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駄作文

春は巡りて

作者: 絵茉

学校というのは、本当に閉ざされた空間だと思う。

社会で起きている様々なことは遠い国の話のようだし、いくら世間が騒ぎ立てたところで、私達の生活は保証されている。

逆に、私達の問題には、大人たちは容易に立ち入ってくることはない。

私達子供の人間関係も、恋愛事情も、大人たちはただ偉そうに理想をおしつけるだけで、私達を理解しようとはしていない。

問題を遠ざけたいから、適当な距離感で収めようとしてくる。

大人が私達に興味が無いように、私達も大人に興味がなかった。


***


「暦!」


私を呼ぶ声に振り返ろうとしたとき、体に衝撃がかかる。

それと同時に、ふわりと甘い香りが鼻をかすめる。とても良く知った香りだった。


「ハル、びっくりさせないで」


私に飛びついてきたのは、同級生のハルだった。

えへへ! と悪びれた様子はなく、むしろ嬉しそうに私に抱きついている。


「やっとお昼だよー。待ち遠しかったんだもん! まさかクラス替えで別々になるなんて! 一緒に食べるのだけが生きがいなのにぃー」

「生きがいとは大げさな」

「それくらい寂しいってこと! この時間なら、屋上が空いてると思うから行こう!」


ハル、という名前にふさわしく、花が咲いたように笑い、私の腕を取る。

私とハルは、昔からの幼馴染だ。

小学生の頃、ハルが私の学校に転校してきた。

そして、その時隣の席に座っていたのが私で、人懐っこいハルに懐かれ、高校生になった今日になっても付き合いが続いているというわけだ。


クラス替えというのは、私の学校では毎年クラス替えが行われる。

小学校、中学校、高校入学と奇跡なのか、それとも学校側が意図してのことかは分からないけれど、私とハルはずっと一緒のクラスだった。

それが、高校2年になった際のクラス替えで初めてバラバラになったのだ。

私と一緒であるのが当然と思っていたハルにとっては、相当にショックだったらしく、休み時間のたびに私のところに来て、私に抱きついて離れなかった。

最近は落ち着いたのか、そうしたことは減ったが、お昼休みになるといの一部にやってきては、一緒に昼食を取るのだった。


***


屋上はハルの言ったとおり空いていた。

というよりも、誰もいなかった。


私の学校の屋上は開放されており、出入りは自由だ。

ただし、高いフェンスとその先は反り返り、有刺鉄線が張られている。

屋上からの飛び降り自殺をさせないためのそれなのだろうが、まるで監獄にいるようだ。

閉ざされているという意味では、非常に似ているだろう。


また、屋上はアニメや小説の中のそれはとは違い、非常に狭く、10人もいたら、少し窮屈に思えるくらいだ。


サボり魔や不良なら、自分のものにしたがり、屋上が常に開放されているとしても、誰も近づかくなるのだろう。

けれど、私達の学校はそうした存在はなく、昼休みはこの屋上の争奪戦となる。

今日は運が良いらしい。

屋上に出てすぐの3段ほどの階段は日陰となっており、そこに腰をかけ、弁当を広げる。

すると、私達と同じように屋上を目指してきた人が来たが、私達の姿を見ると、申し訳無さそうな顔をして、且つ残念そうな顔で階段を降りて行った。


「いい天気ね……って、ケチャップ口元に付いてるわよ」

「ん? どこ?」


ここ、とハルの唇へと指を伸ばし、口角についたケチャップを人差し指ですくい取る。


「取れた」

「ありがとうー!」


ハルは無邪気に笑って、食事を再開した。


全くこの子は、何も感じないのかしら。


人差し指についたケチャップを、自分の口へと運ぶ。

しょっぱくて、酸っぱくて、ほんのり甘いケチャップの味が僅かに口の中に広がる。


あぁ、胸の奥が疼く。

たったこれだけのことで、苦しく、時に高らかに脈打つ。

なんと甘美なのだろう。


「あれ、ご飯食べないの?」


広げた弁当が進んでいないことに気づいたハルが尋ねてきた。


「少し考え事をね。大丈夫よ、食べるわ」


そうして、私は自身の弁当に箸をつけ始める。


「そういえばね、今日えるじーびーてぃーとかいう授業があったんだけど、なんだか保健の授業とはまた違くてね、不思議だったなぁ」


同性愛者や性同一性障害者だけでなく、性のあり方を考える時に用いられる言葉であり、概念だ。

昨今、同性愛者の結婚や性を男女だけに分けられないという考え方も出てきていると世間では言っていた。

日本において、その文化が浸透しているかと言えば、否というのが正しい。

同性への告白は、意味は同じなのにカミングアウトと言うくらいに浸透していない。


「そういう人もいる。それは分かったけれど、実感が無いかも……ってごめんね! 暦、この手の話嫌いだよね。その、性とかって」

「授業の話でしょ、気にしないわ」


ハルは気を遣ってか、全く違う話をし始めた。

なんと愛らしいことか。

前に一度、同じクラスの子が可愛いとかあの子は格好いいなどと、ハルが話し始めたことを聞いて、嫉妬して「そんな話は聞きたくない」と言ったところ、何を勘違いをしたか「性に関することへの話は嫌いだ」と勘違いしたようで、時々話が出ても、気にして話さないようにしてくれる。

それはそれで都合がいいと訂正していない。


閉じられた世界で、この屋上のように狭い世界で、私は私に宿るこれを許す。

本来は持つべきではないであろうこれは、憎むべきなんだろう。

けれど、それでも私だけは許そう。

私が私を許す限り、私を愛してほしいと心の奥底で願う。


***


彼女と出会ったのは、とある快晴の青空の下だった。

出入り禁止の屋上を盗んだ鍵でこじ開けて、フェンスの外に立っていたときだった。


「死にたいの?」


無邪気にも聞こえる言葉が聞こえた。


「死にたいの」


振り返らずに言う。

というのも、ここに来るまで誰かがつけてきているのは分かっていたからだ。


「じゃあ、死んで見せて」


思わず振り返る。

止めるつもりで様子を伺いながら付いてきているのかと思ったが、そうじゃないらしい。

無邪気に、好奇心いっぱいの声に思わず驚く。


「私ね、人が死ぬところって見たことないの。おじいちゃんも皆死んだって言うけど、あれは寝ているようにしか見えなかった。時々道端に鳥が死んでいるけど、赤くて毛むくじゃらのものが落ちているようにしか見えないの。アリもプチッて音がしてそれで終わり。あなたが死ぬところを見ることができれば、皆と同じように泣けるのかな?」


「泣きたいなら、フランダースの犬でも見れば。知り合いでもない私が死んだところを見たって、アリが死んだの同じように感動があるはずがないわ。それと、そこからじゃあ、私が死ぬところを見ることができないわ」


「それもそうね。……でも、気が変わった。あなたには死んでほしくはないな」


「どうして」


「こんな私とまともに会話ができるんだもん。ねえ、こっちに来てお話しましょ? あなたのことは、私が愛してあげる」


「もし、まだ死にたいと思っていると言ったら」


「一緒に死んであげる」


「それも、愛?」


「そう、愛」


しばしの沈黙の後、私はフェンスを超え、屋上の内側に戻った。


「そんな愛はいらない」


「残念。少し、自分が死んで見れば何か分かるかなと思ったけれど、断られちゃった」


「私はあなたの死ぬところは見たくない」


「なら、愛して?」


「え?」


彼女は私に近づき、手を取る。


「あなたはあなたが生きる限り、自身が生きることを許すこと。その限りで、私はあなたを愛し続ける。逆もしかり。私は私が生きる限り、私であることを許す。その限りで、あなたは私を愛し続ける」


いい? とにっこりと笑う。

まるで、悪魔の契約のようだった。

それも悪くないと、頭の隅で思う。


「ええ、いいわ」


いびつに歪んだ契約が、交わされたのだった。

一行詩という名のお題bot(@line1theme) よりお題「私は私を許すの(、だから愛して)」を拝借致しました。


学生時代に一日一作小説を書くということをしていた。

どうしても書きたい衝動というのが訪れる。

お題は何でも良い。そこから思うままに小説を書き上げる。

そこにある意味はほとんどない。どんなものがそこにあるのか、その時々の自分で変わるからだ。

後で読んだ時に自分でこんなことを書きたかったのだろうなと想像して、修正するのも楽しいのだ。

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