38:物語の通りに……?
「昨日のパーティー、本当に気分悪かったわ!」
エリカの憤慨した叫び声が部屋に響く。彼女は一気にカップに注がれていたお茶を飲み干すと、音を立ててカップを置いた。そうしてしまうほど、怒っている。
二人目の悪神――黒い騎士を解放した次の日の午後、私は背中の打ち身を心配され、いまだ第三神殿の客室にいた。そしてお見舞いだと半ば押しかけるようにしてやってきたエリカとイヴォンヌに、昨日欠席したパーティーの話、というか愚痴をほぼ一方的に聞かされている。
「また聖女は誰かって話題よ。ユウもセルギイも、ファルークとアルベールだって、遠回しにあのチドリって子を推してるのばればれなのよ。自分たちの立場、わかってなさすぎだわ!」
「この国の上流階級のこと、詳しくないからなのかな。カルフォン家と縁が出来るかもしれないのに、強気だなって思う……。外国とのやりとりはカルフォン家が強い力を持つんだから、もう少し大人しくしとけばいいのに。目立つ家には、本気で喧嘩したいわけじゃないけど無責任につつきたいって存在もいること、知らないのかなあ。周りに面白がる話題をあげるだけだよ」
おっとりとした口調だけど、割と容赦ない感想をイヴォンヌが述べる。
二人の話をまとめると、新たに白銀の騎士に選ばれたセルギイもまた、聖女として推したいのはチドリだと遠回しに示したらしい。それを周囲の一部が過剰にはやしたてはじめたようだ。カルフォン家の出来レースになるのは面白くないと思っている人たちが、無責任に持ち上げているともいえる。
私の知る物語通りだ。
「マツリ、ちゃんと聞いてるの? 一番怒るべきはあなたなのよ」
「聞いてる……ふ、あ」
「もう、あくびしてる場合じゃないのに」
エリカは自分のカップに手を伸ばし、とっくに空になっていたことに気付いて引っ込めた。
私はソファに二つクッションを重ねて寄りかかったまま、ぼんやりと二人の話を聞いている。昨夜遅くまで起きていて、朝も早かったせいで眠く、ちょっと頭が働いていない。
「おかわりをお注ぎします」
そう言ってエリカのカップにお茶のお代わりを注いだのは――白に近い灰色の髪にブラウンの瞳をした男性だった。
「あなた、この神殿の神官じゃないわよね」
身なりから判断したのだろう、エリカが探るように尋ねる。
「えっと、その人は私やラクサの身の回りの世話をしてくれることになった人。白銀騎士団の付き人予定として遅れて合流したの……」
「今さら? ずいぶんと遅刻ね」
まったくその通りだ。
こうして遅れて合流する「付き人」の肩書きを持つ相手が、今後も二人増えるのだろうか。さすがに言い訳としてきつくなってくると思う。
「なんか……いろいろあって昨日から正式に加わったの」
「カルフォン家の繋がり?」
「あ、うん、そんな感じ。取り引きのある家の息子さん」
……ということになっている。
朝早くから、そのあたりの根回しとかあれこれをしていた。といってもラクサがまたも人外らしい力を発揮して、私は横でカルフォン家という名前を振りかざして騎士団の責任者を呼び出しただけだ。ここが首都から遠く離れ、イザベラの目が届きにくいからこそ心置きなくできる芸当である。
「ラージェといいます」
笑顔で自己紹介した彼は私にも「冷めたようなので」とお茶を淹れなおしてくれた。
ちょっと恐れ多くて飲みにくい。
昨日、私が解き放った悪神で黒い騎士で灰色の髪の彼は、その金色の瞳をブラウンに擬態してこうして目の前にいる。
ラクサのときと同じく、私と同行してもおかしくないよう手を回すことになったのはよかったのだが、田舎から出てきた上流階級の子息、ではなく、田舎から出てきた商売人の息子、ということになっていた。
同じ立ち位置だと探りを入れたいときに不便かもしれないから、とラクサもラージェも納得してのことだったけど、私としてはさすがに神様を使用人のように扱うことに抵抗がある。二人が決めてしまったことなので、言っても仕方ないけど。
口調まで変えて、本当に楽しんでいるのか内心ではこんな真似をしなくてはならないことへ不満をためているのか分からず、さっきから直視できていない。
「ラクサとラージェは、昨日のパーティーには出なかったの? 見かけなかったけど」
問いかけるイヴォンヌにラクサが首を振る。
「ちょっと家の用事があってね。ラージェにも手伝ってもらっていたから出てない。二人の話から察するに、昨日のパーティーの話題は『白銀の騎士はチドリという女性を聖女に選びそう』って内容で持ちきりってところ?」
「まあ、うん……それが大きなところだけど」
歯切れ悪く答えたイヴォンヌは、どうしようというようにエリカを見た。彼女は小さくため息をつくと、意を決したように話し出す。
「もう一つ、気分悪い話題があるわ。あなたが、セルギイを突き落そうとしたって噂が流れてるの。それに失敗して一緒に落ちたんだって。あなたがセルギイの腕を掴んで引っ張ろうとしたのを見たって人達がいるのよ」
「マツリが突き落としたってなんでだよ――どうしてでしょう」
ラージェがとってつけたような丁寧な口調に直して訊く。エリカはちょっと言いづらそうに答えた。
「……婚約者候補なのに、他の相手にばかり構っているからよ。嫉妬で突き落そうとしたとか、ばからしいことこの上ないわ」




