歩くことにしました。
「……いや、いやいやいや」
ライトが口を開く。
「ちょっと待て、俺の魔法は完璧だったはずだぞ……それに拘束だってしてあったはずだ……」
「ああ、私もそう思っていた……が、逃げだしたということはそういうことだろう」
二人が頭を抱える中、俺は一人呆然と立ち尽くしていた。
まったくもって意味が分からない。魔法で眠らされ、手と足を縄で縛られていたはずの商人がなんで……。
「……なあライト、睡眠魔法ってどれくらい効き目があるんだ?」
「俺が使えば、丸一日は眠るはずだが……」
と、なると睡眠魔法が弱かったわけじゃなさそうだな。
やばい、ますます分からなくなってきた。意味不明だ。
「……とりあえず、ギルド長に報告だ。俺とレイで行く」
「あ、ああ」
厳しい表情になって、歩き始める二人。
ぽつんと一人で取り残された俺は、ここからどうしようかと悩むばかりで。
少し悩んだ結果、出た結論は気晴らしにそこらへんを散歩してみるか、というなんともお粗末なものだった。
なにか必要なものは、と考えると、ふと思い出したものが一つ。
そういえば地図があったな。迷わないようにあれを持っていくか。
地図と大金が入った小包は、臨時宿屋銀で寝た時に頭らへんにぽいっとやったはずだ。今思うと結構危ないなこれ。
来た道を戻って、銀に着く。中を探してみると、普通に投げて置いてあったのを見つけた。
小包は地図を取り出した後、腰に下げておいた。置いて行っても良かったけど、ちょっと心配だし。
とりあえず商人が逃げて行った方向に行ってみようかな、と地図を覗き込む。
ここら一帯は平原だが、スクロールしてみると商人が逃げた方向の先には森があるのが分かった。ここから大体十キロほどだな。かなり遠いけど、まあステータス高いし大丈夫だろと楽観的に考える。
現在位置は点で表示されるから、かなり分かりやすい。さながらゲームのマップ図みたいだ。
目的地を森の手前までに決めて歩き出す。未知の場所に向かうのには若干恐怖心があったけど、それ以上に好奇心があった。
が、そんな俺の幻想はすぐにぶち壊されることになる。
――――何もない。見渡す限りの平原。これを十キロ続けると思うとめんどくささで死ぬほど暇。
加速魔法を使って森まで言っちゃおうかとも思ったけど、それじゃ散歩にはならないしなあ。
と、ふと商人が逃げ出した時のことが頭に浮かぶ。そういえば、あのスピードは加速魔法を使っていたのだろうか。
けど、俺よりは遅かった気がする。ということはあの時追っかけてたら捕まえられたんじゃ?
………………。
別のことを考えることにした俺。まあ、別に考えるほどのことはないんだけど。
なにかネタはないかと歩きながらしばらくあたりを見回していると。
「なんだあれ」
なにか人影のようなものが動いているのが見える。一瞬商人かと思い警戒したが、よく考えるともっと先に行ったし方向も違うし商人ではないな。
「行ってみるか」
好奇心を煽られて、加速魔法をかけ突っ走る。
二秒ほどでその人の元へ着く。俺がいきなり来たせいで、その人は倒れこんでしまった。
「大丈夫ですか?」
手を差し出す。その人が掴みかかってきたので、そのまま起こした。
女性だった。服装は村の人たちと同じだ。
……もしかして村の人のはぐれか!?
「あの、どうしてここに?」
「――――っ」
「えっと、すいませんもう一度いいですか?」
「――」
「え?」
「死ね」
最初のぼそぼそとした口調とは真逆の、はっきりとした口調でそう告げられる。
反射的に飛び退くと、俺がいた場所に短剣が突きだされた。一瞬反応が遅れたら、今頃血を流してうずくまっていただろう。
「死ね、死ね」
物騒な言葉を発しながら切りかかってくる女性。が、振りが弱いうえに遅いため、簡単に避けられてしまう。
そのまま自分が攻撃した勢いで転ぶ女性。
その拍子に背中が見えた。なにか尖った、角のようなものがあった。
人間じゃない。そう直感した。
となると、この状況から考えて魔物が妥当だろうか。人間に擬態するとか、そんなものかな。
とりあえずこのままじゃ危ないので、転んでるうちに短剣を取り上げる。
「――あ」
なにか口ごもって、黙る。なんなんだと気になっていると、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「!?」
急にうなり声をあげてぐにゃりと幻影のように曲がる女性。いや、“ように”というか幻影だな。
どうやら先の読みは当たっていたようで、やはり擬態系の魔物だった。
見た目的にはゴブリンだろうか。服は着ていないしなにも持っていないけど、それがしっくりくる。
というか、魔物って喋れるのか。内容はすごい物騒だけど。
「死ね」
そう言って、勢いよく殴りかかってくるゴブリン(仮)。さっきのよろよろ具合はどこに行ったんだ!?
とりあえず避けてから、腰の剣を抜き放つ。
「はあっ!」
「がぅ」
情けない悲鳴を上げて倒れるゴブリン。あまりのあっけなさにこっちが驚いてしまう。
もうピクリとも動かないゴブリンをみて、唐突に恐怖心が襲ってくる。いや、殺してしまったという罪悪感だろうか。二足歩行というだけでかなりの衝撃だ。
………………死体はどうすることもできないから、このままにしておくしかないか。
……いや、やっぱり埋めよう。罪滅ぼしというか、なんというかだけど。それぐらいはしないとあとで後悔したりして俺の精神がどうにかなりそうだ。
風で土をえぐり、そこにゴブリンを入れて土をかぶせる。
これで良しと。
複雑な気持ちだけど、今帰ってもなんにもならないし先に進むか。
そう結論ずけ、森に向かって一歩踏み出した。