると伝えたとして、その先が想像しづらかった。
ゲームでチドリが、どうやって過去を引きずるアルベールを励ましたか、知識としては知っている。
でもそれは今の私から出てくる言葉とは違う。
「僕は、幼いころに――」
「待って」
おそらく彼が事情を語り始めようとしたのを遮った。
「私は事情は知らないわ。でも、あなたの謝罪は受け取る。というか、私だって意図して騙していたともいえるから、あんまり謝られても困るの」
「だが……」
「もし悩みがあるのなら、相談する相手は私じゃなくてチドリなんじゃない? 彼女のほうが、あなたの欲しい言葉をくれると思う。私では無理」
彼は複雑そうな顔をした。
婚約者候補の私から、まるで他の女性をすすめるような言葉を告げられるのは意外なのかもしれない。
私だって、ここでほいほいと「あ、じゃあそうするよ」とか即答できる婚約者候補はちょっと微妙だ。自分ですすめといてなんだけど。
「チドリとの仲、悪くないんでしょう?」
「わ、悪くはないが」
「じゃあチドリに相談して。そうしたら……あなたからの謝罪をちゃんと受け入れることにするわ」
「さっき謝罪を受け取ると言ったのに……」
「気が変わったの」
あたふたするアルベールを急かして、強引に部屋から追い出す。最後にもう一度、チドリに相談するよう言ってから扉を閉めた。
これでいい、かな。
あの二人の恋路は世界の行く末とは関係ない。でも、すぐそばで起こるなら悲恋よりはハッピーエンドのほうがいい。
それに、アルベールの過去を知って支えてあげたいと思う異性は私じゃない。私相手に過去を語られても困ってしまう。
今度こそ、ラクサたちと私だけの空間になって、ほっと息をつく。
冷めてしまったお茶をナケイアが淹れなおしてくれた。
「お疲れさま」
「うん……」
お茶の香りをゆっくり楽しむ余裕がようやく戻ってきた。今日の茶葉はナケイアがどこからか調達してくれたものだ。例の孤児院ですすめられた店ではないらしいけど、これから人気になりそうだと語っていた。
なんでも、人を癒す薬に詳しいのがナケイアの性質だという。だから薬草やそのくくりに近いものの扱いが上手いし、良質なものを見分ける目があるらしい。
「アルベールの事情、聞かなくてよかったの?」
「うん。どういう内容かは知ってるの。チドリがどういうふうに励ますかもね」
「例のゲームの記憶ね? 重要人物の弱みをしっかり握れてるなんて、便利なものだわ。マツリは利用する気が薄いみたいだけど」
「ナケイアってば……。いざというときは利用する気ではいたのよ。運よく使わずすんだだけ」
改めて考えると、たしかにアルベールやチドリたちの重要な情報を反則技で手に入れていることになる。使い方によっては、彼らを脅すことだって可能な内容もある。
ゲームのマツリ・カルフォンも一部の情報を自分のコネで手に入れていたっぽいけど、私はそんな繋がりがなくても既に手にしている。その点、ずるいかも。
「それにしても、イラが守護神オトジで人間として生まれたって……信じていいんだよね?」
疑うなんて失礼にあたるけど、でもやっぱり確認しておきたい。
ちょっと不機嫌そうにラクサが頷いた。
「おそらく、な。あのとき感じた気配は人ではなかったし、状況ともあう」
ラクサは、外の大雨を示すように窓の方を見た。
「あいつが、自分の一部を切り離して人間にするなんて余計なことをしたせいだ。下手に動くから、封印の綻びがマツリの知る物語より大きくなったんだ」
「ラクサ、イラに対して厳しくない?」
「そんなことないよ」
済ました顔して答えるけど、なんか厳しい気がする。
「全員の前で堂々とマツリを特別扱いしたのが気に入らないんだろ、どうせ」
「やっぱりあれ、特別扱いに感じるよね……。偉い神様が誰かを贔屓するような態度ってまずい? なにか影響ある?」
「いや別に? 神だって気に入った人間の一人や二人できるし、贔屓したけりゃすればいい」
「え、でもラクサが不機嫌なのは……」
ラージェと互いに疑問符を浮かべ合ってから、途端に彼が気付いたように声を上げた。
「あ! 俺が言ったのは、自分のお気に入りをみんなの前で贔屓できてずるいってラクサが思ってるってことで――」
「ラージェ」
ラクサが静かな声で名を呼び、薄く笑ってラージェを見ている。
「あー、えー、冗談で言っただけなんで忘れていい」
「そ、そう……」
私も、どういう態度をすればいいかわからない。
隣に座ったナケイアは呆れた様子で、ラージェへのフォローのようなそうでないようなことを説明する。
「誤解されてることも多いけど、神ってたいてい、人にはない力を持った存在がひとくくりで呼ばれてるだけなのよ。人間に近い感性を持つものもいれば、何も考えてていないものもいれば、人の望む姿であろうとするものもいたり……ばらばらなの。人に平等な存在もいるだろうけど、みんながそういうわけじゃない」
そういえば、前にも似たようなことをラージェに言われた。
「だから、お気に入りの相手ができることもある。力がある分、下手に深入りすると面倒なことも起こるけどね」
「面倒なこと?」
「ええ……。この体では思い出せないけど、なんだか昔、そういうこともあった気がするわ……」
ナケイアは記憶を探るように一瞬ぼんやりしたけど、無理だったのかため息をつく。
「三人は、イラやチドリたちの話を聞いて新しく思い出したことはない?」
ちょっと期待していたけど、三人とも首を振った。
「そっか。四人目の黒い騎士のこと、気になるけど……心当たりは何もないのね」
やっぱり三人は首を振った。
ラージェとナケイアが諦めたように言う。
「相変わらず、封じられたときのことは何も思い出せないわ」
「中央神殿に封じられてる四人目のことは、そいつが解放されるまでは思い出せそうにないな。……イラが決着をつけるどうとかってのは、俺らは手を出さずにいるのが賢明だろ」
「イラ――守護神オトジか。喧嘩を売るには賢くない相手だしね。さすがに力が違いすぎるのはわかるわ」
「まあ、そんなイラがマツリの言うことを聞けばいいってチドリたちに言ったんだ。先の保証がされたようなもんだよ。その点はよかったけど」
やっぱりイラ――オトジって神の力はそれだけ大きいのか。
ラージェたちの話に納得しつつ、一方で、考え込んでいるラクサが気になった。
「ラクサ、もしかして本当は何か心当たりがあったりする?」
「いや……。なにかある気もするけど……思い出すのは無理みたいだ」
そうして私の顔をじっと見る。
「マツリ、どこかすっきりした顔をしてる」
「そう? 協力者が増えたし、無理に悪役をやる必要がなくなったからかな」
私の知る物語とはだいぶずれている。
不安がないと言えば嘘だけど。
「世界はちゃんと救えそうだし」
「でも世界を救った英雄扱いされるのは、チドリたち。マツリは美味しいとこないだろ」
ラージェはつまらなさそうだけど、私は首を振った。
「それでもちょっとは違う気がするわ」
少なくとも、一人ですべて終わらせて、みんなから誤解されたまま死ぬのかなんて思っていたときとはだいぶ違う。
それを考えて小さく笑みがこぼれてしまうくらいには、違ってる。




