42:◇黒い魔女の記憶2
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黒い魔女なんていなくなれ。
日に日に、人々の叫ぶ声が増えていっている。憎しみが私へと向けられているのも知っている。だけど私にはどうすることもできなかった。
あてがわれた家に閉じこもり、だけどみんなの反応が気になって、目立たない格好で一日に一回だけ街に出る。今日もどこそこを嵐が襲ったとか、地面が揺れたとか、白い聖女さまなら黒い魔女なんて簡単にやっつけられるとか……そんな噂ばかりを耳にした。
私だって、この国を襲う災厄を心から願っているなんてわけはない。
ただ……じゃあ逆にこの国の、いや世界の平穏を、ただ純粋に願うだけの自分になれるかと問われれば、いいえと首を振る。
そういう、人々が白い聖女と呼ばれる存在に願うような、ただただ世界の行く末と皆の幸せだけを考えるような人物像と、私は程遠い。憎しみをぶつけられる存在としては納得かもしれない。
このところ、白い聖女という言葉を聞くだけで吐き気がする。
そもそも何のしがらみもなく、未練もなく、世界のために身を捧げることができる人間なんているものなの?
そりゃあ、私だって世界は平和なほうがいい。だけどそれは――
「お願いだから、災厄なんて消えてなくなって」
今日もそう祈る。きっと無駄だと思いながら。
「せめて私の好きな人のために」
言葉にすれば、はっきりする。
私は、自分や好きな人――身近な人たちの幸せを祈っているだけ。顔も知らないどこかの誰かの暮らす世界までは含んでいない。私と好きな人たちが一緒に、平穏に暮らせる世界を夢見ているだけなのだ。
つい自嘲的な笑みがこぼれる。
そういう私の利己的な考え方が、この世界を危機に晒しているのに。わかっていても、もう変えることはできそうにない……。
今の私が頼れるのは恋人だけ。最近、そんなことを思うようになっていた。それ以外は、たとえ私を守る騎士という存在であっても、私のことなんかわかってくれない。
……そんな風に思いかけていたけど。
私は客人を迎える準備を始める。
あの人は、信じていいかもしれない。
もしかしたら恋人の次に、私のことを大事にしてくれているかもしれない人。ううん、私のために何かしてくれるとしたら、恋人よりあの人のほうかもしれない。
その姿を脳裏に思い浮かべる。
私を守る黒い騎士の一人である、あの人のことを。
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