第一話 私の求婚者様達が多過ぎる。
私は溜息をついた。
卒業パーティもそろそろ終わり。ゾンネンズゥステーム連邦六王国の王侯貴族の跡取り達が集められた魔道学園での日々もこれでお終いだ。学園は、六王国のどこにも属さない自治領にある。
室内楽団がラストダンスの前奏を奏で始める。
グランツ様は婚約者の私ではなく、特待生のベギーアデ様をお相手に選ばれたようだ。
ひとり壁際へと向かう。親友のエーデル様が、苦笑して出迎えてくれた。
「ほかの方を誘えばよろしかったのに」
「そういうわけにはいきませんわ。私はグランツ様の婚約者なんですもの。ファーストダンスとラストダンスだけは……」
「あちらはほかの方と踊るつもりのようですわよ? ほら、あの、どんなに莫迦な男でも権力と財産さえあれば目が眩む女と」
返す言葉を見つけられなくて、私は力なく微笑んだ。
莫迦ね、と呟いて、エーデル様が抱き寄せてくださる。
見上げた微笑みは、どこか懐かしく思えた。友達になったのは魔道学園に入学してからだけど、それ以前にもどこかで会っているのかもしれない。故郷のヴェーヌス王国で六王国会議が開かれたのは、何年前のことだったかしら。
「エーデル様こそおひとりですの?」
「ゾンネンズゥステーム連邦六王国のひとつ、ザトゥルン王国の跡取りがだれかとラストダンスを踊ったりしたら、たちまち大騒ぎになってしまうわ。私は処女王として連邦の殿方を手玉に取る予定ですの」
「うふふ」
「私が男だったなら、ヴェーヌス王国の莫迦王子からあなたを奪い取ったのだけれど」
「ありがとうございます。でも……考えてみれば、今夜はたっぷりダンスを踊りましたわ。ラストダンスは踊らなくてもいいくらい」
ファーストダンスだけは会場までエスコートしてきてくださったグランツ様と踊って、ラストダンスはこうしてひとり。
だけど途中のダンスでは、誘ってくださる殿方もいた。
「みんな、ラストダンスの前に聞いてほしい!」
ラストダンスが始まろうとしていたとき、グランツ様が壇上で声を上げた。ヴェーヌス王国の王太子である彼は、私の婚約者だ。
ヴェーヌス王国は六王国の中で一番小さい国だ。
彼の傍らには、か弱い小動物のような風情のベギーアデ様がいらっしゃる。
「今ここに宣言したい! 私、ヴェーヌス王国王太子グランツは、我が国の侯爵令嬢アプリルとの婚約を破棄する! なぜなら彼女はベギーアデ嬢に……」
「あー黙れ黙れ」
グランツ様の言葉を遮ったのは、マルス王国の王太子シャルラハロート殿下だ。
燃え盛る炎のような緋色の髪が美しい。
グランツ様とのファーストダンスの後で、私にダンスを申し込んでくださった方だ。大柄で、鍛え抜かれた逞しい体の持ち主だ。広大なマルス王国は凶暴なモンスターが多く、国民はみな戦闘能力を磨いている。
「理由なんかどーでもいい。大事なのは貴様がアプリル嬢と別れるってことだ。婚約を破棄するってのはそういうことだろ?」
「あ、ああ」
「……なるほど」
「きゃ」
隣で声がして飛び上がる。
そこには、シャルラハロート殿下の次にダンスを申し込んでくださったメルクーア王国の王太子ズィルバー殿下がいらっしゃった。
麗しい銀の髪を揺らして、彼は私の手を取り甲に口づけた。メルクーア王国は芸術と恋愛の国。魔道学園ではズィルバー殿下の華やかな恋愛模様が、毎日のように噂されていた。
「それでは私がアプリル嬢に結婚を申し込んでも良いということですね」
「ズィルバー! 俺がグランツと話してる間に抜け駆けしてんじゃねぇぞ!」
「そうだよ。アプリル嬢、騙されちゃダメだよ。シャルラハロートもズィルバーも、滅茶苦茶女癖悪いんだから! その点、僕は好きな娘一筋だよー」
いつの間にか目の前に立っていたユーピター王国のアメテュスト大公が、紫水晶の瞳で見つめてくる。
彼とはズィルバー殿下の後でダンスを踊った。
ユーピター王国は智者の国。卒業後のアメテュスト大公は、六王国で一番大きな自国の大学にご入学なさるのだろう。学園の試験では、いつも飄々と首位を獲得され続けていた。
「……騒ぐな。決めるのはアプリル嬢だろう」
アメテュスト大公の後ろでおっしゃるのは、ウーラヌス王国の若き王ラピスラーツリ陛下。
ラストダンスの直前に踊ったときは、さまざまな青が入り混じる瞳に吸い込まれそうだった。
ウーラヌス王国は連邦の食糧庫。ラピスラーツリ陛下は、戦闘向きとは違う方向に鍛えられたがっしりとした体をお持ちだ。お国では民と一緒に畑を耕していると聞く。
「そうだな」
グランツ様に話しかけていたシャルラハロート殿下が、こちらへやって来る。
ゾンネンズゥステーム連邦の六王国、エーデル様のザトゥルン王国とグランツ様のヴェーヌス王国を除く四王国の重鎮が、私を囲んで跪く。
エーデル様が小声で、私も跪きましょうか? なんておっしゃるけどやめてください。
「「「「アプリル嬢」」」」
シャルラハロート殿下が、ズィルバー殿下が、アメテュスト大公が、ラピスラーツリ陛下が立ち上がり手を差し伸べてくる。
「俺と」
「私と」
「僕と」
「余と」
四人が声を揃えた。
「「「「結婚してください!」」」」
「……お断りいたします」
私はぺこりと頭を下げた。
隣に立つエーデル様は笑いを噛み殺しながら、そうよねえ、と呟いてらっしゃる。
「なぜだ」
「なぜです」
「どうして?」
「理由が聞きたい」
求婚者達に結婚を断った理由を問われて、私は溜息をついた。