1:幸せな生活を目指して
ルトワルド王国第三都市サードスは人口100万の巨大都市だ。
主要街道の交叉する要所にあり、交易都市として発展している。都市周辺を巡回する領主軍もいる為周辺の治安も良く、辺境では頻繁する魔物被害もこの地では少ない。
もっとも、交易の拠点だから、領主軍がいるからと言って治安が良いとは限らないのが世の中だ。
交易都市であるが故に雑多な人種が集まり、豊かな都市で有るからこそ周辺から貧しい者が流れ込む。
ただ、この世界で人族は決して強い存在ではなかった。魔物、亜人、それこそ龍など人族より遥かに強い種族は無数に存在する。日常的に魔物との戦いで人族は数を減らす。それ故に貧しかろうと人族は非常に貴重であった。
その為、どの都市でも最低限の支援体制は整えられていた。
支援体制の名前は冒険者制度。健常な体さえあればお金を稼ぐ事が出来る。各国が合同で作り上げたシステムであった。
「うう、えい! えい!」
手にした木製のこん棒で目の前にいるスライムへと攻撃をしている一人の冒険者がいた。
その姿からして武器を持って魔物を倒す事を生業とする冒険者・・・・・・にはとても見えない。
身長も150センチを超えているようにはとても見えないし、体つきもどうみてもごく普通の少女にしか見えない。年齢は10歳くらいではないだろうか? ただ、明らかにサイズに合っていない大きめの年季の入った防具を身に着け、手にしたこれまた年季の入ったメイスを見ると、一応は冒険者なのかもしれない。
「やった! た、倒せた!」
スライムが光を放ち消えていく姿を見て、少女は歓喜の声を上げる。
そのスライムが存在した場所にはドロップアイテムであるスライム玉がコロンと落ちていた。
「う、スライム玉だ。出来たら魔石が良かった」
魔物は倒されると様々な物をドロップする。
そして、スライムがドロップするアイテムは魔石とスライム玉の2種類、あるいは何も落とさないかだ。
ドロップしないよりはする方が良い、ただしこの両者は買取価格が魔石10Gに対しスライム玉は2Gと大きく差があった。ちなみに、薬草は一束10本で20Gである。
「よし、気を取り直して次よ次」
少女は再度メイスを手に取り、薬草とスライムを探すために草原を歩き始めた。
もっとも、街の周辺は常に魔物は駆除されており、スライムは一日に数匹見るか見ないかではあった。
夕方になり少女は手にした袋を手にカウンターの列に並ぶ。そして、今日獲得したドロップ品へと意識を向けた。
スライムの魔石2個、スライム玉が4個、薬草一束、合計48Gと一日の収穫としては何とか生きていけるといった所。スライムに限って言えば今日は多い。しかし、逆に薬草は殆ど見つからなかった。
安宿であれば一日10Gから泊まれ、一食も5Gあれば食べられる。一日2食と考えれば28Gは貯金へと廻せる。とはいえ突然の出費はある。ポーションは低級であっても1本50Gもする。今後を考えれば今日の収穫は少ない。
それこそ命あっての物種で、装備などを節約しすぎて命を散らしてしまっては本末転倒である。
「ステラさん、ドロップ品です」
カウンターの上に袋を置き、確認をしてもらう。
「うん、48Gね。どう? 無理はしてない?」
お金を渡しながらステラはアリシアの様子を伺う。
ステラが初めてアリシアを見てからすでに半年は過ぎている。
サイズ違いの防具、使い古されたメイス、そのどれもが以前は所持していなかった物だ。毎日休みなくギルドへと訪れ、当初は薬草などの採取アイテムが主であったアリシアだったが、ここ最近は魔物を相手にしているのは基礎レベルのアップを狙っての事だと推測はつく。
ただ、薬草などを扱っていた時と比べ、収入は逆に落ちていることも知っていた。
「はい、街の周辺に限定してますから。薬草採集だけだときついのでスライム討伐も組み入れてやっとという所ですけど」
「そっか、でもスライムだって油断できないんだから注意するのよ」
「はい! スライムにメイスの打撃系はダメージが低いので効率は悪いんですけど」
今使っている木製のメイスも実際は先輩冒険者の捨てた物を拾ったものだった。
中古の木製のメイスなど買う者はいないし、薪代わりに消費されるのが普通。それを拾えたのは幸運だったとアリシアは思っている。そして、身に着けている防具の皮鎧や脛当も武具屋の廃棄予定品を安く譲ってもらった物。それ故に防御力は上がったのだが俊敏さは大きく減少している。
「安全第一だからね、決して無理しちゃ駄目よ?」
「うん、死にたくないから無理はしない。ステラさんありがとう」
渡されたお金を袋に入れ、そのままギルドに併設されている食堂へと足を向ける。
ギルドの食堂は低収入のギルド員向けに安い拙いでも量はそこそこという食事を提供していた。
酒類などは取り扱わず、ギルド員しか利用する事は出来ない。新人達は誰もが早くこの食堂から卒業し、まともな食事が出来るようになろうと思う。わざと不味くしているのではと噂される食事ではあるが、それでも今のアリシアには貴重な栄養供給元であった。
「うん、不味い」
野菜屑のスープに黒パンを浸し柔らかくしながら食べ進めていく。
「調味料の一切使われていない粗材のエグ味の利いた一品」
思わず零れ出た感想を聞きつけた他の冒険者達が苦笑を浮かべる。
ついでにこの食堂を管理し、このスープを実際に作っているオヤジは無表情。
ある意味伝統の味なのだろう。そんなスープを残さず完食したアリシアは、そのまま2階の部屋へと上っていった。
「はあ、きっついな、でも無理は絶対にしたくない」
部屋は値段が安いが一応個室である。
もっとも壁とすら言えないような板が張られているだけ、部屋の鍵も決して上等な物ではない。
ここが冒険者ギルドでなければ個室の意味を為さないだろうが、ギルド内でもし盗難など発生すればその面子を掛けて取り締まる。その実績があるからこそ安全な場所となっていた。
もっとも、防音などは無いが如しである為、プライバシーは欠片も無いのだが。
「半年も過ぎちゃったな、このままだといつ洗礼を受ける事ができるのかな、でも残り半分までは来たから」
アリシアの当面の目的は教会で洗礼を受けスキルを授かる事。
この世界に住む者達は、教会において洗礼を受けると加護とスキルを授かることが出来る。
洗礼を受ける事無くスキルを手に入れる事は出来ない。
洗礼を受けたあとであれば後天的にスキルが芽生える事すらあるが、洗礼を受けていなければどれだけ努力をしたとしてもスキルを手に入れる事は出来ない。
「11歳になるまでには洗礼を受けたいな・・・・・・」
世間では洗礼は8歳から10歳くらいの年齢で受けると良いとされていた。
あまり早いとスキルに振り回され、遅いとスキルを育てるのが難しくなると言われているが、実際はよくわかっていない。しかし、貴族や商人のみならず、子供に洗礼を受けさせる余裕がある者達は皆8歳で洗礼を受けるのが基本となっていた。それに合わせて8歳から入学できるスキルを学ぶ為の学校も作られているが、貴族階級の者達は基本的に自身の家庭内で勉強し、学校などへ通う事などは無い。
そもそも身の安全が保障される事の無い世界で毎日子供達を通学させる事など常識的に考えられない。
ただ貧しい者達の多くはスキルを育てる事が出来ずにその生涯を終えている。これは洗礼を受ける年齢が遅く、スキルを育てる事が出来ない為。
故に街や村で裕福な者達は皆8歳から10歳の間で洗礼を受けていた。
ただ、この洗礼は当たり前に有料、それ故に貧富の差が発生している。洗礼には教会が秘匿している秘薬が必要となり、この材料が貴重であるが為に無料で洗礼を行う事などそもそも出来ないらしい。
洗礼に必要な額は5000G、成人したばかりの一般市民が貰える給料の約3倍~5倍と一般市民であれば計画的に貯める事は難しくない。人材が貴重なこの世界では、この金額はどこの教会でも一律となっていた。
「まずはお金を貯める方が良いのかな、でも街の外で何があるか判らないし。でも洗礼が受けれないと」
アリシアは毎晩同じ事で悩んでいる。
最初は出来るだけ安全で、少しでもお金になるよう薬草集めから始めていた。
少しずつ貯まるお金に漠然とではあるが見通しが立ったような気がしていた。しかしその幻想は一週間ほどで崩れ去ってしまった。
街の近くで採集できる薬草がそれ程多くないのだ。
薬草は成長が異様に早い。採集しても根さえ残っていればすぐに育つ。もっとも、それは他の植物と比べればの話である。それに、何も薬草を採集しているのはアリシアだけではない。この為、街の近くには余り薬草は生えていなかった。
アリシアは薬草を探して次第に街から離れて行く事は必然であった。
そして、薬草採取を始めて約一週間が過ぎたある日、アリシアは街から離れた森の入り口付近で生まれて初めて魔物に遭遇した。
アリシアが木の下に生えていた薬草に気をとられ足早に木の根元に向かおうとした時、ガサリという音が木の奥で鳴った。アリシアが目を向けると、茂みからひょっこりと顔を出すのは一見すると愛らしいともとれる姿をしたホーンラビットがいた。
ホーンラビットとはこの世界の魔物の中では最弱の生き物。平民や農民などでも倒せる魔物である。
ただ、ホーンラビットの額から伸びる角は鋭く頑丈で、後ろ足での蹴り足も強力で毎年少なくない人が死亡したり大怪我をしているのも事実、アリシアにとっては強敵といっても過言ではない。
この時アリシアが手にしている物は薬草採集用の小さなナイフのみ、まだメイスは手に入れていなかった。
「は、は、は、」
アリシアの息遣いが周囲に響き渡る。この時、アリシアの頭の中では冒険者達から聞いた魔物と遭遇した時の対処法が駆け巡っていた。
「目を逸らしちゃ駄目、目を逸らしちゃ駄目」
思わず後ろへと逃げ出したい衝動を必死に抑えながら、ゆっくりと後ろへと後退る。
「魔物の最初の一手を躱す事、これが出来れば助かる可能性は跳ね上がる」
ギルドにいた年配の冒険者の言葉。
「遭遇したらとりあえず距離を取れ。初動すら出来ない距離で戦闘何かするなよ。武器を振り上げるにも時間はかかるぞ」
これも冒険者として活動する人達の言葉。
必死にその教えを思い出しながら、アリシアはホーンラビットを刺激しないようにゆっくりと後退る。
この時、アリシアにとって非常に幸運な事があった。
ホーンラビットが木の根元に生える薬草とアリシア、この両者を視線に収めどちらを優先するかで迷っていた。これはアリシアが幸いにもホーンラビットの交戦範囲から若干だが外れていた事が起因する。
ただ、薬草を食べる為に前に進めば自ずとその交戦範囲へと入る。この為、警戒しながらゆっくりと前に進みホーンラビットはそこで改めてアリシアと相対したが、アリシアは貴重な時間を稼ぐ事が出来た。
「慎重に、こういう時程慎重に」
こういう時に動揺し転倒するなどは良く聞く話。
だからこそゆっくりでも良い、慎重に足場を確認しながら後ろ向きに足を進める。
しかし、ホーンラビットとの戦闘は避けられそうには無さそうで、木の根元まで進んだホーンラビットは此方に向き直りグッと体を沈めるような挙動をする。
来る!
ホーンラビットが体を撥ねさせる瞬間に体を右へ投げ出す。
そう心に決め、その動作を頭に思い浮かべた瞬間、戦いは第三者の介入によって強制的に中断させられた。
ドサッ! ジュゥゥゥゥ
バタバタ、バタバタ......
木の根元で体を沈めたホーンラビットに、覆いかぶさるように木の上からスライムが落っこちてきた。
そして、そのスライムはホーンらビットをその体内に取り込み消化し始める。スライムの体内に取り込まれなかったホーンラビットの足がジタバタと動く、ただスライムの溶解液の音がアリシアのいる場所まで聞こえてきた。
「え? え? なに? 助かった?助かったの? 」
スライムは動きが遅いが溶解液を射出する魔物。この溶解液は強力ではあるが、スライムから取れる皮で防ぐ事が出来る為に脅威度は魔物の中で最弱とされている。
それでも、油断して死亡する人も皆無ではないのだが。
「あ、今のうちに逃げなきゃ」
しばらく呆然とスライムとホーンラビットの死闘を眺めていたアリシアであったが、漸く今の状況を思い出して慌てて街へ向かって走り出した。
助かった、よかった、無事だった。
走りながらも頭の中では先程の状況が繰り返し繰り返し思い出される。油断してたつもりはなかった、でも焦りは確実に行動を危険へと導いていた。今回は運が味方した、少しでも何か歯車が狂えば命を落としていたかもしれない。
無事に街へと戻ったアリシアは、しばらく蹲り改めて現実の厳しさ、恐ろしさに身を震わせていたのだった。
ホーンラビットも怖かったが、もしあのまま薬草を採りに木の根元に向かったならアリシア自身がスライムに捕食されていただろう。
スライムは動きも遅く、溶解液が飛ぶ距離も短い。だからスライムに危険を感じる事は今までなかった。
そのスライムがまさか木に登るなど思ってもみなかった。
そして、一晩必死に考えて安全に採集する為にもまずはスライムやホーンラビットくらいは狩れるくらいの腕力、体力など基礎レベル上げは必要なのだと決意した。
ただ、これは非常に難しい作業で、そもそもアリシアは戦闘など行ったことは無いし武器も防具も持っていない。この為、手持ちの資金を切り崩し、廃品を拾い、何とか現在の装備を整えたのだった。
ただ、当初思っていたほど基礎レベルは上がらない。
筋肉痛で動けない為、採集を取りやめた日もある。焦りから無理をして、危うく死にかけた事もある・
そもそも魔物狩りと言ってもスライムの出す溶解液の射程距離外からメイスと言うか、棍棒というか武器で只管叩きつけて倒す事しか出来ない。これまでに倒した魔物は残念ながらスライムのみで、ホーンラビットはその速さと角に対し恐怖が先立ち未だ一匹も戦った事がなかった。
それでも、少しずつ少しずつお金は貯まっている。
お金は盗まれたり奪われたりするのが怖いから、毎日教会へと預けに行っていた。
その事で、アリシアの予定を覆す思いもかけない情報を得る事が出来た。ただ、その事によってアリシアは改めて洗礼という物の意味を考えさせられるのだった。
お久しぶりです!
生存情報と久しく執筆から離れていたので、練習を兼ねて・・・・・・
さっくりと5話で終わります。