57:頼まれた言葉
「じゃあ、マツリが彼らを『白銀の騎士』になるよう誘導しているってこと以外は、特に気付かれてないんだな?」
「ええ、そのはず」
無事に――と言っていいかは分からないけど――ファルークを「白銀の騎士」にすることができた私は、広間にいた人たちが騒ぎ出すのに乗じてなんとかあの場を抜け出した。
そして、神殿内の他の場所にいたラクサたちとなんとか合流し、人気のない廊下の隅でこうして話し合っている。
こんなときでも、祈りの儀式の後に騎士団や関係者の慰労と交流のためのパーティーは予定されていて、たくさんの人間が神殿にやって来ている。その人々はいま、「白銀の騎士」誕生でざわついていた。そのおかげというか、皆の注意がファルークに集まっているおかげで、こうして目立たず四人で話し合う隙を見つけられていた。
天候の荒れや地震で不安が広がっているなかでパーティーをするのかとも思うけど、だからこそ通常と同じように過ごしたいと思うものかもしれない。
神に選ばれた白銀騎士団と言葉を交わすことで、自分にも神の加護をと思いつめている地元の有力者たちもいる。広間でそんなことを噂している騎士団員もいた。
聖女に関する根拠のない噂が広まったり、不安定な状況なのにパーティーをしようとしたり……不安というのは人の行動を狂わせるものだ。
「彼の言った、忌まわしい記憶だとかなんだかいうのはどういうことなんだろう」
そう言って、腕組みをしたラクサが考え込むように空を睨む。
「わかんない。私の知ってる『乙女ゲーム』には、それらしい描写はなかったわ」
何度考えても、ファルークが一体何のことを言っていたのかが見当がつかない。
「ただ、今夜、時間をとって話をする約束をしたの」
詳しいことは、今夜、改めて。
その約束が、「白銀の騎士」に選ばれたあとにファルークとできた会話だった。彼が水の張られた器に手を入れ、周囲を光が包んだあとは、神官たちが駆け寄ってきたので大した話はできなかったのだ。
私はため息をつくと、目の前の三人に問いかける。
「どこまで正直に話すべきだと思う?」
私の持つ、前世の記憶。この世界の、今の状態が描かれた「乙女ゲーム」という物語の存在。それによると、チドリたちは封印が解けた黒い魔女をもう一度封じなおさなくてはいけないこと。
そのうちの何をどれだけ素直に話すべきか迷う。
「君はどこまで話したい?」
確認のようにラクサが聞いてくる。
「正直、前世が違う世界だとか、ゲームがどうとか話すのは避けたいわ。理解に時間がかかるだろうし、下手すると私が余計に怪しまれるんじゃないかと思うの」
ただでさえ、なぜか私は黒い魔女の遣いなのかと疑われているくらいなのだ。ここでさらにわけのわからないことを言い出したら、無駄に疑惑を深める。
これには、ラクサたちも頷いた。
「これまでの君と彼らの関係からして、正直に話してすべて受け止めてもらえるとは期待しないほうがいい。俺やラージェに最初告げていたような感じで、予知夢を見たとかぼかして告げるほうが無難かな」
「それでも上手くいくかは賭けよね」
性格がよくなくて、カルフォン家のために聖女の立場を利用としている令嬢……なんて思われている私の言葉、一体どこまで響くだろうか。
「俺もその場に同席したいけど、やめたほうがいいのかな」
「予知夢のことを無関係な者に喋ったのか、とか責められない? 今回は向こうの警戒心をできるだけ解いて、話を聞いてもらわないと」
「なら俺たちの正体を明かして、君の予知夢が本物だと証明するとか……。いや、君が余計に怪しまれるだけか」
「黒い騎士――悪神は、黒い魔女の仲間。世界を滅ぼす側だと思われてるもの。あなたたちの正体を明かせば、私が黒い魔女の手先だって確信させちゃうかも。チドリを聖女にしたいって言葉も、何か裏があるなんて疑われるかもしれない」
「困ったな」
お手上げだというように、ラクサが笑って肩をすくめる。
黙って私たちの話を聞いていたラージェが「だけどさ」と口を開いた。
「マツリ一人で五人を言いくるめろっていうのも苦しくないか? 俺たちも、適当に理由をつけてその場にいたほうがマシだと思うぜ」
たしかに、数がいたほうが私は心強い。
それにこれまでのことを考えると、五人じゃなくて六人の場合もある。イラもいるとしたら、彼が何を言い出すかわからないという漠然とした懸念があった。
「いっそ、私たちが神殿に祀られてる善神のふりでもする? 目の色を見せれば、神であることは示せる。でもそれ以上のことはわからないわ。悪神と呼ばれる存在であることもね」
ナケイアが明るくのんびりとした口調で提案する。三人の目がナケイアに集中した。
私は一瞬いい案かもと思ったけど、ラクサとラージェは「え……」「無理だろ」と本当に嫌そうな顔をして呟いている。
しかも提案したナケイアも一転して嫌そうに「だよね」なんて言うから、冗談だったらしい。
そのまま他にいい案が出なくて四人で唸っていると、急に三人の雰囲気が変わった。
気付いてふと振り返ると、ちょうど第四神殿の神官長がこちらに近づいてくるところだった。
「マツリさま、少しよろしいですか?」
神官長は、今は「白銀の騎士」が選ばれて対応に忙しいはずだ。
彼の目的がわからないまま、私は頷く。
「構いませんが……」
「マツリさまにお話ししておきたいことがあるのです」
そう言って神官長はラクサたちを見る。
彼らには聞かれたくない話らしい。察したラクサたちは「じゃあ、向こうに行ってるから」と言ってすんなり離れていく。
神官長はそのまま応接室に案内しようとしたけど、私は首を振った。
いちいち移動している時間が惜しい。今夜のことについて、ラクサたちとの話し合いはまだ終わっていないのだ。
「ここでお話しを伺うことはできませんか? 周囲に耳を立てているものもいませんし、神官長もお忙しいでしょうし……」
神官長は少し迷ったあと、周囲を確認してから承諾した。
「わかりました。ではここで話をさせてもらいます」
「それで、話とは?」
「現在、『白銀の聖女』に選ばれるべき人物としてマツリ様のことが噂に上がっているのはご承知ですか」
「ええ……耳にしています。もう一人、チドリもでしょう」
先にこちらから口にすると、神官長は少しほっとしたようだ。
「はい。最初はその、チドリさまが聖女になるのではないかという噂が出回ったのです。もちろん皆は面白がって可能性として彼女もあるだろう、とはやし立てていただけですが――」
「私にお気遣いは無用です。いちいち気にしていられませんわ」
本当に気にしていない。だから早く本題に入ってほしい。
今夜のことを思う焦りが顔に出ないよう、私はできるだけ気をつけながら神官長の話を聞いた。
「その噂の影響で、一部の者はチドリさまがふさわしいのだと本気で言い出しています。一方で、チドリさまはふさわしい人物ではなく、その彼女に『白銀の騎士』となられた方たちが惑わされたために神の怒りをかったのだと言う者もいて」
「そういう人たちが、私のことを『白銀の聖女』として推している」
「はい、まあ、そういうことですね……」
なぜか神官長はここで口ごもる。
一体何を言おうとして言えないのか、私のほうには見当がつかない。仕方ないので、少々きつい言葉で先を促した。
「あの、手短にお願いしますわ。実はこのあと、個人的な用事を抱えていますの」
「すみません。私も少々緊張しているといいますか、気持ちをうまくお伝えしなければと思ってしまいまして」
「はあ……」
だから何の気持ちだろう?
「現在の天変地異の前触れかとも言われるような状態で、このような噂が飛び交うのはよくないと中央神殿は判断を下しました。そのため、異例ではありますがこの噂に関して声明を出すことになっています。明日には、皆に伝えることになる」
気になっていた神殿なりの噂の収め方だ。これは私も知りたかった。
「一体なんと伝えるつもりなんですか」
「『神はきっと正しい判断をし、皆は救われる』と」
言われた言葉の意味がすぐには掴めなくて、私は神官長を見たまま数度瞬きをした。彼にも私の困惑が伝わったらしく、かみ砕いて説明してくれる。
「今年、『白銀の聖女』に選ばれるべき人物について、近いうちに神託が下る。それが答えであり、事前に私たちがあれこれ物を申すのは冒涜であるということです」
「それはまた、責任重大ですね。選ばれる人物というのは」
とにかく、最後に選ばれた人間に期待すればいい。神が正しい答えを用意するはずだから。
そう無責任に言っているようにも聞こえた。ちょっと意地悪な見方かもしれないけど。
ただ、渦中にいる人間以外を安心させる効果はありそうだとも思う。最後には正しい答えが出ると信じることができれば、不必要にやきもきすることも減るだろう。
「マツリさまには、イザベラさまにお伝えしていただきたいことがあるのです」
「おばさま?」
急にイザベラの名前を出され、私は首をかしげた。神官長は覚悟を決めた顔で頷く。
「私は――いえ、我々も、神のご意思にすべてを任せたい。そう言っていたとあなたからもお伝えいただけませんか。各地を回ったあなたなら、首都にずっといらっしゃるイザベラさまよりも理解していただけると思います」
「それって……」
「イザベラさまからお聞きですよね……? 通常の封印祭では、各神殿の神官長は誰を『聖女』にふさわしいと思ったかを中央神殿に報告するのです。それを参考にして、神託が下ると言われています」
ああ、なるほど。
裏で手を回すのなら、中央神殿ではなく第二から第四神殿にも根回しが必要だということだ。そして神官長の言葉からして、今年の封印祭で私を「白銀の聖女」に推すようにイザベラは何らかの行動を起こしていたらしい。
「七十年に一度の、つまり今年の封印祭では、本当に神託が下るのでは?」
言葉の裏の意味を理解したことをアピールしつつ、封印祭の最初にも疑問に思ったことを確認してみる。
神官長は小さく首を振った。
「七十年に一度の封印祭では、実際に神託が下る。正直、それが本当かは私たちもよくわかりません。神の言葉を聞けるとすれば、中央神殿の神官長である大神官のみ。大神官は普段は神殿の奥に籠っていらっしゃって、側近の方が言葉を伝えることが主です。神の声を本当に聞いているのか、確かめる術は私たちにはなにも」
「だから、今年も通常と同じように裏で手を回すことが可能だとイザベラおばさまは考えたのですね」
神官長は、はっきりとは肯定しなかった。でも否定もしないから、まあそういうことなんだと思う。
「ですが……あの光景を見てしまえば神託のことも信じざるをえません。光に包まれ、突然現れた神から与えられた道具を手にした『白銀の騎士』を目にしては」
「……気持ちはわかりますわ」
「第二神殿も第三神殿も、同じ考えだと私に報告が来ています。あとは、力に慣れずに申し訳ないとイザベラさまにお伝えするのみ」
「私から、それを伝えるんですか?」
わざわざ私づてに断らずとも自分で連絡すればいい。各神殿の神官長がイザベラと密約を結んだ方法があるのだから、連絡をとる手段はあるはずだった。
「もちろん、各神殿からイザベラさまへの書簡は出しています。ただ、それだけでは伝わりきらないものもあると思うのです」
まるで縋るような目をして、神官長が私を見た。
「あなたからもどうか、今回ばかりは神のご意思にゆだねるしかないとイザベラさまに上手くお伝えいただけませんでしょうか。決して軽々しくイザベラさまの期待を裏切りたかったわけではないことを――」
「わかりました」
放っておくと長々と続けそうなのを遮って、私は了承した。
今のオトジ国の状況を考えれば、最初の予定通りに私をごり押しすることは避けたい。いや、おそらくできないと彼らは思っている。
でも、あとあとのことを考えたら、カルフォン家との関係を悪くもしたくないのだ。
だからそのフォローを頼んでいる。
「ありがとうございます。マツリさまのお心遣い、けして忘れません。封印祭のあと、なにかお力になれることがあればぜひ――」
「ええ、よろしくお願いします」
よほど安心したのか、今度は私への感謝の意を長々と述べられそうだった。
仕方ないなという気持ちを抱きながら、私はまた神官長の言葉を遮る。そうしたら不安な表情をされてしまった。
怒っているわけではないという意味を込めて、私は付け加えた。
「封印祭が終われば、きっと今の異常な状態は収まると思います。その後の関係のことを心配してしまうのは、当然のことだと思いますわ。おばさまには、私からも口添えしておきます」
まあ、どこまで私の言葉がイザベラに効くかは不明だけどね……。
感謝する神官長を前にちょっと申し訳ない気持ちになりながら、私は内心でそう続けた。




