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幸せの形  作者: 南辺万里
4/5

4:追い込み

本日4話目です~

 血抜きのされていないホーンラビットをギルドへと持って帰り、思いっきり叱られたアリシアではあったが、時々ではあるがホーンラビットも獲物としてギルドへと収めるようになっていた。


「おう、今日はどうだ」


「薬草とホーンラビット一羽です」


 嬉々として冒険者ギルドの横にある解体場の台へと今日の獲物を置いていく。

 アリシアは解体用の武骨なナイフを一本、悩みに悩んだ末に購入した。

 解体の初歩は初めてホーンラビットを持ち込んだ日に、怒られながらも教えてもらった。その際に、きちんと処理した場合の価格の違いもこってりと頭に叩き込まれている。


「おお、きちんと内臓も処理されているな」


 流石に川などがある訳では無い為、水で洗う所までは出来ていない。それでも、内臓を処理してあるだけで肉の臭みが変わる。残念なことにあの最初に持ち込んだホーンラビットは、内臓から出て来た排泄物などに塗れ、ギルドの手数料など大幅に減額されてしまっていた。


「はい、あ、それとお肉をそぎ落とした後の骨とか貰っても良いですか?」


「構わんが、しっかり焼くか煮るんだぞ」


 アリシアが何をしたいのか察したギルド員は、手早く処理された後の骨を再度袋へと入れてアリシアへと渡す。骨にはまだ細々とした肉がこびり付いている。ただ、それを態々そぎ落とす手間を考えれば、そのまま破棄する場合が殆どだ。その為、アリシアはその骨を街の外で焼いて噛り付くのが最近の贅沢となっていた。


「そういえば、マイクの奴が夕方には戻るから明日早朝稽古をつけてやると伝えてくれってよ」


「え? ありがとうございます!」


「ついでだついで」


 つい大きな声で感謝を伝えるアリシアに、ギルド員は軽く手を振って今日の買い取り額を記載した札をアリシアへと渡す。アリシアもその札を受け取ってギルドへと駆け込んでいった。


 ホーンラビットを狩ってから、アリシアを取り巻く環境が大きく変化していた。

 ある者はアリシアに魔物との戦い方を語って聞かせ、現在アリシアが棒を使っている事を知ると、棒術や杖術を身につけている物達はその基礎となる動きを指導する。


 これは特に誰かが率先して行ったわけでは無い。そもそも、アリシアが寝起きをしているのはギルドの宿泊施設であり、ある日アリシアが朝早く起きた時にたまたま自主的に訓練する者達に気が付いた。

 そして、その後アリシアが少しでも参考になればと訓練する者達を参考に見様見真似で模倣しだしたことが切っ掛けだった。ただそれもアリシアがホーンラビットを始めて狩ってきた、棒を使っているとの噂が流れ、そこに槍術持ちのマイクがおせっかいを始めた故ではあるが。


 マイクは現役で活動する冒険者であった。年齢はすでに40歳に届くかという所で、このギルドでも古参に数えられる一人であった。

 マイクは当初アリシアは薬草採集を主に活動する冒険者であり、魔物退治は護身以外に考えていないと思っていた。薬草採取は無理をしなくても安定して稼ぐことが出来る。特に、街で暮らす者達は危険な外へ 薬草を採集になど行かない。魔物を安定して狩れる者達からは価格が安く効率が悪いと思われている為、薬草採集を行う者は貧しく幼い者達が殆どだ。

 この為、薬草の需要は常にあり、時間はかかるが洗礼を目指す子供達にとって定番の仕事だった。


「ほう、ホーンラビットを狩って来たか。魔物狩りを始めるのか?」


 噂を聞いたマイクは翌朝に興味を持ってアリシアの訓練を見ていると、その出来はあまりに酷かった。

 思わず唸り声をあげてしまう程に。

 魔物狩りを目指すのであれば、遠からず大怪我をするか、死ぬ。そう確信できるほどにアリシアの動きは酷かった。

 その為、マイクは思わず声を掛けた。それから、自ずとアリシアに指導を行うようになっていった。そして、他の冒険者達数人もその様子を面白がり、マイクがいない時などには基礎的な知識や動き方を教えるようになっていった。


 翌日の朝、アリシアは普段より早起きをして冒険者ギルドへと顔を出した。


 数人の冒険者が、ギルドに付属する鍛錬場で剣や槍などの鍛錬を行っている。そして、その中の一人は金属と思しき黒塗りの槍を使い、幾つかの型を辿る様に同じ動作を繰り返しているのが見えた。


「おはようございます!」


 アリシアは鍛錬場にいる者皆に聞こえるように声を上げ、頭を下げる。

 鍛錬場にいる者達は手を上げる者、返事をする者、まったく反応を示さないものなど様々ではあるが、誰もアリシアに批判的な視線を向ける者はいない。


「よう、来たか」


 槍を使用していた冒険者のマイクがアリシアへと歩み寄る。

 この場で鍛錬をしている者達はそれ程多くは無い。そもそも、この場で早朝に鍛錬を行っている者が居る事すら知らないものが多い。行っている者達もあえて誰かに話す事などしない。やるもやらないも本人の自由であり、それが冒険者であった。


「マイクさん、おはようございます。宜しくお願いします」


「ああ、先日教えた型が出来てるか見る。やってみろ」


 鍛錬する時間はそれほど無い。朝の鍛錬は軽く流し、狩りに行くのが普通である。

 マイクは無駄話をすることなく、アリシアへと指導を開始する。


 ヒュン、ヒュン、トシュ、ヒュン


 教えられた型に合わせてアリシアが棒を振る。

 まだ幼く、非力である為に棒が風を切る音も小さく頼りない。


「無理して早く振ろうとするな、余分な力が入って逆に遅くなるぞ」


「はい!」


 ヒュン、ヒュン、ヒュン


「棒先が下がって来てるぞ、棒の先端まで意識をしろ!」


「は、はい!」


 時間にして15分程であろうか、マイクはアリシアの動きを見ながら問題点を一つ一つ指摘していく。

 その間にもアリシアの額からは汗が滴り落ちてくる。


「よし、ちゃんと反復はしているみたいだな」


 型を繰り返すアリシアを見て、基礎が身に付き始めている事がわかる。

 しかし、ここから先はどう見ても筋力が足りない。幼い子供にこれ以上無理をさせても逆に体を壊す要因にしかならない。


「まだしばらくはこの型を繰り返し行うように。槍や棍を使う為の体を作るには最適だ、あとはしっかり食事を取り、無理をしない事だな」


「あ、ありがとうございました」


 洗礼を受けていない為、どれだけ反復しようともスキルは身に付かない。

 それでも、筋肉を鍛える事は出来るし、体力も、精神力を鍛えることは出来る。そして、これは後にスキルを所得してから大きく貢献してくれる。

 この場で鍛錬している冒険者達は、自身の経験からその事を理解し、実感出来ていた。


「よし、次を始めるぞ。特に注意するのは体捌きだ、非力なアリシアがまともに戦えば簡単に死ぬぞ。足元に意識を向けろ」


 型稽古の後にマイクによる打ち込みを横へと避ける練習が始まる。

 これは受ける事無く横へと避ける練習である。咄嗟に体が動けるように、自然と体が動くようにと念入りに行われる。


「慌てるな、早く動きすぎれば追従されるぞ、動きを見極めろ」


 マイクはホーンラビットの跳躍による攻撃を想定した動きを繰り返していく。

 この練習のおかげでアリシアは実際に以前よりスムーズにホーンラビットを倒せるようになってきている。


「よし、つま先の向きに注意しろよ、躱した後の攻撃を意識するんだ」


「焦るな、出来る事からやれば良い!」


 次第に指導に熱が入る。

 この訓練を始めた当初とは比べ物にならないくらいに動きはスムーズになっている。


「よしよし、忘れるなよ、スキルだけで対応できる事は少ない。同じスキルであれば、最後はその者の体力や精神力で勝敗は分かれる。その事を忘れずな、また10日後くらいに見てやる」


 マイクの言葉にアリシアは頷く。


 この鍛錬場へ来るようになってから、アリシアは上位のスキルがあれば勝てるなどと思わなくなっていた。


 鍛錬場ではレアスキル持ちの冒険者が、コモンスキル持ちの冒険者に負ける姿など珍しくない。

 どれ程に場数を踏んでいるか、どれ程に考えて戦っているか。

 それが勝負の境目だという事をアリシアは多くの冒険者達から学んでいた。


「それで? あとどれくらいで洗礼を受けれそうなんだ?」


 練習用の武器を下ろし、鍛錬場の隅に腰を下ろしたマイクはアリシアに尋ねる。


「ホーンラビットを狩れるようになったのと、薬草の値段が上がったので、今の感じだと後2か月もあれば受けれるかなって」


 アリシアは表情を綻ばせながら答えるが、 マイクはアリシアとは逆に顔を顰めた。


「そうか、薬草も値上がりしたか、魔物の数が増えて来てる気がするからな」


 魔物討伐は彼ら冒険者の仕事であり、収入源でもある。

 それ故に魔物が安定して狩れるのは本来有難い。しかし、その数が実感できるくらいに増えているのは決して歓迎できる事ではない。


「あの、魔物が増えているのですか?」


「ああ、街の周辺は今の所は問題ないが、森の中などでは明らかに増えてきているな。そうだ、状況が落ち着くまで森に近づくのは止めておけ、今ここで焦るより安全第一だ」


 マイクの言葉にアリシアは不安そうな表情で頷く。


「あの、何か異常が起きてるの?」


「わからんが、森の状況調査などのクエストが出されているから、近々には原因がわかるだろう。何にせよ冒険者は安全が第一だ」


 アリシアの頭を数回ぽんぽんと叩くと、マイクは自身の愛槍を手に立ち上がった。


「さて、飯でも食いに行くか」


「あ、はい」


 誘われるままにアリシアもギルドに併設されている食堂へと足を向ける。


「そんな心配するな、ここには俺達がいるからな。この辺の魔物なんざ相手にならん」


 不安そうな表情を浮かべるアリシアに対し、マイクは笑いながら話をする。アリシアはその言葉に頷きながらも頭の中は不安で一杯になるのだった。



 マイクからの忠告もあり、アリシアは街の壁が目視できる範囲で採集とホーンラビットかスライムを狩るつもりで草原へと足を踏み出した。

 しかし、現在の状況を受けて薬草採集を主としている者達は皆同じ事を考え、思うように採集も狩りも出来ない。今もアリシアの視界の中には幾人もの冒険者の姿がある。


「薬草を探そうにもこれだと無理」


 安全ではあるのだろうが、何も手に入れる事が出来なければまったくの徒労になってしまう。

 そもそも、街周辺の薬草などは暗黙の了解で既にテリトリーが決まっている事が多い。アリシアは参加していないが、洗礼直後の冒険者などの為に薬草が採れる場所などを大規模クランなどが管理拡張していたりする。ギルドも薬草の安定供給の為にその事は黙認している。


「クラン管理地の杭があるし、これ以上は無理かな」


 赤い色をした杭が見え始めた為、街の壁に沿って横に移動してもクラン管理地に入って採集など出来ない。それこそ、下手に管理地へ立ち入っているのを見られれば絡まれる事になる。

 クラン絡みの騒動は大事になる事が多い。甘い対応をすれば真似をする者達が続出する為、2度と誰もやろうと思わないような処分をする事が多いからだった。


「今日は戻って明日に賭けよう」


 そう思いながら出て来た門へと足を進めようとした時、視界の隅に何かが見えた。

 

 「あ、赤い煙......、あか!」


 赤い煙はベテランクラスの冒険者達が使用する緊急時のアイテム。魔物がいる場面で使用すれば自身の命を危険に晒す行為でありながら、あえて使用する程に危険度が高いと判断されたときに使用する。

 その為、下位の冒険者達は赤い煙が上がったら、何を置いても可能な限り安全な場所へ逃げろと指導されていた。


「ま、街に逃げないと」


 アリシアは街の入り口へと走り出した。

 赤い煙が上がれば、場合によっては門は閉ざされる。

 街へと入れば街壁が守ってくれる。その思いでアリシアは必死に走るのだった。

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