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53:人の心は思い通りにいかない2

「昨日の今日で、よく涼しい顔して私の元を訊ねてこれるわね」

「昨日、俺は何もしなかったよ」


 目の前で、イラが悠々とお茶を飲んでいる。

 孤児院から帰ってきて一夜明け、私は自分が宿泊している屋敷を訊ねてきたイラと対峙していた。


「黙ってチドリたちの側にいたでしょう? あれって一応、私と対立してるってことになると思うんだけど」

「そういうもの? そんな単純な話じゃないだろ」

「少なくとも、アルベールたちはそう思っていそうな気がするわ」

「ラクサたちは同じように考えてたりする? そういえば、彼らの姿が見えないね」

「みんな外出中よ」


 ラクサたちは出掛けていて、私一人だ。彼らは朝から、お茶会という名の情報交換の場に出向いている。私にもいくつも招待が来ていたけど、すべて体調不良でお断りした。情報は欲しいけど、このタイミングで私が急に社交活動に積極的になると、変な憶測を呼びそうだった。


 あの大きな揺れが何を意味するのか、ナケイアとも一緒に考えたけど答えは出ていない。確認できた範囲では大きな被害は出ていないようだ。建物が崩れるほど揺れたという話も聞かず、ただ広範囲に不安を与えただけとも言えそうだった。


「ナケイア、だっけ? 彼女が言ったことが気になってさ。あなたの崇高な志について聞きたいと思ってここに来た。何もおかしなところはないよ」

「あなたのことがわからなくなるわ。いいえ、わかったことは一度もない」


 チドリたちの傍にいて交流もあるようなのに、こうして私に近づいて混乱させるようなことを言う。彼が一体何を目的に動いているのか、ときどき全くわからなくなる。

 私は隠すことなく大きくため息をついた。


「崇高な、なんて自分で言うのは恥ずかしいけど、志ならあるって言えると思う。でもあなたには教えない。あなたが私に隠していることを話してくれたら、考える」


 目を見開いたイラが、ぱちぱちと瞬きをする。


「少し感じが変わったね、マツリは」

「そう?」

「会って間もないときのあなたは、大人しく目立たないようにしようって無理をしている感じがあったよ。でもどんどん自由な感じになってきた気がする。監視する人間がいなくて変わったのかな」

「おばさまとおじさまのこと? まあ、否定はできないけど……」


 似たようなことをだいぶ前にエリカやイヴォンヌにも言われた気がする。

 神殿巡りが始まって、首都を離れてからのほうが肩の力が抜けてきたとか。確かに、大人しく周囲の様子を窺っているだけの日々は終わった、という感覚はある。イザベラたちの目を気にしないで済むというのも正解だ。だけどそれだけじゃない。


「今日もまた、第三神殿で話したときよりも積極的な感じがする」

「目的を果たすためには、大人しくしていられなくなってきたから」


 昨日、アデルにイザベラやチドリのことをずばり切り込んだのも影響しているかもしれない。自分から核心に触れに行くことも、ときには重要だと感じたのだ。


「あなたの隠してること、まだ教えてもらえない? 廃墟になった神殿で、言ってたわよね。何かを話すには『時期が早い』って」


 でも彼は曖昧に笑うだけだ。

 期待はしていなかったので、そこまでがっかりもしない。


「……教える気はなさそうね」

「でも一つ、言っておきたいことはある」


 代わりに、みたいな感じでイラは話し出した。


「嵐や海の荒れや地震が、『白銀の騎士』や彼らがご執心の相手のせいだなんて噂を流したのは俺じゃないよ。疑ってたんじゃないか?」

「どうして?」

「これでもほら、前科持ちってやつの自覚はあるからさ」


 イラは笑うけど、こちらとしてはあんまり笑いごとじゃない。


「最初からアルベールたちがやたら私に警戒していたのは、あなたのせいよね。あなたが変なことを吹き込むから」

「そうだね。でもやめた。今は何も言ってない」


 一息つくようにお茶に手を伸ばしたイラは、疲れたように肩を落とす。


「下手にちょっかいを出した結果、あなたは怪我をしただろ。あんなのは……もういやなんだ」

「ちょっかい? まさかあの噂を信じてるの? 私がチドリを優先する彼に怒って突き落そうとしたっていう」


 私とイラ以外の婚約者候補たちの関係が、互いに警戒しあうようなものになったのは、イラにも理由がある。彼が私は警戒すべき人物だと、アルベールたちにあらかじめ吹き込んでしまったからだ。


 たしかにそれで困ったことも起きた。アルベールは二度目に会ったときから敵対心を向けてくるし、白銀の騎士にしようとしたユウもセルギイも私の誘導に乗らないし。

 第三神殿では、それで階段を一緒に転げ落ちるという力技に出てしまった。それがイラのせいかといえば、たしかにその側面はある、と言える。

 だけどそれは全ての事情を知るラクサたちくらいしか気付けないことだ。


 噂のように嫉妬から私がセルギイを突き落そうとしたと信じていれば、また別ではある。セルギイと私の溝を深めるような情報を渡したイラが、罪悪感を抱くのも理解できなくはない。


「あなたが嫉妬でどうこうなんて噂、信じてないよ」

「じゃあどうして自分のせいでなんて思うのよ」

「回り回って、俺のやったことがあの事故に繋がったんじゃないかなとは思ってるから」

「それ、どういう――」


 イラは、答える気がないというように私の問いを遮って話し続ける。


「だから今度はただ見ているだけにした。何も吹き込んだりしていない。だけど人々は勝手な噂を流し始め、それによってチドリは落ち込んでアルベールたちは気を揉んでいる。不思議なものだ」


 彼の、まるで他人事のような言い方が気になった。どこか遠い視点から物事を眺めて語っているかのような感じがする。

 私は遮られてしまった問いをもう一度聞きなおした。


「あなたがやったことと、第三神殿での私の怪我と、どう関係があると思うの?」

「まだ、言うには早い……。でも、思っていたよりもすぐに、教える機会が来るような気がしてる」


 また曖昧な言い方だ。

 これまでなら、ここで引き下がっていた。下手なことをして私の知る物語に影響が出るのが怖かったし、無意識のうちにブレーキをかけていた。

 だけど今日は……もうちょっと切り込んでみる。

 ここにはいない、ラクサたち三人のことも頭にあった。事情を知る味方が三人もいれば、強気にもなれる。


「ねえ、私、おかしなことを聞こうと思うの」

「なにかな?」

「例えばの話よ。そう思って聞いてちょうだい……。神話にある黒い魔女と黒い騎士って知っているでしょう。白銀騎士団にいるのなら当然よね?」

「うん。よく知ってる」

「その黒い騎士って悪神と呼ばれる神様で……今もこの島のどこかに封印されて存在していて……」


 心臓の鼓動が早くなる。

 下手に話せば頭のおかしい人間だと思われるような内容だ。これまでずっと自分の中に秘めてきたことを、少しだけ他人に話す。

 間違ったらどうなるかわからない。だけどイラなら聞いてみるのも一つの可能性だと思った。


「黒い騎士で悪神という存在が、どうかした?」


 変わらぬ調子で続きを促すイラに、思いきって問いかける。


「その存在が例えば人間の姿をとって人の間に紛れていたとして……。四人のうちの一人は、あなただったり……しないよね?」


 イラはすぐには答えなかった。

 何を言い出すんだと怪訝な顔をするわけでもなく、かといって図星をつかれたように焦る様子もなかった。

 少しして、ちょっと口角を上げて笑う。


「違うよ」


 否定された。けど、私は全く信じられる気がしなかった。


 だって、また彼の目が一瞬、金色の輝きを持ったように感じてしまったから。

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