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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第3部 粛清
81/87

78 Alice, Gotoh - Memory, History, Forgetting 1

「すべてを教えて」

 冷酷な目をしたアリス。怒りに突き動かされて、暴走するアリス。

 アリスはゴトーに銃を突きつけている。

 ゴトーは平然としていた。実際そうなのか、もしくはそういう振りをしているのか。

「いったいなにごとだ?」

「ばればれの演技はよして。私たちの会話をきいていたんでしょう? さっさと知っていることすべてを教えて」

 力強い口調。彼女に躊躇いの雰囲気はない。冗談の気配もない。つまりは本気だ。

「なにをいってるのかわからんね」

「しらばっくれないでよ。あんたが隠していることすべてを教えてもらう。第三地区の孤児院へあなたはどうして辿り着けたのか。父やあなた、クロキが十七年前になにをしたというの? その事件でなにが起きたの? 断片的な情報はもううんざりだわ」

「俺を脅しても無駄だ」

「どうかしら?」

「なら撃ってみろよ。どうせお前にはできやしない」

 ゴトーはいう。

「フクシマみたいになりたいのね」

 アリスはいい返した。

 ゴトーは黙っていた。やれるものならやってみろという目。

 引き金にかけたアリスの指が動く。

「やめろ」

 ネイトはアリスに突進した。

 閃光が走り、銃声が響き渡った。弾丸が壁にめり込む。

 アリスはネイトを突き放した。

「邪魔をするな」

 アリスが叫ぶ。そして今度はゴトーの額に銃口を密着させる。これならゼロ距離で、銃弾を躱せるはずもない。

 ネイトは呆然とした。本気で銃を撃ちやがった。そんな叫びが口から出かかる。

「運がよかったわね」

 アリスはいう。息が荒い。アリスは興奮していた。

「二度目はない。さっさと教えて」

 ゴトーはため息をつく。観念したかのように。もしくはうんざりとしたかのように。


 歴史。過去。記憶。

 なんともうんざりするような言葉だ。いつかは失われてしまう概念。いずれは風化を免れ得ない概念。曖昧と忘却が織りなす海の中に沈んだ概念に、どうしてお前はこうも固執しているのか。それを探り求めて、なにが得られるというのか。過去という深海を潜っていったところで、そこには真実など存在しないのだ。真実は引き裂かれ、無数の解釈が泳ぎ漂っているだけだというのに。無数の解釈、無数のそうだったかもしれないという理屈や言説が真実を照らす光を遮り、お前を締めつける。過去という名の深海にあるのは、果てのない闇と重苦しさだ。そこでお前が出会うのは、泳ぎ回る無数の解釈が真実を照らす光を遮ることによって生み出された広大な闇と、そんな闇の中をいくら彷徨ってもついに真実を探り出すことができない重苦しさだ。

 お前が俺を脅したところで、俺が語る過去や記憶もまた、無数の解釈の内の一つに過ぎない。あくまで俺が語る物語であり、俺から見てこうだった、もしくはこうだったかもしれないという話だ。真実と真相を語り得るのは、ウガキだけだ。もっとも、奴が語ることも、もしかすると真実を照らす光を遮るあの忌まわしい解釈かもしれない。真実が手に入るとは限らないわけだ。

 御託はいい。すべてを語れ。あんたの過去になにがあった。それに私はどう関与しているという。

 怒りと苛立ちで我を忘れているようだ。若さゆえの暴走というやつだな。俺にも経験がある。それは誰にでもあることだ。

 語れ。

 語っている。すべてはうんざりとするような過去なのだ。錯乱した、とりとめのない、惨めで哀れな。いや、俺が語るのは、正確には過去の一部、過去に関する解釈だ。

 なにがあった。なにをお前はやった。なにが私に起きた。

 過去や記憶は砂で作られた迷宮のようなものだ。迷宮はそもそもお前を迷わせるように設計されている。そしてお前はいつでも何度でもその迷宮に入場することができるが、それは常に風化の危機に晒されている。入場するたびに迷宮は形状を変え、経路を変え、いつかそれは崩壊するだけでなく、消失してしまうかもしれない。あとにはなにが残るという。あとに残るのは芽吹くものがなに一つとしてない砂漠だけだ。

 語れ。たとえ錯綜した、とりとめのない話であろうとも。お前が経験したありのままを語れ。

 俺もそうやって銃を突きつけていた。そして語るように命じたことがある。情報を吐くように命じたことがある。仲間や恋人を売れと命じたことがある。遠い昔のことだ。

 語れ。私にまつわる過去を、洗いざらい語ってきかせろ。


 歴史。過去の出来事についての語り。英語における歴史の語源を辿れば、そこには物語という言葉が含まれていることがわかる。つまり歴史とは語りであり、説話であり、物語なのである。ここには、歴史なるものは所詮誰かによって語られるもの、ありのままの出来事が歴史になるのではなく、出来事を見聞した誰かの解釈や感想が歴史になるのだという暗喩を見て取ることができる。歴史に真実が刻まれていることは稀なのかもしれない。歴史とは所詮、その時代において生き残った人間による、その人間に都合のよい解釈で構成された物語、つまりはある種の創作、ある種のおとぎ話なのかもしれない。

 ならば真実はどこへ。

 真実はどこかへ消え去っている。もしかすると、歴史という物語の行間に、実体を失ったまま閉じ込められているのかもしれない。文脈の中で、人が想像を働かせることでしか知覚することができない存在と化しているのかもしれない。過去や歴史における真実や真理ほど、掴みがたいものはないのだ。

 事件が起こったのは十七年前だった。だが、実際には二十年以上前からことは始まっていた。前世紀の後半から始まった国土の閉鎖に伴う都市超高層化計画は、世紀の終わりごろになってようやく計画を完了したが、計画はその初期段階から多くの国民の轟々たる非難を浴びせられていた。長く続いた非対称戦争による荒廃、なにより戦争が齎した深刻な環境汚染によって国土の大半を放棄せざるを得ない危機的状況があり、政府も国民も他に有効な施策も手段も見出せなかったとはいえ、全国の国民を非汚染地域にある都市に移動させ、都市全体を超高層化させることで人々を収容し、いわば超高層都市国家を建造するという計画は、多分に集権的かつ全体主義的であったため、国民の強い反発を招いた。環境主義者たちは当初から、もっとも環境主義者でなくとも多くの国民が気づいて指摘していたことではあったが、政府が推し進める都市超高層化計画が近い将来深刻な社会問題や環境問題を惹起すると強い警告を発していた。政府としては都市に建造する建物の多くを、消費生産活動がその建物内で自己完結可能な環境建築(アーコロジー)として設計することで、曲がりなりにも環境への負荷をなるべく抑えた都市設計を試みて懸念を克服しようとしたが、案の定、都市下層部においては空気汚染、スラム地区や荒廃地区の現出が問題化した。都市下層部は暴力と貧困の巣窟になり、下層部に住む人々の不満は蓄積していった。政府は対策を打たなかったわけではない。たびたび政府は都市再活性化計画を打ち出しては、下層部の環境改善に乗り出したが、それでも下層部の人々の不平不満が解消されるわけではなかった。格差や貧富の固定化が著しく、下層部の人々が生活を改善して都市の中層や上層に移り住むこと自体がもはや困難となっていた。やがて人々の中から、下層部の環境改善を訴えるいくつかの団体が現れるようになる。政府が何度か挑戦した都市再活性化計画が不調に終わる中で、複数あった団体は一つに合流し、都市の環境改善を訴えるだけでなく、政府の政策を激しく非難して反政府の立場を明確化していく。環境改善を訴える複数の団体が合流し一本化された組織、これこそ我々がいまAGWと呼んでいる反政府組織、公共幸福結社だった。公共幸福結社を英訳した際の頭文字を取ってAGW。組織の名がやけに仰々しいのは、これは組織が元々は環境改善を通じた下層部住民の福祉追求を目的としていたことに由来している。AGWは当初、反政府的ではありつつも、都市下層部の環境改善を訴える社会福祉の団体に過ぎなかった。だが、月日の経過とともに、都市下層部の環境問題や社会問題はより深刻化し、AGWも反政府色を強めていった。

 最終的にAGWは政府に見切りをつけて過激化し、やがては武装闘争まで始めてしまったわけか。ごくごく普通の環境改善要求から始まった組織だというのに。

 正確には少し違う。歴史の教科書では、AGWの過激化と武装化の経緯は単純化されている。政府への不満を強めて、とうとう暴走を始めたということになっているのだが、実際はもう少し複雑なものだった。

 なにがあったという。

 AGWよりも先行して過激化した別の組織が存在した。現役軍人や現役官僚を取り込んで、そのAGWとは別の組織は拡大化と過激化の傾向を見せ始めていた。そのころの政府はAGWよりもむしろその別組織を危険視していた。政府はその別組織の内偵活動を進めたが、ある段階で内偵活動が相手に露見した。危険を察知した別組織は一度地下に潜ることになった。AGWが過激化の傾向を見せ始めたのは、そのしばらくあとのことだ。詳しく調べてみると、AGWにその別組織のメンバーだった人物たちが加入していたことが判明した。つまりAGWはその別組織の人物たちが流入したことによって、過激化と武装化の傾向を持つようになったのだ。見方にもよるだろうが、AGWはその別組織に乗っ取られたといってもいいくらいだ。それほどに組織体系は変化し、それまで武力闘争の知識も持っていなかった組織ががらりと変貌した。

 その別組織とは。

 著名な大学教授であったリョクノモトムが立ち上げた政治研究会だ。教授はもともと若いころから政府批判をする人物として有名だったが、自身の門下生を集めて、政府批判目的の研究会を立ち上げた。当初は政治研究会として既存政治の改革を行おうと考えていたようだが、活動を続ける中で研究会は次第に過激化したようだ。軍人や官僚も会に加わるようになったが、リョクノは門下生だけでなく、現役で活躍する軍人や官僚さえ魅了するカリスマ性を有していた。政府が過激化するリョクノの研究会に対して内定活動を始めたのは、もう二十年以上も前の話だ。

 その内偵に、私の父も、クロキも、フクシマも、そしてお前も関与していた。

 ウガキもだ。いまや我らの時代における最大の脅威ともいえるあの男も、リョクノが率いる研究会の内偵に関与していた。というのもリョクノは官僚と軍人を欲していたからだ。もちろんリョクノは愚かではなかった。リョクノは組織に受け入れる軍人と官僚は厳格な(ふる)いにかけていた。そのため、当時内務政務官の地位にあったお前の父親は秘密裏に省内や軍から人材を引き抜き、内偵チームを結成した。そしてリョクノの組織に潜入させる人物として、軍から引き抜いてきたウガキを選定した。ウガキは大学でBMI技術について学んだあと、軍に入った経歴があった。リョクノはBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)技術なども取り扱うサイバネティクスオーガニズムの権威だ。経歴的にウガキはリョクノに対して昔から親近感を抱いていたという物語を作りやすかった。だがそれだけでは不十分だった。お前の父親はリョクノを欺くためにより徹底してウガキが組織に潜り込むためのカバーストーリーを作ることを求めた。俺はその手配に奔走した。俺はウガキが組織に潜入するためのお膳立てを行ったのだ。

 具体的にはどういう手段を採用したのか。

 チグサという若い女性の研究者がいた。リョクノの門下で学んでいた学生で、のちに師を追って研究の道に進んだ。我々は彼女もリョクノの組織の一員だと睨んでいた。まずウガキを彼女に接近させた。BMI研究のために軍から出向したという形で、彼女のいる研究室へウガキを送り込んだのだ。約一年に及ぶ出向期間で、ウガキはチグサとの関係を深めていった。

 彼女を誘惑し、籠絡した。

 なんとでもいうがいい。それが仕事だったのだ。他人を貶める、窮地に追い込む、誘惑する、そして自分たちのいいように利用する。それは諜報の世界では当たり前のことだ。やがてチグサから推薦を受ける形で、ウガキはリョクノの組織に潜り込むことができた。ウガキの内偵の結果、リョクノの率いる組織がどの程度過激化し、武装化を行っているのか具体的に把握することができた。リョクノは本気だった。リョクノは本気で政府が行う都市計画を憎悪し、そして政府の転覆を目論んでいた。

 一度リョクノへの内偵活動が露見したといったが、それはどうして発生したのか。

 同時期に組織に参加した軍人が、内務省が内偵をかけているのではないかという情報を持ち込んだせいだ。ちなみにその軍人は内偵チームの引き抜きの候補者にもなっていたが、最終的には選ばれなかった。名前はハタといって、いまでもAGWの幹部を務めている。ハタは軍でも情報関連の部署にいたため、内務省による内偵活動の情報をどこかから嗅ぎつけたらしい。ハタの持ち込んだ情報を深刻に捉えたリョクノは、組織を表向き解散することに決めた。ウガキの正体が露見することはなかったが、リョクノの動向が掴めなくなってしまった。

 しかしその後も父たちの活動は続いた。

 AGWの過激化を知ってしまったからな。そしてその背後にリョクノの存在があることを確かめると、活動を続けないわけにはいかなかった。だが、リョクノに近づく術は失われていた。ウガキにも、チグサにも、リョクノ側が接触してくることはなかった。リョクノに牛耳られたAGWは日増しに勢力を拡大し、同時に過激化していく。焦燥感は募るばかりだった。ウガキは軍へ戻った。チグサとの関係は継続していた。チグサは我々内務省に利用されていると気づいていなかった。ウガキはチグサを騙し続けたのだ。俺はウガキに嘘の生活を続けるよう命じた。ウガキにチグサとの関係を続けさせて、リョクノが接触してくるのを待った。俺にはリョクノが必ずチグサに接触を試みるだろうという確信があったからだ。

 なぜそのような確信があったのか。

 リョクノとチグサがかつてそういう関係にあったからだ。既婚の教員と学生の不適切な関係。人間というのは不思議なもので、それが道ならぬ恋とわかっていながら、それに走ってしまう。リョクノやチグサのように高い教育を受けた者であってもそうなるのだ。そしてまた、その恋が終わったにも関わらず、相手となんらかの繋がりを維持しようとする者もいる。チグサの場合は、いまだにリョクノと師弟関係を続け、同じ組織に所属して活動をともにした。それどころか新たにできた恋人を、かつて関係があった人物が率いる組織に紹介さえした。お前は理解に苦しむだろうか。人によってはこの女の心理や行動が理解できず、またさらには嫌悪感さえ持ってしまう人もいることだろう。

 理解できないということはない。そういう行動をする人間は、いつの時代にもいるものだ。アーレントのような人でさえそうだった。

 それが人間というものなのだ。強く正しく美しい人間ばかりが存在するわけではない。同じくらいに、もしくはそれ以上の比率で、弱く愚かで間違った人間もこの世に存在する。人間はいつの時代も多面的で複雑だ。単純な人間など存在しない。それゆえに我々のような人間は人の弱みを握ってしまえば、その人を操作することができた。

 褒められた仕事ではない。

 あのころは俺も大義を信じていた。ときに耐えがたく思えた自分の仕事が、よりよい明日のために必要不可欠な仕事なのだと思い込むことができた。大義があったからこそ、我々は待つことができた。我々は待ち続けた。リョクノが姿を晦ませてから、一年以上時間が過ぎていた。だが、ついにリョクノからチグサに連絡があった。リョクノは再びチグサを求めた。再びチグサを傍に置こうとしたのだ。リョクノはチグサに自らの居所を伝えた。その時点でリョクノに対する内偵を開始してからすでに三年以上が経過していた。

 そして十七年前の事件が起きるわけか。

 お前の父親はリョクノの居場所についての情報が齎されたとき、重大な決断をすることになった。一日一日が過ぎるごとに、AGWの脅威は増大していく。反政府の動きは強まっている。武装蜂起、革命勃発の危機が現実化しつつあることを政府の誰もが感じ取っていた。リョクノだけでなくAGWそのものの内偵においても、AGWが本気で政府に立ち向かおうとしている実態は掴めていた。お前の父親は、国家にとってリョクノが本物の脅威であると認識した。そして、超法規的措置を決断することになった。

 彼を殺害しようとしたのか。

 そうだ。決して正当化することのできない、なんの弁解の余地もない超法規的措置だった。お前の父親は、リョクノの暗殺を決断した。チグサから齎された情報を基にリョクノの住居を特定し、襲撃をかけた。襲撃には、ウガキも参加した。リョクノは暗殺の危険を常に警戒していたのか、護衛をつけていた。リョクノの護衛と襲撃部隊の間で激しい戦闘が起きた。戦闘の結果、リョクノとその護衛は全員射殺された。また、リョクノの夫人も戦闘時の流れ弾によって負傷、病院に搬送されたものの出血がひどく、最終的に死亡が確認された。

 リョクノたちの側で、他に生存者は。

 目に見えて顔色が悪くなってきたな。嫌な記憶でも思い出したか。襲撃を生き延びた者。それこそがお前の知りたいことなのだろう。だが残念ながら俺もすべてを知ってはいない。なぜなら俺はその襲撃に立ち会ったわけではないからだ。確かに襲撃の様子を映像越しに眺めていた。さらに、襲撃後の検証で、現場に足を踏み入れたこともある。

 生存者は。

 吐きそうな顔をしているな。核心に近づくのは内心怖いと思っているのではないか。核心的事実はときに残酷なものだ。なににせよ、俺が知っていることを伝えよう。事実だと思しきことを教えよう。

 私は。

 リョクノの夫人と一緒に病院に搬送された子どもがいたという報告があった。少なくとも俺はそれを確認している。現場で夫人はその子どもを庇うようにして倒れていたという。どうやら流れ弾から子どもを守ったらしい。子どもは三歳から四歳程度、そして女児だった。女、いまお前は何歳になった。確か二十一かそこらといっていなかったろうか。もはや計算をするまでもない。もはや推測をするまでもない。事実はなにか。女、お前はあのリョクノという扇動者の娘なのだ。この国に血みどろの内戦を引き起こすきっかけを作った者の娘なのだ。

 私は。

 つまり、お前は、セガワシズルの実の娘ではない、ということだ。内務大臣の令嬢というのは、真実のお前ではないということだ。お前は犯罪者の娘だったのだ。お前を哀れんだセガワ大臣が情けをかけなければ、お前はいまごろネイトのように下層部に投げ出されて路頭に迷い、犯罪に手を染めるか、もしくは体を売ってなんとか生き延びるしかなかっただろう。

 私は。

 お前には残酷な事実だったろうか。ただ、仮にリョクノが生き延びて、リョクノに育てられていたとしても、お前はろくな人生は送らなかったのではないだろうか。反乱の首謀者の娘という烙印を押され続けたのではないだろうか。

 私は。

 お前にはろくでもない血が流れているということだ。


【注釈】


Memory, History, Forgetting: フランスの哲学者ポール・リクールが2000年に発表した著作より。


アーレント: 哲学者アーレントとその師にあたるハイデガーとの関係は複雑だった。マールブルク大学在籍時不倫関係にあった二人は、ハイデガーがナチスへの協力姿勢を鮮明にしたことで一時決裂をする。しかし第二次大戦後、アーレントはハイデガーとの交流を復活させ、戦前のナチスとの関係から攻撃を受けるハイデガーをときに擁護することもあった。結果として二人の交流は終生続くことになる。



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