34:行程か結果か
二人目の「白銀の騎士」が選ばれた。
その衝撃と、階段から落ちた私たちへの心配でその場は騒然となった。
幸運にも私もセルギイも大きな怪我はしていなかった。というか、私が下敷きになったのでセルギイは無事だ。でも念のためとそれぞれ別室に案内され、呼ばれた医師の診察を受ける。
その間に、白銀騎士団による祈りを捧げる儀式が私とセルギイを抜いて行われた。
名家の令嬢ということで気を遣われたのか、私には非番だった女性の医師が呼ばれて、打ち身だけだと診断された。医師によると「こんな言い方も変ですが……よほど上手な落ち方をしたのだと思います」ということで、状況にしては驚くほど軽い怪我で済んだらしい。
ゲームでもチドリの下敷きになったセルギイが同じことを言われていたし、もしかしたらあの場所には善神の加護でもかかっているのかも。
それにあの場所にはもう一つ気になるものが……。
「明日になればまた痛みが出てくるかもしれませんから、酷いようでしたらすぐに呼んでください。騎士団としての仕事もしばらくは少なくしていただけるよう、私からも頼んでおきます」
年上の女性医師は、他にいくつか注意事項を述べると帰り支度をする。
「馬車で揺られるのは負担になるかもしれません。気分がすぐれないようでしたら、今夜は神殿に泊まれないか私から確認してみますが」
「ぜ、ぜひ! ぜひともお願いします!」
そんな都合のいいことできるのなら、ぜひともお願いしたい!
医師は私の勢いに気圧されつつも、わかりましたと頷いた。
「で、では神官長に伝えておきます。それから、診察が終わったら見舞いに会いたいとおっしゃられる方々がいましたが、お呼びしても?」
「今日は疲れてしまったので……一人にしていただければ嬉しいです」
「では面会は明日以降にするようにお伝えしますね」
「ええ。今日はこのあと白銀騎士団をねぎらうパーティーがあるでしょうし、私のことは気にせずそちらに出るよう言ってください」
「ええ。マツリ様がそれでよいのなら……」
見舞いよりパーティーに行け、は極端だったか。
でもそのほうがとても都合がいいのだ。その間に私はもう一度、あの場所に行って確かめることができる。
セルギイが「白銀の騎士」となったあの場所。彼の手を壁に押し付けたとき、一緒に私の腕もちょっと壁にぶつかった。あのとき感じたのだ。ラクサのいた部屋への階段を開けた魔法石と同じ感じを。
たぶん、二人目の黒い騎士が封じられた場所への道は、あそこにある。
セルギイを巻き込んで階段下に落ちるなんて危ないことをやってしまったけど、結果的には予定通り「白銀の騎士」を誕生させたし、二人目の黒い騎士の場所もわかった。
なかなか頑張ったと言っていいんじゃないか。
「君は絶対に馬鹿だ」
「賢い方法じゃなかったかもね。でも――」
「大馬鹿だ」
やわらかいソファに座って、私はそばで見下ろすラクサの小言を聞いていた。
一人にしてほしいと使用人たちも部屋から出ていったはずなのに、しばらくしたら当然の顔をしてラクサが入ってきた。
入口で止めようとした神官がいたらしいけど、お願いすれば簡単に通してくれたよ、らしい。人を惑わす神の力の無駄遣いな気がする。
「もっと酷い怪我をする可能性もあっただろ」
彼は私がセルギイを巻き込んで自ら落ちたことを怒っている。そのときの状況を簡単に説明しただけなのに、あのときの私の判断を見抜かれてしまった。
壁に手をつくとか、なんとかバランスをとるよう体に力を入れるとか、そういう努力を捨てて、自ら踊り場に落ちていったことをだ。
「セルギイのことは私が下敷きになれば大丈夫かと思って」
「彼はそうだろうな。でも君は?」
そこまではあんまり頭が回っていなかった。あのときの私の脳裏には、ゲーム内で軽症だったチドリとセルギイのイメージでいっぱいだった。
「一歩間違えれば死んでた可能性もあった」
「私だって、冷静に考えればもっといい方法があったかもって思うわよ。でもあのときはとっさにこれでいけるって思っちゃったの!」
「どうしてとっさに思うんだ」
「無事だったからいいじゃない」
「本気で言ってる?」
わかってる。無事だったからいいなんて結果論だ。
だけど、ただの打ち身とはいえ背中は痛いし、今は小言まで聞きたくない。あのとっさの判断で予定通りの結果を出せたのだから、成功してよかったで終わってくれてもいいじゃない。
「昨日はあんなに――」
彼の存在のおかげで、もう少し頑張れるって上向きになれたのに。そう言いたいけど、ちょっと気恥ずかしくて途中でやめる。
「昨日は、なに?」
「……ラクサは世界を救いたいんでしょう? 大きな目的のために、少しの犠牲があるのは仕方ないとか思わないの。神様ってそういう大きな視点を持ってると思ってた」
言い過ぎ……かな。
けど、ラクサは静かに答えた。
「その通りだよ」
急に落ち着いた声になったのが怖い。はっとして彼を見る。
「君の言う通り、人より大きな視点で物事を見る。それだけの力を与えられているからね」
でも、と彼は続けた。
「自己犠牲がいつもいつも最適解だと思うな」
しばらく見つめあったあと、彼は不意に顔を逸らした。
「頭を冷やしてくる」
そう言って部屋を出ていってしまう。私は何と言えばいいのかわからないままそれを見送って、閉じた扉をじっと見ていた。
なによ。いつもいつもって、私がなんでもかんでも無茶するみたいに。
そりゃ物語の最後、私が悪神とされる彼らと一緒に封印されて――要は死んでしまう可能性はある。彼にはまだ言ってないけど。だけど、さすがに自分が死ぬエンドはギリギリ避けようとして動いているし……。
瞬きをしたら、ぽろりと目から水滴が落ちる。そのままいくつか涙がこぼれ落ちて、驚きながらハンカチで目を押さえた。
悲しい、とはちょっと違う。
ラクサが本気で怒ったことに驚いた、は合ってる。
あとは自分の行動が正しい答えじゃなかったことへの、ショックとか、悔しさとか、後悔とか……。
そんなに怒らなくてもいいじゃないって思うけど、彼の言葉が正しいって気持ちもたしかにあって。
どうしてあんなに彼が怒ったのか、理由だって本当はちゃんと理解している。
「嫌だ、このままじゃ」
ラクサとちゃんと話したい。
もう一度ハンカチで目元をぬぐう。用意された水を飲んで気持ちを落ち着かせると、私は立ち上がった。




