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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第1部 誘拐
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7 Nate - First Meeting

 銃をつきつけられ、そして背中を蹴られた。よろめいて、床に手をつく。自分の前に立っている男たちを見あげる。

 AGWの治安担当者たちが、ネイトたちを見下している。

 そこははめ殺しの窓から朝陽が差し込む数十人は収容できる大部屋だった。机も椅子も装飾もまるでなく、がらんとした虚しさを覚えずにはいられない部屋だ。

 ネイトの知識でわかるのは、この無機質な建物、この殺風景な部屋にいるのは男たちの会話から推測してAGWの治安担当者たちだということ、そして指導者であるウガキもわざわざ接見にきているということだった。

 下層部の小さな強盗団のために、わざわざ指導者までが出向くとは、どういうことなのだろう。

 臨海部の旧排水施設で拘束されたあと、車でこの建物へ移送させられたとレナはいっていた。ここがどこの地区の施設なのか、それさえ見当がつかない。

 治安担当者たちの顔はどれも厳めしい。だが、どこかに卑しさがあるとネイトは思った。大義や正義を語りながら、平気で女子どもを殺す連中だ。卑しくないわけがない。

 憎しみの目をして、ネイトは男たちを見た。

「まるで狂犬だな」

 低い威圧的な声がした。靴音が近づく。治安担当者たちの背を押しわけ、男が現れる。短髪に屈強な体つきは軍人を思わせる。刈りあげた側頭部の髪は白さが目立っていて、それが年齢を感じさせた。年齢は四十代半ばから五十代に達するかどうかというところだ。

 男と目があう。男の目は鋭く、険しい。

 男と初めて会った気はしなかった。この男の顔を、ネイトは生まれたときから見知っていたような気もする。

「だが所詮は犬だ。犬は無力でしかない」

 男はネイトを嘲る。

「何様のつもりだ、この野郎」

 ネイトは啖呵を切った。すぐに背後で銃をつきつけていた兵士が蹴りを入れる。レナや他の仲間が悲鳴を上げる。ネイトは床に這う。

「言葉遣いの悪さも狂犬じみているな。俺はウガキだ。AGWを統括している。貴様らが盗んだ物資の持ち主といってもいい。盗みの被害者が、盗人を嘲るのは当然だと思わないか?」

 ウガキはネイトたちに笑いかける。狂人の笑みだとネイトは思った。

「お前たちの物資も、どうせ誰かから盗み、奪ったものだろう。所有を誇れるようなものか」

「他国からの密輸品は多いが、盗んだものではない。お前たちとは違う」

「お前たちは正義を騙る人殺しだ。民衆の待遇や生活環境の改善を訴える裏で、女子どもを平気で殺す。悪人への盗みは、気分がせいせいするぜ」

「大義は人の死をも吞み込むのさ。俺たちの大義に逆らう者は、みな敵であり、彼らの死もまたやむを得ないものだ」

「ろくでもない大義だ。信じるに値しない」

「それは一人前の男がいうべき言葉だ。貴様がいうのでは無力な犬の遠吠えでしかない。きいたぞ、銃もろくに握れず、立ち竦んでいたそうじゃないか。仲間が惨く殺されているというのに」

 卑しい笑みを、ウガキは浮かべた。ねちっこいその言葉、その笑みを投げかけられた瞬間、ネイトは怒りと屈辱のあまり悪寒がした。

 さらに屈辱を感じたのは、銃もろくに握れず、立ち竦んでいたとウガキがいったときに、生き残った仲間のレナ、ケイジ、ショウジの三人が目を逸らしたことだ。その仕草は、あのときのネイトの姿や挙措がウガキのいうとおりだったと三人が認めたようなものだ。

 ウガキは自分たちがどういう心理になるかわかった上で、先ほどの言葉をいったのだ。

 屈辱のあとには、無力感が押し寄せる波のようにネイトに覆いかかった。仲間の死を前になにもできなかった自分への、鬱屈した思いが募る。

「惨めなものだな」

 ウガキが笑う。

「無様な人間には、無様な死しか似あわない」

「俺たちを殺すのか?」

「いずれはな」

「一つきかせてくれ」

 ネイトはいった。

「なんだ?」

「どうやって、これだけ早くに俺たちの居場所を特定した?」

「死を前にして、その質問には意味があるのか?」

「意味なんてない。ただ知りたかっただけだ」

 正直なところ、この状況をいまだ冷静には理解できていなかった。どうして自分たちが見つかり、誰が殺され、そして今後どうやって殺されるのか。死を迎えるにあたっては、澄み切った気持ちでいたかった。それはどうやら人間の本能であるらしい。

「ある組織に近づくにしろ、あるいは切り崩すにしろ、基本は犬を使う。犬を潜り込ませるか、金を出して飼い慣らすか。どのような組織でも、金や身の安全を理由に、情報を売り渡す人間がいる。そういうことだ」

「俺たちの中に裏切り者がいた?」

「貴様らの仲間は全部で何人いて、何人が生き残っている? 仲間の死体は五つ、ここにいるのは四人」

 強盗団のメンバーは十人だった。五人死んで、四人が生き残っている。つまり、あと一人、仲間で生死不明の者がいる。

 ネイトは思わず仲間たちを見渡した。

「ここへ連れてこい」

 ウガキは部下にそう命じた。すぐに少年が一人、ウガキたちの前に引きずり出されてきた。

 その少年の姿を見て、ネイトは思わず声を漏らした。

「ジュン…」

 少年は、ジュンだった。ネイトたちと同じく、ひどく痛めつけられていた。ウガキたちを見て、怯えている。ネイトたちには目をまったくあわせない。

「裏切ったのか、この野郎」

「どういうことなんだ」

 ネイトのすぐ後ろにいたケイジとショウが叫ぶ。

 レナは沈黙していたが、厳しい視線をジュンの背中に向ける。

「…部下に闇市場を探索させた。鳩の大将というあだ名で呼ばれる小僧と取引したことはないかとな。わずかな金を渡しただけでぺらぺらと情報を流す人間は大勢いる。情報を手繰るうちに、この裏切り者の小僧にいき当たった。笑えることに、こちらの探索中に、こいつは市場をうろついていた。盗んだ物資の取引を持ちかけようとしていたのか知らんが、とにかく拉致し、拷問にかけて、お前たちの情報を吐かせた。九時間前のことだ」

 ネイトは目を閉じた。ジュンを責める気持ちは不思議と湧かなかった。誰だって命が惜しい。拷問にかけられ、苦痛と恐怖の只中にあって、仲間を裏切らないでいられるかネイトにも自信がない。

 結局のところ、自分があまりにも未熟で、浅はか過ぎたのだとネイトは悟った。これまで盗みを続けていられたのは、所詮AGWがそこまでネイトたちによる盗みを気にかけていなかっただけの話であり、AGWがその気になれば痕跡を辿ることで、すぐに自分たちは捕縛される運命にあったのだ。

「なにかいいたいことはあるか、小僧?」

「なにもない」

 悄然としてネイトはいった。

「ふん、口と態度だけは立派だな」

 ウガキは鼻を鳴らし、皮肉を口にした。拳銃を構える。

 人生の終わりはこんなものかと思う。自分の未熟さゆえの結果に、水が染みるような穏やかな絶望を味わう。

 ウガキが、引き金を引く。



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