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50:院長室

 自分の持つ前世の記憶――といっても、ほぼこの世界を描いた「乙女ゲーム」の記憶のみだけど――を考える上で、結構重要なヒントをもらった気がする。


 そのヒントについてもっと考えたかったけど、孤児院内の案内が再開されて上手くいかなかった。

 ちょっと上の空のまま建物を見て回る。広い庭で遊ぶ子供たちと少しの間交流しようとなってからも、いまいち参加できずに、気付けば端っこの方にたたずむことになっていた。


 ラクサとナケイアは大人しい子どもに囲まれ座って話を聞いている。意外なような、そうでもないようだったのは、ラージェが元気の余っている子供と鬼ごっこに興じていることだった。なぜかイラも混ざっていて、楽しいのか楽しくないのかわからない顔で子供とじゃれている。

 アルベールたちは四人そろって囲まれ、故郷の話をせがまれているようだった。


「マツリ、ちょっといいかな」


 横を見れば、チドリが浮かない顔で近づいてきていた。


「なにかしら?」

「私の体質のことなんだけど、他の人には言わないで欲しいんだ。私自身は、神様に見放された証拠だとか思ってないんだよ。でもやっぱり、他の人たちはどう思うかわかんないから……」

「言わないわ。言ったところで何の役にも立たないから」


 チドリは少しだけほっとしたようだけど、それでも表情は晴れない。

 ふと私は思いついて訊いてみる。


「『聖女』にふさわしいって噂のあなたが、弱気じゃない。私がこの噂を利用してあなたを蹴落とさないか、不安になった?」


 正直、物語通りのマツリ・カルフォンならそれくらいやってもおかしくない。

 チドリは最悪な相手に弱みを握られたとも言えるのだ。私に妙な記憶があってよかったよなあとしみじみしてしまう。


 私としては、ちょっとばかし揺さぶっただけのつもりだった。

 嫌みで「聖女候補」だと軽く口にしただけでも、彼女は真面目に受け取って、もし自分が任されるときは立派にやり遂げるだけだと言ってくれるんじゃないかと。

 もしくは、私がそんな酷いことはしないって信じてるって主張するか。

 それとも、「聖女」が選ばれるのに体質は関係ないはずだって言うか。


 ……でもチドリの返事はどれでもなかった。


「聖女なんて、私には無理だよ」


 弱々しくそう言って、余計に俯く。


「魔法石が使えない聖女なんていうのは、さすがに……」

「ちょっと待ってよ。さっき気にしないって言ったじゃない」

「そりゃ、私だけの問題だったら……気にしないけど……」


 どうして余計に落ち込むの。暗くなるチドリに私は焦ってくる。


「このところ天気がおかしくて、それが……『白銀の騎士』や私たちのせいかもって言われてるんだ。マツリも、知ってる?」

「一部が勝手に言ってるだけでしょ」

「でも……怖いよ。私、みんなに嫌われてまで聖女になりたいなんて……思ってないのに……」

「聖女に、なりたくないということ?」


 まさか、この時点でチドリからそんな言葉が出てくる?


「なりたくない、とかじゃないよ。必要な役目だと思ってるし、指名されたら……すごくありがたいことだって思う……」


 そんなことを言って、全然ありがたそうじゃない。


「た……例えば、の話だけど。もしあなたことを、神が選んだとしたらどう思う? あなたに世界を救うために聖女になれって、神託が下ったとしたら? それでもそんな、気乗りしない態度で引き受けるのかしら。そんな弱気で務めは果たせないわよ」

「そうだね……」


 チドリからは、いつもの無邪気な感じが消えていた。

 それどころかちょっと不機嫌にも思えるような無表情で、ぼんやりと少し先の地面を見ている。

 しばらくして無理に笑みを浮かべたその顔は、なんだかある人物を私に思い出させた。


「みんながやれるって言うなら、やれるかも」

「ちょっと、その程度じゃ困る――」


 知らず知らずに声が大きくなっていることに途中で気付いて黙る。

 視線を感じて降り返ると、ラクサやアルベールたちが気遣わしげにこちらを見ていた。子供たちまで不思議そうに見ている。


 ここで揉めるにはふさわしくない内容だ。

 でも私も何食わぬ顔してここにいることもできそうにない。


「私、もう少し孤児院の中を見てくるわ」


 そう言って一人、建物内に入った。




「マツリ様、少しお時間よろしいでしょうか」


 壁にかけられた絵をなんとなく眺めつつ気持ちを落ち着けていたら、追いかけてきたらしいアデルに声をかけられる。

 彼女のほかに人影はなかった。私のほうもアデルには聞いてみたいことがある。ちょうどいいと私は了承した。

 さきほどのチドリのことは少しだけ脇に置いて、こちらのほうから片づけよう。


「どうせなら、ゆっくりと二人だけで話せるかしら。少し疲れてしまって。子供には慣れていないの」

「では私の執務室に行きましょう」


 案内されたのは思っていたより広い部屋だった。ただ、物が多くてある意味狭い。

 院長のための執務机と、来客用と思われる小さなソファとテーブルのセット、そして壁際の棚や床に色んな道具が置いてある。

 一部の壁際だけは、子供たちが描いたのだろう絵などが飾られ、それぞれの隅に小さく日付と描かれたときの簡単な覚書きが記されていた。

 

「お茶を淹れました。これ、この地方では知る人ぞ知る人気のお店のものなんですよ。イザベラ様もお気に入りで……今でも取り寄せているはずです」


 絵を眺めていると背後から声をかけられ、勧められるままにソファに座る。

 淹れてくれたお茶は、言われてみるとイザベラに呼び出された際に飲んだこともあるような気もした。


「あの……お出迎えの際には失礼いたしました。マツリ様がこちらに来ると、本当に思っていなくて……」

「気にしなくても結構です。あの程度のことに、いちいち怒りませんから」


 私をここに呼んだのは、改めて謝罪をしたかったからだろうか。そのわりに、アデルはまだそわそわと落ち着かなかった。


「この部屋には、魔法石の道具がずいぶんとあるんですね」


 部屋を見回しながら、話題を振る。

 棚や床に置かれた道具たち。色んな形のランプだけでなく、なにかの一部のような器具など、孤児院に必要なさそうなものが大小さまざま並んでいる。


「カルフォン家の研究施設で作られた、試作品なんです。この孤児院にいる子供たちは、正確に言うとまったく魔法石を発動できない子はほとんどいないんですよ。ただ、力が弱すぎて発動できないのと大差ないというだけです。その子たちは、こうした試作品をどの程度動かせるかの実験協力というやつをしているんですよ」

「その見返りとして、多大な寄付を受けている?」

「ええ……」


 ここはイザベラたちがいる首都やカルフォン領からは離れた場所。アデルもここを動くことはおそらく少ない。私の扱いについて、ある程度は事情を聞いているかもしれないけど、普段の状況が詳しく伝わっているわけではないだろう。もしそうなら、彼女の態度はもう少し違っていると思う。


 ここで多少のはったりをきかせても、通じる可能性の方が高い。

 だから勝負を仕掛けることにする。


「うまくいけば、おばさまが使える道具も作れるかもしれませんね」

「マツリさま、それは……」

「私、カルフォン家の跡取り娘ですよ?」

「……イザベラ様がなにかお話しになったのです、か?」


 アデルはかなり疑わしそうにしている。ここで頷くのは上手くない。

 この孤児院がどういうものか知らなかった私が、イザベラの個人的な事情を知っているわけがない。


 なら、と瞬時に方針を固める。


「いずれ、知ることになる事実です。カルフォン家に子供は一人だけ。私は、イザベラおばさまに跡取りとして認められています。封印祭が終われば大事な話があると言われていました」


 最後のは嘘だ。跡取りとして認められているという部分も、ちょっと怪しいかも。


「あらかじめ知れてよかった。これで、おばさまに教えられた際に、必要以上に動揺して傷つけずに済みます」


 偉そうに、自信ありげに、有無を言わさない感じで。そうイメージしたら、頭に浮かんだのはイザベラだった。


「おばさまが魔法石を使えない体質だと、他には誰が知っているんですか?」


 質問をぶつけたアデルは、言葉を失くしていた。どう答えるべきか迷っているようだけど、その反応がすでに答えだ。


 イザベラがこの孤児院に過剰なほど支援しているのは、自分も子供たちと同じ厄介な体質だから。


 ……まったく気付かなかった。気付かないほど完璧に取り繕えていた。

 世話をする使用人がいる裕福な家の人間で、さらには社交界の中でも自分が話題を動かす側に立っているからこそ、できたんじゃないかと思う。


「ほんの一部です」


 私から目を逸らし、膝の上で合わせた両手を見つめながらアデルが答えた。震えているのは、大事な秘密を告白する緊張からだろうか。


「カルフォン家では、前のご当主夫妻――イザベラ様のご両親に、さらにまた前のご当主夫妻……つまりイザベラ様のおじい様とおばあ様に当たる方です。あとは近くで世話をさせていただく本当にごく一部の使用人のみ。それ以外では、神殿の偉い方たち数人と……それから……」


 アデルの震えが大きくなる。


「かつてイザベラ様と婚約されていた相手とそのお父上と」


 えっ、と声を上げそうになった。

 イザベラがかつてマックス以外の相手と婚約していたのは初耳だ。


「そして、マックス様です……」


 そこまで言うと、少し落ち着いたようにアデルは息を吐いた。

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