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25:必要な悪役

 棚の隙間から二人をのぞきながら、ラクサが小さな声で呟いた。


「あれがここに眠る善神が選んだ人間か」


 おかしい。チドリは今ごろ、宿泊場所でアルベールからお茶の誘いの連絡を受け取っている頃のはずだ。その二人のお茶会に割り込んで、私が嫌みを言わなきゃいけないのだから。

 聖女どうこういう話題が初めて出て戸惑うチドリは、マツリの嫌みに反発する。そしてそれが、自分が聖女となって世界を守りたいと具体的に意識するきっかけになる。あとついでに恋愛相手との仲も深まる。ゲームとしては、恋愛相手との仲が深まるついでに意識が高まるって感じだったけど。

 アルベールとのお茶会は午後にある。だから暇な午前中のうちに図書室に来たのに。


「みんなの前であんなこと言うなんて……。突然で驚くよ」

「適当に答えたわけじゃないんだ」


 目の前で繰り広げられてるのって、ユウとの恋物語で発生するシーンでは?

 アルベールとの恋愛と、全員が仲良くなる友情物語が微妙に混在していることはわかってる。そして友情物語の場合は、みんなでお茶会して私が乱入、の流れだったはずだ。

 けどユウとの恋物語なら、もっと甘ったるい感じの言葉も飛び交っていた気もするから、少し違う?


「何ごとにも奢らない、誰かを下に見たりしない、そういう人が聖女に選ばれるべきだと思う。絶対に。それ以外はダメだ」


 ああでも、これは私の知る物語のワンシーンではある。これはあのパーティーでのユウの言動から繋がる会話だ。白銀の騎士は誰が聖女にふさわしいと思うか、という質問にチドリを示すような答え方をしたことについてのやりとり。みんなの前で自分を推薦され、チドリは初めは戸惑った反応を見せる。

 ちなみにユウがチドリと比較している相手は、名前は出さなくても明らかにマツリ・カルフォン――私のことである。


 一体どうして。

 想定外の事態に混乱するけど、記憶にある通りならここで私は彼女にきついことを言わなきゃいけない。午後にお茶会が行われないなら、ここで言うしかない。

 ラクサに黙ってここにいるよう仕草で伝え、私は二人の元に姿を現した。


「秘密の逢瀬なら、もう少し周りを気にしたほうがいいんじゃない?」


 はっとして振り向くチドリはどこか怯えた顔をして、逆にユウは攻撃的な目を向けてきた。


「盗み聞きは感心しないよ」

「勝手に聞こえてきたんだもの」


 できる限り悪そうな顔で笑いながら、私はチドリに話しかけた。


「怖気づくようなら、聖女なんてあなたにはふさわしくないわ。力を手にすることを楽しめるくらいの余裕がなきゃね」

「楽しむ……?」


 食いついた。怯えた様子だった彼女が、それでもぐっと何かを堪える顔になる。


「……力を手にして楽しむってどういうこと?」

「『白銀の聖女』に与えられる力は、大神官と同程度なのよ。それだけの地位をもらって、どうしたいか考えもしないような人にはもったいないわ」

「もったいないとか、もったいなくないとか……そういう風に考えるものじゃないと思う」

「話にならないわね」

「君はカルフォン家のために権力を手にしたいんだっけ? まあ、はっきりしているのは潔いと思うよ」


 褒めているようで褒めてない、ユウらしい助け舟だ。けど、表情が強張っているのは彼らしくない。ここはもっと余裕そうに言ってほしいところだ。


「あなただって、自分の国のためにこの催しに参加したんでしょう。私の家と婚姻関係を結びたいのだって、利益のため。誤魔化さないほうが潔いんじゃない?」


 あ、ここでマツリがユウとの婚約話を持ち出すのって、チドリとの恋を盛り上げるスパイスになるだけだったっけ。いらなかったかもしれない。

 どんな反応が戻ってくるかと思ったら、ユウは悔やむように呟いた。


「やっぱり俺は、君のことを買い被ってた」


 それ以上話すことはないというように、彼はこちらに背を向ける。


「行こう、チドリ」

「うん……」


 二人が去って行くのを、黙って見つめた。

 彼らが書物室からも去ったのを扉の開閉音で確信してから、元いた場所を覗く。真面目な顔で腕組みしたラクサが、棚にもたれていた。


「出てこないでくれてありがとう」


 黙って隠れていてくれた彼にお礼を言う。言ったあとは落ち着かず、私は視線を動かした。別に悪いことをしたわけじゃないと思っているけれど、なんだか気まずい。


「君があそこまで言う必要はあるのか? 自分を悪者にしてまで」

「私が悪者ぶるほど、彼らは白銀の聖女と騎士に選ばれるということについて、しっかりと考えるきっかけになる。そういう展開らしいの」


 きっかけは嫌な相手に対する反発心。でもそれで彼らがどんな姿勢で騎士と聖女の役をこなすべきかを真剣に考えるなら、結果的には悪くない。物語のマツリ・カルフォンは、主人公チドリたちの成長のためにも必要な悪役だった。

 そりゃ、私が彼女らに嫌なことを言わなかったせいで世界が滅ぶとか、物事は単純じゃないと思うけど、やっておかなくては不安な要素でもある。


「損な役だな」

「ほんとよね? この世界の神様たちは、もっと強力に黒い魔女を封印していてほしかったわ」


 冗談ぽく言ったつもりだけど、皮肉すぎた。彼は関係者である神様だ。こんな愚痴には、どう返せばいいかわからないだろう。でも彼は「たしかに」と軽く笑って同意してくれる。


 ……彼相手だと気安くなりすぎてしまうし、つい甘えてしまう。完全に浮かれてる。気を引き締めていかないと、思わぬ落とし穴がありそうで怖くもあった。

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