60:変わってしまった見え方1
言葉を失くした私たちに、これ以上聞きたいことがないのなら、とイラは立ち上がる。
誰も引き止めることはできない。そういう雰囲気をまとっていた。
彼はちらりとラクサたちのほうを見た。チドリたちがいなければ、同じ人ではない存在同士、何か話したいことでもあったかもしれない。
いや、でも四人目の黒い騎士にとった反応を考えると微妙なところなのかな。一応、黒い騎士同士なら仲間といっていいだろうし……。
「そうだ、マツリ」
ふと思いついたように、イラが私に声をかけた。
彼が正体を告げる前の、普通に人間同士の知り合いみたいな感じに。
「もし今後、俺になにか協力してほしいことがあれば言って。あなたの頼みなら聞こう」
「ど、どうも」
「自分の知ることをどれだけ彼らに伝えるべきか迷うこともあるかもしれないけど……きっと、あなたの判断は正しい。言う必要がないと思うことは言わなくていいよ。彼らも文句は言わないだろう」
うわ、そういうことチドリたちの前でわざわざ言う?
予知夢じゃなくて前世の記憶だということとか、ラクサたちの正体とか。そういうのが頭に浮かぶ。堂々と隠しておけることは助かるけど。
呆気にとられているうちに、イラは部屋から出ていってしまった。
残された私たちのあいだには、しばらく沈黙が漂う。
「マツリは、守護神オトジからとても信頼されているようですね」
セルギイがぽつりと呟いた。
「あなたの夢のこと、すべて打ち明けてほしいとは思います。でも、そうできなくても仕方ないとも思う。私は、あなたにそこまで信頼してもらえることはしていない」
「悪かった。君を誤解していたようだ」
謝罪の言葉を口にしたのはアルベールだ。
「本当は、日を改めてきちんと場を設けるべきかと思う。だが、明日には首都に向けて出発となるし、おそらく到着後もゆっくりできる時間はない。だから――」
「ま、待って! 頭は下げなくていいから!」
座ったままとはいえ彼の頭が下がっていくのを慌てて止める。
忘れそうになるけど、彼は別の国の第三王子なのだ。そんないきなり頭を下げられても、心臓に悪すぎる。
と思ったのに、同じ異国の王子様であるファルークもすぐに続いた。
「俺も謝りたい……悪かった」
「ちょっと、だから」
「俺も誤解してた」
「私もです……」
ユウとセルギイまでもが二人にならい、とどめはチドリだった。
「ごめんなさい。私、何も知らずに失礼なこといっぱい言ってた……」
彼らは真面目に謝ってる。
だから、こちらも真面目に受け取るべき。
そうは思うけど、まさかよりによってこの五人がマツリ・カルフォンに謝るなんて展開は予想してなくて、私は動揺した。
「き、気にしなくていいから。こっちだって、あえて誤解させようとしてたの。それにほら、イラに余計なこと聞いてたでしょ? 私のこと警戒しちゃうような情報を流したってことは確認済みよ」
五人はぎょっとした顔で私を見る。なにごとかと不安になっていると、セルギイが畏れ多いって感じで説明する。
「その……この国の最高神だとわかっても、そういう言い方をするのかと」
「あ、ああ、そうね。でも私たちが接してきたイラは人間でもあるって言ってたし……。面と向かって威圧されると怖いけど、そうじゃなければ……」
「神に選ばれて予知夢を見ると、神のことが身近に感じられるものなのでしょうか」
眩しいものでも見るような目をセルギイがするけど、私は気付いていないふりをする。急に大層な相手だと思われるのも重い。
そもそも私のそばにすでに三人、本当は人じゃない存在がいるので耐性がついているのかもしれない。やっぱり、三回も神から殺気をぶつけられたのはいい経験だったんじゃないだろうか。
「ラクサたちはまだ驚いたまま呆けているが……大丈夫か?」
ファルークが心配そうにラクサたちを見た。
「ん?」
「は?」
「なに?」
急に自分たちに振られたせいか、三人はきょとんとした顔をした。ぱちぱちと瞬きしてから、ナケイアが表情を戻す。
「別に呆けていたわけじゃないけど……驚いていろいろ考えていたの。彼が神だなんてまったく気付かなかったんだもの」
「人間として生まれてくるなんて、聞いたことないぜ」
ラージェのぼやきに、「私も、そんな神話は聞いたことがありません」とセルギイが共感するように答えるけど、たぶんちょっとばかし二人の会話はかみ合っていないと思う。
あと、二人はこの場だともっと丁寧な言葉遣いをすべきな設定だということはもはや忘れられているけど、誰も気にしていない。気にしている余裕が誰にもなかった。
「守護神オトジだというわりに、大して役に立ってない」
「ラクサ、そこは今は置いておきましょう」
またチドリたちがぎょっとした顔になったので、私はこれ以上何も言うなと念じながらラクサを見る。彼はため息だけついて口を噤んだ。
「君たちはマツリの事情を知ってて、協力してたんだ?」
「そりゃそうでしょ」
ユウの問いにナケイアが当然というように答えると、ユウはまた落ち込んだようだった。
「選ばれたのは俺たちだと思ってた。滑稽だったろ」
「そういう言い方はやめて。私は意図的にあなたたちに対して悪役を演じていたの。それが必要だと知っていたから。騙せなかったら、こっちが滑稽じゃない」
「そうだけどさ……。マツリは自分のそういう役目をどう思ってた?」
「……世界と自分を天秤にかけたら、仕方ないと割り切るしかない」
「君を、誤解せずにすんだ道があったのにって思うよ」
ユウは背もたれに大きく体を倒すと、悔やむように「あーあ」と声を上げた。
「あの記憶のことを君に話していれば、きっと違ってた。俺が、もっと早く確認しておくべきだったんだ。第二神殿で俺が『白銀の騎士』に選ばれたとき、違和感はあった。マツリが俺を誘導したようなような気はしてたんだ。あのとき思いきって、流れ込んできた記憶のことを君に聞いていれば……」
「それを言うなら、私もだよ! ユウやセルギイが記憶のことを話してくれるまで、ずっと黙ってた……早く相談しとけばよかった」
「いえ、私も言うのが遅すぎました。せめてイラ……守護神オトジのいる場所でもっと早めに口にしていれば、そこから真実に導いていただけたかもしれないのに」
そういえば、イラは彼らが見たおかしな記憶のことをあまり知らない様子だった。
「ずっと、他の人も見てる記憶だって気付いてなかったの?」
訊ねると、チドリは大きく頷いた。
「昨日、ユウとセルギイが記憶のことを話してくれたんだ。そこで初めて、私と『白銀の騎士』に選ばれた人が同じ記憶のようなものを感じ取ってるってわかったの」
「俺とセルギイは、互いに確認はしてたよ。だけど『白銀の騎士』に選ばれた者への警告だと思いこんでたから、他には言わないでいたんだ。でも一昨日、孤児院でまた地震があっただろ? それで不安になって、昨日、アルベールたちに相談した。マツリに誘導された気がしたこともね」
昨日といえば、イラは私のもとを訪問していた。
タイミングが悪い。けど、昨日と今日の一日違いじゃ、たいして結果は変わらないか。
ここに来る前にイラには簡単に事情を話しはしたらしいけど、どうせだから詳しいことは私と会ってから、と思ったらしい。
「三人は、おかしな記憶を知って惑わされていた。そうでない俺が冷静に物事を観察していれば、違っていたかもしれない」
ファルークまでそんなことを言い出した。
「ああもう、過ぎたことを言っても仕方ないわ。それよりも、これからどうするかでしょ!」
暗くなった空気を追い払うように、明るく言う。
「私の夢と今の状況はだいぶ変わってしまったけど、やることはわかってるの。大事なのは、ちゃんとそれを実行することよ。このまま世界を破滅させたくないわよね!?」
「……うん」
覚悟を決めたように頷いたのはチドリだ。
「マツリ、私はどうすればいいの? 私、世界を破滅なんてさせたくない」
チドリの力強い声にほっとする。
噂のせいで自信を失くしていたようだけど、この分ならちゃんと私の知る正しい物語のように、彼女が世界を救ってくれる……。




