33:二人目の白銀の騎士
階段を上って広間に戻ると、彼の――セルギイの姿を探した。
第三神殿で「白銀の騎士」となるのは彼だ。
セルギイは私の知る物語通り、近くでチドリと二人きりで話していた。
ゲームだと、この場面ではチドリは誰と恋愛していようが、セルギイと二人で話す流れになる。そしてマツリに「ちょっといいかしら」と一人広間の隅に呼ばれるのである。
内容はマツリの婚約者候補になれなれしすぎることへの抗議。
心配したセルギイが寄ってきたところで、マツリは怒ってその場を去るついでにチドリにぶつかり、体勢を崩した彼女が階段から落ちかける。そこでとっさにセルギイが彼女を庇うようにして下敷きになって落ちてしまうのだ。
ぐずぐずしている暇はない。私は楽しそうに会話中の二人の元に割り込んだ。
「あなたに大事な話があるの。少しいいかしら」
そして――セルギイに話しかける。
「私に、ですか?」
「ええそうよ。ぜひあなたと二人で。だめかしら……」
彼は一瞬チドリをみてから頷いてくれた。
「わかりました。チドリ、すみませんが――」
「うん、一人で見てるから気にしないで」
「ごめんなさいね」
第一段階は達成だ。
このままうまく彼を踊り場に誘導したいんだけど、ほいほいとついてきてくれるだろうか。
いくらなんでも、素面で人を階段から突き落とすなんて芸当は無理。だから、前からここでどう動くかの計画は立てていた。
ただ、あの階段があんなに小さくて目立たないものなんて思ってなかったんだよね。ゲームでは文章で地下への階段と踊り場のことが簡単に描写されていただけ。実物は、明らかに関係者以外立ち入り禁止っぽい感じがしている。
ここに祀られている善神は一体何を考えてるんだか。あんな場所に「白銀の騎士」を選ぶきっかけを作るなんて。
「マツリ、話とはなんでしょう」
「あまり人に聞かれたくないからこちらに」
怪訝そうな表情をしつつも、階段の上までついてきてくれた。
呼び出す相手がセルギイでよかった。彼なら、多少の怪しさも強引にいけば押し切れるはず。
「ここを降りた先で話しましょう」
踊り場に連れていかなくては。
でも、そう簡単にはいかなかった。
「ここで話せませんか?」
言外に、これ以上はお願いを聞く気はありませんと告げられているようだった。当然か。急に人気のないところに連れて行こうとされれば、警戒する。
想定内の反応なので、私は用意していた台詞を吐いた。
「あの踊り場に見せたいものがあるのよ。私は神話学を専攻しているのは知っているでしょ? 興味深いものを見つけて、緑の領域で神官をしているあなたに意見を聞いてみたくて」
「そういうことなら構いませんが……大事な話ってそれだったんですか?」
「え、ええ」
あれ? 思っていたより警戒心が強すぎない?
ゲームなら、この頃のセルギイはまだ、なんだかんだ言ってマツリの強引さに負けてくれてたイメージなのに。
……あ。イラのせいだ。彼が余計な情報を流したから!
「ねえ……」
心配そうな声に振り向くと、なぜか近くにチドリがいる。え、なんでこっちに来たの。
思わず鋭い声で「なに?」と聞き返す。
「会話の邪魔しちゃってごめん。様子がおかしかったから気になったんだ。大事な話なら、神官長に頼めば部屋を貸してくれるんじゃないかな」
「いえ、そういうのは結構なの」
焦りと苛立ちで、きつい口調になってしまった。
「マツリ、神殿の装飾についてなら神官長が詳しいのでは? 珍しいものでしたら、他の皆も一緒に見てはどうでしょう。他国の者の意見ということなら、ユウたちもいますし」
「そうじゃなくて……」
人は多くないほうがいいのだ。
私が彼を誘導しているところは、できるだけ見られたくない。既に黒い騎士を一人解放している身で、余計な詮索を向けられるのは厄介だ。
私におかしな記憶があると知られることで、この先の展開が崩れる可能性もある。そうなったら、世界を救う方法が私にはわからなくなる。
「マツリ? ごめん、余計な提案だったかな?」
「そんなことはありませんよ、チドリ」
私に代わり、セルギイが気を遣った返事をする。
「そこの三人、そろそろ次に行くよ!」
ユウの声に顔を向ければ、散らばっていたみんなが神官長のところに集まっていた。残りは私たちだけ。
「行きましょう、二人とも。マツリ、皆にも言ってあとで一緒に見に来ましょう」
「でも」
どうしよう。セルギイの言う通りして、今ここを離れていいの?
向こうを振り向いた二人の後ろ姿に焦った。
もしかして、ここでチドリにぶつかって突き落せばゲーム通りに上手くいく? まさか……。
「ま、待ちなさいって」
思わず伸ばした手が掴んだのはチドリの手首……ではない。そのすぐ隣にあったセルギイの腕だ。握った瞬間、しまったと思ったけど遅い。
「な、なんですか」
急に掴まれて驚いたセルギイが反射的に振り払おうとする。
その反動で、つい体勢を崩した。
あ、まずい、落ちる――?
後ろに下げた片足が、上手く床を踏めなかった。ちょうど階段を踏み外す形になる。それを感じたとき、私はとっさにセルギイの腕を思いきり掴み直していた。
あっ、と思ったときは背中に痛みと、仰向けになった体の上に人の重みを感じていた。落ちる一瞬の間、意識が飛んだようだ。踊り場に敷かれていた小さな厚めの絨毯が、思ったより衝撃を押さえてくれていた。
うめき声が耳元で聞こえる。
「マツリ! セルギイ!」
階段の上で驚愕の表情でチドリが叫び、すぐに振り向いて人を呼ぶ。
右を見ると、セルギイの手の先にあの楽器のレリーフが見えた。
だめだ、届いてない!
「す、すみません。大丈夫、ですか」
うめきながらセルギイが体を起こす気配がした。落っこちて混乱しつつも、気が付いた瞬間にとにかく女性から体を離そうとしてくれる気遣いは嬉しい。
でも、そんなことより目的を果たすほうが大事だった。
もうここまできたら実力行使だ。
私はなんとか右手を動かしてセルギイの手首をつかむと、無理やりその少し先にある壁に押し付けた。
あれ、この感じは……。
何かに気付きかけたけど、はっきり認識するまでに至る前に周囲の様子が変わる。
「ま――」
たぶん、私の名前を呼ぼうとしていたセルギイの声は、あたりをまばゆい光を包んだことで最後まで紡がれることはなかった。




