56:◇黒い魔女の記憶3
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もうこれ以上、天災がこの国を襲うことを見過ごすことはできない。
この世界を救うためには、私の命を諦めるしかない。
一度は納得したはずだったのに、どうしようもなくその事実が辛い。
好きな人との穏やかな日々を得たいと思ってしまった。でも彼との日々を選ぼうとすれば穏やかに暮らす世界は崩壊し、世界を救うならば彼との日々は手に入らない。
今の私は、きっと誰からも扱いづらく感じられているだろうと思う。
その目にもし私を軽蔑する色を見つけてしまったら……と怖くて、今では恋人のことも遠ざけてしまっている。これじゃ本末転倒だ。
部屋に飾られた小さなロウソクを見る。
燃やすとほんのりといい匂いがあたりに立ち込める。
私の気分がすこしでも穏やかであれるようにって、黒い騎士たちの一人の――あの人がくれたものだ。
世界を滅ぼそうとしている黒い騎士たち、なんて人びとに言われても、彼らは私みたいに弱気になったりしない。悪者とされようが、大事なのはこの危機を乗り越えることだって言う。私には耐えられない。たぶん、これからも理解できそうにない……。
ただ、ロウソクをくれたあの人だけは、ちょっと違う。もしかしたら、私の気持ちを一番理解してくれるかもしれない、黒い騎士様。
黒い騎士は人をそそのかして悪いことをさせる神だって言う人も、いるらしい。悪いことが起きるとき、その近くに彼らがいたと言われてる出来事がいくつかあるから。
そそのかす、っていうところ、少しだけわかる気もする。だって喋っていると、この人は頼れるって思えてきてしまう。
あの人は、自分も恋を知ったかもしれないって言った。
私と恋人の様子を見守っているうちに、たぶん自分も「恋」しているんじゃないかって思えてきたって。
だけど好きな相手が誰なのかは、なかなか教えてくれない。でも今日は、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
恋愛に関してなら、私のほうが教えてあげられる立場だ。もっと相談してくれてもいいのに。
扉のノック音が響く。
私は静かに立ち上がって扉に向かう。
開いた扉の向こうに立っている相手は、黒いマントにフードをかなり深く被っているせいで、顔がよく見えない。でも私には誰かわかっている。
「待ってた……」
黒い騎士様。いま、私が一番信じられる相手。もしかしたら、恋人よりも……。
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