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52:人の心は思い通りにいかない1

「みんな、大丈夫!?」


 揺れが収まると同時に、アデルと共に子供たちとラクサ達がいる庭へと飛び出た。


「誰も怪我はありません。でも子供たちがみんな不安がっていて」


 チドリがすぐに駆け寄ってきて報告してくれる。その足元をすり抜けるようにして、子供たちがアデルへと走ってきた。

 遊んでいたときのはしゃいだ空気はすっかりなくなり、静かなままアデルの足元に集まる。皆、明らかに元気のない様子だった。


「すごく揺れた……」

「なんで? 守護神のオトジ様が怒ってるから?」


 不安げな男の子の問いにアデルが首を振る。


「大丈夫、怒ってなどいないわ。ただきっと……少し守護神オトジも不安になってしまうのよ。世界を守るのは大変なことですからね。みんなでお祈りをしましょう。私たちは守護神オトジと共に世界の平和を願っていますってね」

「本物の聖女様が祈れば、天気がおかしいのも、地面が揺れるのもなくなるんだよね?」

「誰がそんなことを言ったの」

「タツキ兄ちゃんが、学校で聞いたって話してた」


 アデルは小さくため息をつき、心細そうな男の子の頭を撫でた。


「そうね。でも聖女様だけに任せちゃだめ。みんなで聖女様を応援しましょうね」


 そうしてアデルは顔を上げる。その先には私がいて、目があった。つられて子供達までが私を見る。

 何かを期待するように見られても困る。

 どんな表情をすればいいのかわからなくて、私はそっと顔を逸らした。




 地震のせいで棚に置かれていたものがいくつか落ちたりはしたものの、孤児院にそれ以外の被害はなかった。

 でも子供達が動揺しているし、他の場所が無事かも気になるということで早々に訪問を切り上げることにする。


 必要なこと以外を喋る空気でもない。明後日の第四神殿での祈りの儀式での再会を口にし、チドリたちとは今日はここまでだ。

 彼らに発破をかけたり、マツリを聖女にしてはいけないという思いを強くさせたり……そんなゲームにあった場面は再現できそうにない。それにさっきの大きな揺れが気になっている。ナケイアも含めて、もう一度確認したかった。


 待たせていた馬車に乗り込もうとしていると、チドリが私の元に駆けてきて腕を掴んで引き止めた。


「マツリ、あの、私……」

「なに?」


 私は乗るのをやめ、半分引っ張られるようにして馬車から離れる。

 そういえば、地震のせいで頭から抜けていたけど、彼女の弱気な発言のことも気になる。あのとき少し弱気になっていただけ……とかならいい。でももし噂のせいで取り返しのつかないほど彼女が弱ってしまっていたら?

 なぜか私の中にこれまでになく嫌な感じの不安がうずまいた。


「あのね……」

「何かしら?」

「その……」

「だから、何かしら?」


 マツリが躊躇している間に、様子に気付いたアルベールたちがこちらにやってくる。ラクサとラージェも乗るのをやめて背後で何事かと見ている気配がした。先に乗っていたナケイアも、体を半分外に出すようにして「なにかあった?」と聞いてくる。


「私……。私、自分が聖女にふさわしいなんて思ってない。ちゃんとそのこと、言っておこうと思って」

「は――?」


 周りにいる全員が、チドリに注目したのがわかる。


「ま、またその話? しかもどうして私にそれを?」

「噂で……マツリのほうが聖女にふさわしいっていうのもあるんだ。知ってる?」

「一応ね。まあ、私の名前が挙がるのは当然でしょう」


 とりあえず悪役のマツリ・カルフォンらしい反応をする。でもなんだかそれで正解なのか不安になってくる。


「マツリ……、私が言うのもなんだけど当然なんて思っちゃだめだよ。『聖女』はもっと謙虚で、真面目で、誠実じゃなきゃ」

「はあ?」


 聖女に自分がふさわしくないと言い出したかと思えば、私には「聖女」がどうあるべきか説きはじめる。

 かなり精神的に不安定そうだ。あの噂は、よほどチドリを迷わせているらしい。


「チドリ、天災があなたのせいだとかいう噂に踊らされすぎてない? 聖女も白い騎士も神が選ぶのだから、選ばれたときは堂々と役目を果たすしかないのよ」

「みんなに……嫌われてまで……?」

「それは……」


 励まし方を間違えたらしい。

 チドリの声は泣きそうな弱々しいものになる。


「嫌われたって……やらなきゃいけないときはあるでしょ。世界がどうなってもいいの? 白銀騎士団に入団が決まったときは、もっと崇高な志を持っていたように見えていたけど?」

「持ってる! 今も持ってるよ! でもこんなに大変なことになるなんて思ってなかったから……」


 なんとなくだけど、チドリは自分が選ばれる可能性が高いという自覚はあると感じる。というか、何もなければほぼ自分が選ばれるという認識な感じもする。

 わざわざ自分がふさわしくないと申告したり、どうあるべきかを語ったり、聖女に選ばれた場合の話をしても最初の返事が「自分は選ばれない」ではなかったり。

 そこはちょっと安心してもいいのかも。


「チドリ。大丈夫だ、きっと誤解は解ける」


 傍に寄ってきたアルベールが、俯くチドリを覗き込むように優しく声をかけた。


 このまま、私の知る物語通りにきつい言葉をかけ続けても問題ないのだろうか。

 予定通りなら、彼らの世界のために損得関係なく義務を果たそうって気持ちは、クライマックスに向けて盛り上がり始めている。マツリの言動で余計にそれが燃え上がるって感じなんだけど。


「そこは多少の反対意見があろうが、世界に必要ならやってみせるくらいのこと言って見せてほしいわ」

「マツリ、無理を言うな。他人事だと思って」

「多少外野にうだうだ言われたくらいで迷うくらいなら……騎士団から出ていってもいいのよ」


 結局、私は物語にあった結構きつい言葉を口にしてしまった。


「やめろ。彼女に無茶を言うな。チドリは今、あれこれ言われて弱ってるんだ。これが普通の反応だよ。君にはわからないかもしれないが」

「普通じゃ困るわ! 聖女に選ばれる人間は……」


 聖女に選ばれる人間は、なんだろう?

 ふとどう続けていいか迷ってしまって、言葉に詰まった。


 アルベールは私をきっと睨む。


「マツリ、この際だからはっきり言おう。どんな噂が流れていようが、君に信用がおけない限り、『白銀の騎士』たちは君を聖女になど推すことはない。チドリこそふさわしいと考えている」

「あなた、『白銀の騎士』じゃないでしょう。なのにまるでその一人かのような言い方ね。たとえユウやセルギイと仲がいいとはいえ、どうかと思うわ。あなたまで特別な存在になったと勘違いでもしてるんじゃない」


 あ、言いすぎた。

 というか彼にとっておそらく最も言われたくないだろう言葉を向けてしまった。

 はっとした顔になった彼は、らしくもなく視線を落とし急に勢いを失くして言った。


「勘違いは……そう取られても仕方ないかもしれないな。……謝ろう。勝手なことを言いすぎた」

「いえ、私も少し言いすぎたから……」


 気まずい沈黙が落ちる。急な空気の変化に、他の者も、チドリさえ何を言っていいのかわからなそうな様子になる。

 どうしようと思ったら、発言したのはナケイアだった。


「マツリにはね、崇高な志があるのよ。あなたたちにはわからないような」


 いつの間に馬車から降りたのか、隣にすっと現れたナケイアは、私の腕に自分の腕を絡める。そしてにっこりと笑ってみせた。


「『聖女』がなんたるかのお説教は間に合ってるわ。そこまで言うなら、まずは自分達の在り方を見直したらどうかしら?」


 行きましょ、とナケイアに腕を引かれて馬車へと引っ張られる。首だけで振り返ったら、チドリがアルベールが促して彼らの馬車へと向かい始めていた。


「ありがと、ナケイア」


 馬車に乗りこみながら礼を言うと、あ、とナケイアは変な声を出す。


「ごめんなさい、丁寧な口調で話すの忘れてた……」


 本気でへこんだ様子で言うので、私もラクサもラージェも、小さく噴き出して笑ってしまう。

 馬車が走り出し、特に理由なく窓の外を眺める。チドリたちの乗ったらしい馬車が私たちとは違う道へと走り出すのが見えた。


 普通の人間の反応か……。


 さっきアルベールとの言い合いで、詰まってしまったところを思い返す。

 自分のせいだと責められて弱気になる。たしかにそれは普通かもしれない。

 チドリは聖女に選ばれる。おそらくこれは決定事項。私はゲームの記憶を持っていたから、最初からどこか特別な目で彼女を見ていた。困難があっても、驚くほどの明るさで乗り越えていくんじゃないかと。


 ゲームじゃ、今みたいにチドリや白銀の騎士たちを非難する噂が流れたりしたことはない。

 だからこんなとき、彼らがどう思うかとかちゃんと考えていなかった。


 ぼんやりしていたら、隣に座っていたラクサが軽く腕を叩いて注意を引いてきた。


「どうかした?」

「マツリ、そういえばこの辺りで地元の人には有名なお茶があるらしいよ。孤児院の子供が一度は飲んだほうがいいって力説してくれた」


 お茶か。もしかして院長室で出されたもののことだろうか。アデルもこの辺りで、知る人ぞ知る店だとか言っていた。

 思い出すようにナケイアが微笑む。


「可愛かったわ、あの子たち。私とラクサ相手にこの地域の観光案内をしようって必死だったの」


 たしか二人は大人しそうな子供たちに囲まれていたっけ。

 ラクサはナケイアに小さく頷いてから、私に言う。


「せっかく教えてもらったし、帰りに寄りたかったけど無理そうだ。屋敷に戻って被害の程度を確認して……可能そうなら買いに行こうか」

「そうね、飲んでみたい」


 興味を示すと彼は嬉しそうにした。

 と同時に、私と彼との間に置かれていた互いの手が、さりげなくまた触れ合ったのに気付く。一人で落ち込むなと言われている気がした。

 視線は合わせたまま照れ笑いすると、彼の指先が私の指先を覆うようにして軽く絡んだ。さらに気恥ずかしくなって、私はものすごく緩んだ顔になってしまったと思う。


「次からは、私たちも二台にわけて馬車に乗る?」

「面倒だから手配はナケイアな」


 声にはっとすると、対面に座っているラージェとナケイアはそれぞれ窓の外を見ていた。そのまま、「私もお茶が飲みたい」「その前に地震の影響を確認だろ」と適当な会話を交わしている。


 事情を知って見守ってくれる味方がいるのって、気分がだいぶ楽になる。世界に関することでも……それ以外でも。


 物語にない部分は自分で作っていくしかないかな。

 明るい気持ちで、そう思えた。

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