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51:院長は語る

「おばさまは、おじさま以外の方と婚約されていたことがあったんですか」

「ちょうど二十年前の封印祭前に白紙になりました。表向きは、両家の都合として誤魔化され、互いに納得の上の円満な解消とされています。ですが実際は、一方的な婚約破棄に近いものでした」

「もしかして、魔法石を発動できない体質のせいで?」


 アデルの握りしめられた両手に、見ていてわかるほど力がこもった。


「前当主夫妻は反対しましたが、イザベラ様が封印祭前に教えておきたい、とおっしゃったので……」


 言い方は悪いけど、ずるく上手く立ち回るのは得意そうな印象のあるイザベラがそんなミスをするとは意外だ。いずれ伝えるにしても、前当主夫妻が反対したということは時期ではなかったはずだ。根回しが済んでいなかった。

 でも、二十年前のイザベラは当時の婚約者に正直に話してしまった。


「婚約が白紙に戻ってから封印祭が始まりました。そこでマックス様に会えたことは……神のお導きだったと思っております」

「あの二人は白銀騎士団の一員だったと、第三神殿の神官長が思い出を語っておられました」


 ちょっとだけアデルの表情がやわらいだ。


「あの封印祭、私もイザベラ様に同行していたんですよ。マックス様がイザベラ様の体質に気付いたのは、本当に事故のような偶然で。ですがあの方は見る目を変えず、他者と関わり合いを避けがちになっていたイザベラ様に寄り添ってくださいました」


 楽しいことを思い出すように、アデルは遠い目をしながら小さく微笑む。

 しかし急に顔を引き締めると、覚悟を決めたように私を見た。


「二十年前の封印祭で、あの方は聖女に選ばれる気でおられました」

「カルフォン家の力を考えれば、上手くいけば可能だったとは思います」

「可能だったのです! ほとんど決定だと内々に連絡も頂いておりました! でも、でも選ばれなかった。魔法石を発動できない体質のせいで」

「婚約だけじゃなく、聖女選定まで……?」


 二十年前、イザベラは聖女に選ばれていない。でもそれは、めぐり合わせが悪かったからかと思っていた。いくらカルフォン家が力を持つと言っても、この国でいくつもある有力な家の一つで一強というわけじゃない。家の力が及ばないこともある。

 それにカルフォン家は、イザベラの代で他国の技術研究に力を入れ始めてから大きく力を増したとも聞いたから、二十年前なら仕方なかったのだろうと勝手に想像していた。


「せめて、あのときイザベラ様が聖女に選ばれていたら、と思います。あの方は自分が選ばれた暁には、自分の秘密を告白するつもりでした。魔法石を使えないことは、神に愛されないことではないと訴えるおつもりだったのです……」

「もしかして、体質のことは神殿に隠していたんですか?」

「はい。でも封印祭の途中で一部の偉い方々のみにだけ知られてしまった。それで十分でした」


 国民にとって「聖女」とは神に選ばれた特別な人間だ。神殿の面子を考えると、大々的に発表したあとにやっぱり間違いでしたとか簡単にひっくり返せるものでもない。

 裏工作で聖女になったあとに、神に選ばれたからこの体質は間違ったものではないと主張する――一部の神殿関係者にとっては、だまし討ちとも言えるかもしれない。けど、私はさすがイザベラ、なんて思ってしまった。


 でもそんなイザベラも、元婚約者には先に告白しておこうと思ったんだ。


「イザベラ様のことを神殿に教えたのは、元婚約者である方の家です。黙っているわけにはいかなかったと、あとから形だけの謝罪がありましたよ。黙っていては神に背くことになる気がしたと……!」


 悔しげなアデルの目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


「ですが、本音はきっと別です! あのとき聖女に選ばれた女性と、イザベラ様の元婚約者の方は結婚されましたから!」


 二十年前の封印祭は今年の祭りとは違う。七十年に一度の封印祭では、建前でなく本当に神託によって『白銀の聖女』が選ばれている印象がある。でもそれ以外の封印祭だと色んな思惑が絡んだ上で『聖女』は選ばれるのだ。わかりやすく言えば、賄賂とか。

 最有力候補のイザベラを潰せば、次に誰が聖女候補かも容易に予想がついただろう。


 イザベラとかつて婚約していたという相手は、結婚した女性に、聖女に選ばれたからこそ婚約を申し込んだのか。

 それともあらかじめ、相手を聖女にするよう根回しできるから、代わりに結婚をと持ちかけていたのか。

 今の話を聞いたら、後者のほうを疑っても仕方はない。証拠もないけど。


 イザベラとマックスに感じる強い絆。あれは、辛い時を過ごした人間とそのちょうど辛い時を横で支えた人間同士がゆえなのかもしれない。


「いいんですか、そこまで話して」


 最初こそ誘導したけど、ほとんどはアデルが自ら教えてくれた。教えすぎじゃないかというくらいに。


「マツリ様が聖女となられた暁には、魔法石を扱えない体質は決して神に愛されていないからではないと、広めてほしいのです」


 頼んでくるアデルは力強く、迷いはなかった。


「だからここまで話しました。あなたなら……頼めると思ったからです」

「なぜ」

「さきほど、ご自分がカルフォン家の跡取りだと、イザベラ様から事情を聞いたときに動揺しなくて済むと、おっしゃったでしょう……」

「言いましたけど、それがなにか?」

「そのときのマツリ様の雰囲気が、似ていたんです。いつか、魔法石など使わない便利な道具を作ると私に宣言されたときのイザベラ様を思い出しました」

「はい?」


 驚きすぎて、間抜けな声を出してしまった。


「十年一緒に暮らしていたら、似るところもあるんですね……ふふ」


 いや、十年一緒に暮らしてはいないけど……。むしろ住む場所はわかれていたから、いまだに他人のような空気も漂っているほどだけども。

 いいほうに誤解しているようだから訂正はしないけど、複雑な気分だった。


 たしかにイザベラをイメージしたから、似たかもしれない。でも家族だから似たとかではなく、どちらかと言うと、もっと根底にあるものが似たんじゃないかな。

 嘘でもはったりでも使って、自分の目的を果たしてやろうっていうところだ。


「聖女としてふさわしいと噂なのは、私ではない女性ですけど」

「妙な噂が流れているのは、私も知っております。チドリ様か、あなたか。どちらを信じたいかと勝手に盛り上がる輩もいるようです」


 そんなことにまでなっているのか。

 地域差もあるだろうけど、放っておける噂ではなくなってしまっている。何より、チドリはこの噂にかなり惑わされているようだった。


「ですが選ばれるのは、きっとあなたです」

「どうしてそこまで言いきれるんですか」

「イザベラ様は今度こそ目的を果たされるはずです。カルフォン家から『白銀の聖女』が出れば、もっと技術の研究が進む。あの方の決意は固いのです」


 彼女はイザベラを信じている。根拠のない噂など、彼女を惑わせないんだろう。


 今年の封印祭が通常の祭りだったなら、私は聖女に選ばれていたと思う。カルフォン家は魔法石ランプの成功で勢いに乗っているし、白銀騎士団のメンバーに他に有力そうな候補がいない。それほどの人物がいれば、ここに来るまでにさすがに私の耳にも入ってる。


 私が聖女候補という噂が生まれるのも、そのせいだ。噂を聞いた人が、カルフォン家の力を連想するか、「マツリ・カルフォンという聖女にふさわしい立派な人物がいるらしい」と誤解するかはそれぞれだが。

 もしかしたらだけど、イザベラが裏で噂が広まるよう何かしていた可能性もあるかな。


「おばさまの手腕は、私も疑ってはいませんよ」


 アデルに合わせつつ、私はそっと立ち上がる。

 聞きたいことはもう一つ。この機会を逃したら、たぶん二度と確認することができない。


「この絵、この孤児院の子供たちが描いたものなんですよね」

「ええ。すべては飾れないのですが、許す限りはと」


 子供の話題になったせいか、アデルは緊張が解けた様子で答えてくれた。


「二十年前の封印祭のときに描かれたものもあるわ」

「ああ、その絵ですね。その頃はまだ、私の親戚が孤児院を運営しておりました。イザベラ様とマックス様と一緒に、子供用の画材を贈り物として持参したんですよ」

「では真ん中の男女がおばさまたち?」

「ええ! 子供たちに囲まれたお二人を、小さな子が描いた……のです……」


 言いながら、アデルは何かに気付いたようだった。


 私の視線の先にある絵は、蝋と顔料などを混ぜて作られるクレヨンで描かれたものだ。太くて荒い線で小さな人間、大きな人間らしきものが描かれている。そうわかる程度だ。画家が描くような、顔の判別ができる絵ではない。

 

 真ん中に二つある大きな人間がマックスとイザベラ。

 二人の判別は服装でわかった。足元に大きく広がった黒いドレスを着ているほうがイザベラだ。


「おばさまたちには、小さい頃亡くなった子供がいたと聞いています」

「あ――」


 第三神殿でチドリはアルベールたちに、魔法石のランプを自分の代わりに灯してもらっていた。人からは単に仲のいいアルベールたちの親切だと受け取られるような形で。


 私の頭には二十年前、同じようにイザベラにランプを灯してあげた人物が浮かんでいた。


「おばさまたちの子供は、本当は亡くなっていない。死んだことにして、遠縁の家に養子として引き取らせた……」

「ああ!」


 アデルがヒステリックな叫び声をあげた。

 二十年前、イザベラたちが訪問した際に子供が描いた絵。

 顔が判別できるほど上手い絵なんかじゃない。

 わかることは、衣装から男女の区別と……そして髪の色だ。


「計算が少し合わない気もするから、怪しまれないよう、年齢もちょっと誤魔化しましたか? 幼い頃は成長の差が目立つかもしれませんが……。上流階級の子供であれば、ほとんど人前に出さず、箱入りで育てることは可能ですから」

「わ、私から言えることはなにも……」


 絵の中にいる、子供に囲まれた大人の女性の方の髪の色は、ピンクと黄色が重なるように塗られていた。

 ピンクゴールドのチドリの髪色。あれを子供が絵に描くとしたら、こういう色になるんだと思う。


 ずっと、私と同じ黒髪だと思っていた。でも昔は違ったらしい。今のあの黒髪はおそらく染めているのだ。

 単に気分なのか、それともこの髪色は怪しまれやすいからと気を遣ったのか。そこは本人に聞かなければわからないけど。


「チドリは、イザベラおばさまたちの子供ですね――」


 生きてきた環境や、その人の性格が顔を作る。明るく無邪気な顔をするチドリは、いつも何かを企んでいるような顔のあの人たちと似ている気がしない。多少似ていても、彼女が養子だと知らない者たちは遠縁だからだろうと勝手に納得するし、知らない者だってまさか実子だろうなんて突飛な発想はしない。


 ただ、今日私が目にした、チドリのあの無理矢理作った嘘くさい笑顔は……私にマックスの底知れぬ笑みを思い出させた。


 私たちを出迎えたとき、アデルがチドリに駆け寄ったのは彼女が聖女にふさわしい人物だと噂を聞いていたからとかじゃない。チドリが、イザベラの子供だと気付いたからだ。


 もちろんすべては私の想像だ。確実な証拠はない。


 反応からほぼ確信はしていたけど、私は返事を待った。

 でもアデルからはっきりとした答えをもらえることはなかった。


 なぜなら、あの第三神殿のときよりも大きくて長い揺れが、私たちを襲ったからだ。

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