55:三人目の白銀の騎士
第四神殿に祀られている神は、水を使って人びとに啓示を与える。
訪れた者ならみんな納得する内容だ。祈りを捧げる広間には、大小さまざま、形もさまざまな器が飾られていて、そのどれもに水が張ってある。
中の水は、すべて神官たちが定期的に取り換えているけれど、大きなものには魔法石が組み込まれていて、そこに力を込めることで水が腐らず綺麗なままに保つこともできるらしい。
広間に入ってまずしたことは、広間の後方にある窓の下にある水のはった器を確認することだった。
両手で囲めないほどの大きさの、浅い丸皿のような焼き物の器。黒に近いこげ茶色のそれは、特徴がわかっていたおかげですぐに見つけることができた。
あとは彼を――ファルークをどうやって誘導して連れてきて、この水の中に手を入れさせるかだ。彼がこの中に手を入れると、光が辺りを包み、その手には小さな水差しが握られていることになる。
周囲を見回せば、水のはられた瓶や器に触れたり、指先を水に浸したりと、これまで同様に自分も白銀の騎士に選ばれないかと試す騎士団のメンバーが多い。
私のいる場所は微妙に避けられて人が近づいてはこない。
ファルークはと探せば、彼はいつも通りアルベールやチドリたちと一緒にいる。ただ、水に触れて自分を試すようなことはしていなかった。
これからの自分の行動を考えながら、またこげ茶の器に向き直る。
今回、私はゲーム通りの行動を取る予定だった。
ゲームだと、一部の白銀騎士団員がまた特別扱いされて事前に神殿内を案内される。その際に、チドリが両親にお守りとして渡してもらった刺しゅう入りのハンカチを落とし、拾ったマツリが水のはられた器の中に隠してしまうのだ。
気付いたファルークがそれを取り出そうとして、という流れだった。
問題なのは、事前にあった見学が中止になったこと。
地震の影響でごたついていて、そんな余裕が神殿側にないらしい。
そのことを今日になって知らされて、慌てたけどどうしようもなかった。
「ねえ、どうかしました?」
急に声をかけられて振り向く。そこには騎士団の女性が一人で立っていた。
「いえ……変わった器だなと見ていただけです」
確か、二十五歳の、騎士団員の中では最年長のくくりに入る人だ。カルフォン家ほどではないけれどそれなりの家の跡取り娘。年齢や家柄から、騎士団の中で彼女を中心に男女混じった大きめの集団を形成している。と、エリカたちが言っていた相手だ。
彼女は私の前にある黒いこげ茶色の、大きな皿のような器に注目する。「確かにあまり見ませんわね」と言うと、すぐに興味を失ったようだ。
「あの……少し小耳に挟んだんですけれど。あなたが、この神殿の宝物庫に忍び込んだって言われているの、ご存知かしら」
ああ、なるほど。噂の真偽を確かめにきたのか。
「忍び込んだなんて。ただ興味があって入ってみただけです」
悪びれずに答えるけれど、彼女は嫌な顔はしない。
「『白銀の騎士』だけに任せていられないと、焦る気持ちはわかりますわ。あなたが何かをせずにはいられなかったんだって、わかっている者はわかっていますから」
「それは、どういう?」
「あら、説明せずともわかるでしょう」
ラクサやラージェの言う通りだった。
私が鍵を持ち出して宝物庫に忍び込むという突飛なことをしたのは、オトジ国を襲おうとしている異変に何かできることがないかと思ったがゆえ、と受け取られている。
「第三神殿での地震があったあと、不安がる人たちをたくさん見ましたわ。大雨が続いて困っている山間部にも訪問しました。みなさん、『白銀の騎士』を信じたいと言う方もいれば、彼らを惑わした女性のせいだと言う方もいて……」
「神に選ばれた方を疑っても仕方ありません。きっと祭りの最後には、彼らや『白銀の聖女』が天災を鎮めてくれるはずだから」
「でも、少しでもふさわしい方になっていただいたほうが、人々も後悔しなくて済むでしょう。マツリさん、何かあればぜひ相談してくださいね」
そうくるか。
彼女は、今のところ私側についたほうが正解だと判断したらしい。
どう答えようか迷っていたら、その沈黙をどうとったのか、彼女が小さく漏らした。
「あなたも、面倒なときに聖女に推されてしまったものね」
どこか同情的な響きを感じる。それは、封印祭の聖女という役目が、様々な要因で選ばれることを知っているからこそのような感じがした。
今のオトジ国の異変は、「白銀の騎士」がふさわしくない行動をしているから、もしくは彼らが聖女に選ぼうとしている相手がふさわしくないから……と噂になっている。そんななかで「白銀の聖女」として選ばれた人物は、災害が続けば「ふさわしくなかったからだ」と多数の人間から責められる対象になるだろう。
今年の封印祭の聖女という役は、うまくいけば見返りが大きく、失敗すればかなりの辛い思いをする。
何か気の利いた返事をしたかったけれど、騎士団員に集まるようにとの声がかかって中断される。
仕方ないと諦め、「ではまた」と短く挨拶すると、私は神官長の言葉に従って広間の中心へと向かった。
騎士団のメンバーも意見が割れているのだろうか。第四神殿の入り口に集まったとき、私を見て眉をひそめる者と、どこか好意的な目を向けて来る者がいた。
マツリ・カルフォンはあまり人との付き合いを好むほうでないという印象があるせいか、あとはイザベラのことがあるせいか、軽々しく声をかけてくる者が少ないのはありがたかった。
神官たちも、私を見て眉を寄せるものと、同情するように見てくる者とでわかれていた。
神殿は、一体どういう風にこの噂への見解を示し、沈静化を図るんだろう。さっさとチドリが聖女ですと宣言するとかしてくれたら、私は楽だけどさすがにないか。
万が一、私を「白銀の聖女」にと推す声が広まりそうなやり方だったら……。
いや、そんなことは考えない。
それより今は、ファルークをどうやって白銀の騎士にするかだ。
「皆さまには、明日、中央神殿に向かっていただきます」
祈りを捧げる前に、神官長からそんな説明が始まった。ラクサの聞いてきた噂通りだ。
周囲はざわめくけど、純粋に驚いているのは半分くらいに感じる。私のように、事前に噂を耳にしていた物もそれなりにいるらしい。
明日は中央神殿に出発する。
なら、ファルークを白銀の騎士にするには今しか機会はない。
「ファルーク……」
祈りの儀式を終え、皆がばらばらに広間から移動し始めたとき、そっと彼に近づいた。
「ちょっといい? 二人だけで話があるの」
ファルークはちらりとチドリたちをみやる。彼らはちょうど神官から何かを話しかけられていて、そちらに注意が向いていた。
「わかった」
驚くほどあっさりと頷かれて、彼だけ私と一緒に離れた場所へと移動する。さて、ここからなんとか誤魔化しつつ目的の場所まで連れていかなきゃいけない。
密かに気合いを入れる私に、ファルークが落ち着いた声で訊ねた。
「今回は、俺なのか?」
「なにが?」
「俺が『白銀の騎士』に選ばれるのか?」
驚きすぎて、反射的にそうだと頷きかけたのを寸前で止められたのは、耐えたほうだと思う。
「ユウとセルギイが言っていた。選ばれたとき、マツリに誘導された気がすると。ここで俺に声をかけたというのは、そういうことなのか」
「も、妄想もそこまでいくと感心するわ」
「もちろん、こちらも確信はない。あいつらは気がするとこぼしていただけだからな。だが、もし三人目もとなれば、偶然とは言い難い」
鋭い目で睨まれる。彼は武人だ。最大限に警戒する彼からは、殺気のようなものも漂っている気がした。自分の問いに答えろと、圧をかけている。
でも、このところ生命の危険を感じるほどの殺気を三回も浴びた私には、そこまで怖くない。
「偶然なのか、確認してみればいいんじゃない」
余裕ぶってくるりと踵を返す。歩き出すと後ろから彼が黙ってついてくる気配がした。
……どうしよう。
第三神殿でのやり方はやっぱり強引過ぎた。セルギイが何も言ってこなかったから、うやむやにできたと安心していたのに。
あの器のところに辿りついて振り返ると、険しい顔をしたファルークがいた。
広間にはまだ何人か中を見て回る騎士団員、話をする神官たちがいる。運よくこちらに注意を向けていない。
チドリたちは神官と何かを話し込んでいて、まだこちらに気付いていないようなのは都合がいい。
柱の陰に隠れるように立ち位置をちょっと調整しつつ、壁際に置かれた台の上の器に指先を浸し、すぐに持ち上げる。
指先から垂れた水が、ぽたりと器の中へと戻っていく。
「その水の中になにかあるんだな?」
私は無言で、出来る限り意味深に見えるように笑う。
下手なことを言うとあとから修正しにくくなる。とにかく得体のしれない感じを出して、今だけでも切り抜けよう。白銀の騎士が誕生した後のごたごたに紛れて広間を抜け出せば、ラクサたちと相談する時間くらいは稼げる。
「お前は、黒い魔女の遣いなのか?」
えっ? なんで黒い魔女?
思わずびくりと肩を動かしてしまった。
私が黒い騎士を解放していることは、まだ知られていないはずだ。ユウやセルギイを白銀の騎士にしている私が、黒い魔女の遣い……?
「俺たちを『白銀の騎士』に仕立てあげ、妙な記憶を見せるのはなぜだ」
「記憶? なんのこと?」
「しらばっくれるのか?」
「本気で聞いてるの。なんのことよ」
私の様子に嘘だと思えなかったのか、ファルークも怪訝な顔になる。
記憶と言えば、前世の記憶が思い浮かぶ。でもこれは私だけのもののはずだ。
「白銀の騎士が選ばれたときに見せられるという記憶だ。『白銀の騎士』とチドリだけがなぜか知ることのできる、断片的な、忌まわしい存在の記憶。お前は知らないのか?」
忌まわしい記憶? 私の持っている前世の記憶とは違う何か?
急いでゲームを思い返すけど、それに該当しそうなものは何も思い当たらない。
黙っていると、ファルークは自分の手を水のはられた器へと伸ばした。
「まあいい。今回は、俺も自分の身を持って知ることができる――」
「ちょっと待っ……」
制止しようとしても間に合わなかった。
ファルークの手が水の中に沈み、あたりをまばゆい光が包んだ。




