表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第3部 粛清
78/87

75 Alice - 505

 闇の中を突っ走るおんぼろ車。まばらな光が落ちる高架道路を駆け抜けていく。社会インフラは繰り返される内戦で損傷を受けており、修復が間にあった試しはない。砲弾に抉られた道路と壁、照明はところどころ損傷していた。下層部ほど荒廃は進んでいる。

 限定され、垂直化と固定化を極めた先の荒廃。二十一世紀のリキッドモダニティが突き進んだ果てに現象化した都市の風景。前世紀に急速発展した情報技術の進化はその副作用として、あるいはその代償として、社会や大衆の間にある一定の時間をかけて、それこそ波が海岸を削り取る浸食現象のように、知的複雑性への敬遠と非権威化をもたらした。最新の情報技術が即時提供するもっともらしい情報に社会も大衆も耽溺し、やがては翻弄され、それでいながら従来の知的学究に立ち返ることもなく、むしろそれを社会や大衆のレベルにおいて軽視し、敬遠し、やがては軽蔑することになってしまった。それはすなわち社会や大衆の情報技術への依存であり、社会や大衆自身の知的空疎化に他ならなかった。社会の液状化の進展の先には、途方もない空疎が存在し、かつ自分たち自身が空疎となっていることを人々は発見したのである。誰も彼もが地球全体を覆い尽くさんとする電子情報網と最先端技術が生成する情報に翻弄されるその一方で、過去から連綿と引き継がれてきた技術、経験、知識、伝承へは目を向けることも忘れてしまい、ついにはそれが社会的な文化や伝統、歴史や記憶の分野にまで波及し、それらも容赦なく空疎化されていった。やがて、我々はどこからやってきたのか、いままでなにをやってきたのか、そしてこれからどうあるべきなのかを忘れ、ついには思考を止めてしまったまさに空虚で空疎な、それでいて過度に感情的かつ神経質な社会と大衆が現出することになる。そのような社会は結局のところ、国家の内外で生起する様々な危機課題に対して極めて脆弱であった。寛容という概念を忘却し、憎悪に揺り動かされる脆弱な社会は、破局的な戦争に対して右往左往するばかりで有効な方策を打ち出すこともできぬまま、前々世紀の大戦における少なからぬ数の国家と同じように、本来の意に反する形で、半ば地滑り的に、過酷な戦争の渦に巻き込まれていった。戦後の荒廃と腐敗から心機一転立ち直ろうにも、すでに我々がどのような存在で、これからどのようにあるべきかを忘却し、思考停止してしまった社会は、これからのあるべき姿を見出せず、なし崩し的に既成権力に都合のよい社会を作り上げた。富裕層や権力者たちがただひたすらに彼らの生存本能に従って、明確な悪意はないにせよ中間層や貧困層に目もくれずに作り上げた社会といってもいいだろう。それがこの貧富や階級が強固に固定化され、社会的不平等の解消も不十分で、社会悪と憎悪が蔓延する超高層都市というわけであり、究極的には血みどろの内戦によって荒廃してしまう都市だったのである。

 確かなものを失った時代を突き進んでいくと、社会も人々も限りなく空虚となった。あの時代の人々は確かなものを振り返ることも尊重することもなかった。アリスは不確かなものが嫌いだ。確かなものが好ましい。不確かな領域にある事物を、知的な枠組みを通して探求し、その真偽を見極めたい。自分自身の不確かな領域にある記憶と過去を空虚化させず、願うならばそれらに覆い被さる偽りを取り除いて、それらを真実の光が照っている場所に引き戻したい。切に願うことなどほとんどないに等しい人生だった。だが、アリスはいま心から願っている。過去と記憶をあるがままの状態に戻し、真実の光を当ててやりたい。

 車の中に、光が満ちて、光がなくなる。その繰り返し。光と闇の反復。それは車内の殺伐とした風景に彩りを加える。会話はなく、血と汗の臭いが充満しているだけ。負傷者は二名。額に汗を滲ませている中年男と、脚を切り刻まれ何本か指を失ってぐったりとしている外国人。

 フクシマはアリスに撃ち抜かれた足の傷に手を当てていた。傷はちょうど膝の上だった。フクシマはときおり恨めしそうな視線を隣に座るアリスに向けた。

「その程度の傷では死なないわ」

 アリスは知ったような口調でいう。

「あんたになにがわかるっていうんだ。くそっ、血が…」

「上着かなにか、巻きつけられるものがあればそれを巻きつけなさい。それで止血ができる」

 アリスはいった。だがフクシマの止血を手伝う気はなかった。

 フクシマはハンカチを取り出すと、自分で傷口を縛った。

「畜生、なんだって…」

 傷口を自分で縛りながら、恨み言を口にする。

「少しは辛抱しろ。いまからお前を第十地区の第三十四フラットに連れていく。スラム街のど真ん中だ。乞食や浮浪者だらけだが、政府の支配領域であるだけ感謝しろ」

 ゴトーがフクシマに言葉をかける。

「こんな状態で、置き去りにするつもりか」

「贅沢をいうな。生きて解放されるだけましだと思え」

 フクシマの抗議をゴトーは取りあわなかった。荒れ果て、傷ついた道路を車は突き進んだ。環境建築が屹立して形成された林の中を走り、西へ向かう。夜の闇が深い。道路を走っているのは自分たちだけ。誰も荒廃した下層部の高架道路を走りたがらない。それ以前に都市の超高層化と内戦により車の数は激減した。下層部で車を乗り回すのは、たいていが犯罪組織の人間やならず者たちだ。貧民には手が出せない。

 フクシマは脂汗を滲ませている。固く目は閉じていた。ぶつぶつとなにかいっているかと思えば、どうしてこんなことになったのか、どいつもこいつもとんでもない連中だなどと文句を口にしていた。

 アリスは呆れた目でフクシマを見た。

「こんな男でも、内務省の高官だ」

 ミラー越しにアリスの表情を見たのか、ゴトーはいった。

「ずっと昔に、一緒に仕事をしたこともある。あのころこいつは組織の中で一番若かった。使える人間だときいていたが、実際はそうでもなかった。いまはどうなのかは知らんがな」

「私たちを取り囲んだ部隊、あれはどういう連中なの?」

「内務省お抱えの部隊だよ。クロキとこのフクシマが事実上指揮を執っている。こいつらの私兵といってもいい。AGWに関するあらゆる作戦や計画に従事している」

「誤解のある表現はよしてくれ。私兵でもなんでもない。AGW対策のために設置された正規の部隊だ」

 フクシマが苦言を呈する。だが、ゴトーは意に介さなかった。

「大臣とクロキが自分たちの思うように運用できる部隊であることに変わりはない。私兵と呼んでもおかしくはないさ。内戦の長期化と膠着化で軍が機動的に動かなくなった。だからクロキたちが軍から政府に忠実で優秀な人材を引き抜いて、内務省が独自に動かせる部隊を組織したんだ。フジイやハギノの姿が見えなかったが、奴らはどうした? もういなくなってしまったか?」

「勝手に彼らを死人扱いしないでもらいたい。彼らは別の仕事に当たっている」

「また別の策略か。あんたらも忙しいな」

「その通りだ。こんなことに手間取っている暇は本来ないのだ」

「どうやらその場にいた人間を急いで寄せ集めて、あそこで待ち伏せていた感じだな。もう少し慎重に計画を立てる時間があれば、こんなことにはならなかったかもな」

 ゴトーは皮肉をいった。

「まったくだよ。ゴトーさん、あんたがこの騒ぎに介入したことで、事態は余計に拗れている。事態は余計に混沌としていってる。ゴトーさん、これはあんたの責任だ。いまからでも遅くはない。さっさとこの娘を大臣のもとへ連れて帰るべきだ」

 銃撃による痛みを堪えながら訴えるフクシマだったが、ゴトーはそれを退けた。

「お前たちに身を委ねる気はない。お前たちはお前たちの都合で動くだけだからな」

「だが、昔の仲間じゃないか」

「仲間? いつからそんな温い関係になった? お前とクロキは過去を美化しがちだな。あのとき俺たちがしていた仕事は、いまでもあまり褒められたものではないんだぞ。他人を貶め、操作する。組織の裏切り者を仕立て上げる。法の手続きを無視して、人の命を奪う。結局のところは国家による不正な、承認されるはずもない超法規的活動に他ならなかった」

「そうだとしても、我々には大義があった」

「大義のためになにをしてもいいわけじゃない。それでは、リョクノやAGWとなにも変わらんよ」

「あんたもあのとき大義に納得していたじゃないか。いや、むしろあんたは熱心に自分たちの大義を仲間に説いていた。リョクノが行う反政府活動を非難し、いかなる手段によってでもリョクノを排除することを頻りに唱えていた」

 フクシマがいう。ミラー越しのゴトーの表情がかすかに歪む。掘り起こされたくない過去を掘り起こされ、苦々しさを覚えている顔。

「ときが過ぎれば、考えも変わる」

 ゴトーはそれだけいった。

「結局はあの女のせいだ。あんたはあの女に誑かされたんだ」

「それは誤解に過ぎない」

「なにを。誤解なわけがあるか。あんたは任務で接近した女に、過度の感情移入をした。良心の呵責を感じた。女がいう理想やら理念やらに影響を受けた。それで国家や組織を信じることができなくなったんだ」

「違う」

 ゴトーは語気を荒げて否定する。

「いいや、違うものか。事実あんたは、姿を消したあの女のために、地位を投げ打って、こんな下層部で生きている」

「罪のない若者の人生を大きく狂わせた。それは俺の罪だ。それは職を辞する程度ではすまないことだ」

「なにを甘ったれたことをいっている。我々は、そして我々政府と反政府勢力との間で起こっている戦争は、もはやそういうところを超えてしまっている。あんたが一番それを理解していたはずじゃないか」

「個人の犠牲の上に成り立つ正義や大義は間違っている。地獄への道を血で舗装するようなものだ」

「やっぱりあんたは変わったよ。クロキさんがいうように、あんたはあの女のせいで変わってしまったんだ。何人もの人間を貶め、罠にかけ、利用してきたあんただというのに、たかが女一人のせいで、こうも変わってしまうなんて、いまだに信じられない。あの女の青臭い話に感化されたんだな。もしくは、女の色に当てられたかだ」

 怒りを抑え切れなくなったフクシマが、そういい放った。

 怒りの余り発したフクシマの言葉が耳に入った瞬間、ゴトーは急ブレーキを踏んで、車を停めた。ゴトーは後部座席を振り返って、フクシマの胸倉を掴み、フクシマを殴りつけようとした。

「やめろ」

 ネイトが止めに入った。揉みあうフクシマとゴトーを引き離した。フクシマを殴りつけるどころか、銃に手をかけようとしていたゴトーを見て、ネイトの表情が青くなる。

 ゴトー、フクシマは荒い息遣いで睨みあっている。ネイトとグエンは言葉を失いながら、二人を見ていた。アリスは厳しい視線をゴトーとフクシマに送った。

「一体どういうこと? あなたたちの過去になにがあったか知らないけど、こうも争うなんて尋常じゃないわ。納得のいく説明をしてもらうわ」

 アリスが努めて理性的にいうと、ゴトーは一度アリスを睨んだ。それから姿勢を直して、車を急発進させた。アリスの質問に正面から答えるつもりはないらしい。

「回答を拒否する。答える気にもならん」

 ゴトーはそうぶっきらぼうにいい放った。

 アリスはため息をついた。次にフクシマを睨んだ。

「あんたからの説明は?」

 アリスがそういうと、フクシマはやれやれといった表情を浮かべる。

「ご令嬢、こういうのはあなたが知る必要のない話だ」

「あんたも回答を拒否するってことね」

 アリスは銃をフクシマの頭に突きつけた。フクシマは苦笑いする。

「私に銃を突きつけたところで、どうにもならないことだ」

「答えて。なにがあったっていうの?」

「答えるつもりはない。私を脅しても無駄だ」

 毅然としてフクシマはいう。

 苛立ちが爆発する。アリスは舌打ちをしてフクシマを睨む。フクシマの足にもう一発銃弾を撃ち込んでやろうかと思う。

「アリス、止めておけ」

 アリスの苛立ちを察したネイトが口出しをする。

「もう撃ちあいは十分だ。それにこいつらはなにをやったって口を割らない。いまは抑えるんだ」

 ネイトはアリスに自制を求めた。いまこの瞬間に状況を冷静に見つめていられるのはネイトだけだろう。ゴトーもフクシマも、そしてアリスも、激しく苛立っている。

 苛立ちを抑えようとして、アリスはゆっくりと息を吐き出した。

 ミラー越しに、ちらちらとゴトーがこちらを窺っていた。アリスは一瞥を返した。

「あなたの過去のこと、あとで説明してもらうから。どうやら私も関わっているみたいだし」

 強い口調でいう。だが、ゴトーは無視を決め込み、沈黙していた。

「…ゴトーさん」

 それまで沈黙を保っていたグエンが、口を開く。グエンは心配そうな顔でゴトーを見た。ゴトーとグエンは中国語で短い会話をした。アリスには会話の内容はわからなかったが、どうやら初めグエンがゴトーを宥めようとしていて、逆にゴトーはグエンを安心させようとしていた。ゴトーの発言に対し、やがてグエンは何度か頷きを見せると、それからは口を噤んだ。アリスはミラー越しにゴトーの表情を窺った。ゴトーはなにかを思案をする表情をしていた。落ち着きを取り戻したようでもあった。少なくともいまのゴトーは苛立ちや怒りを抑え込んでいる。

 車は街の中を突っ切っていく。やがて目的地の第十地区に入り込んだのか、車は高架道路を降りた。内戦が起こる前、都市高層化の前は高級住宅街だった地区。地形はアップダウンが激しい。長く続く坂に沿って、巨大でありながらどれも均質化されたような公営住宅が何棟も建っていた。ミース・ファン・デル・ローエが手掛けた建築のように、均質化を極めた建築物が無限に立ち並んでいる街に入り込んでしまったとアリスは思った。立ち並んでいる建築物は建築家の厳格な自主ルールに従って建築され、極めて端正な姿をしていたが、しかしそこから暖かな人間性や人の生活の気配を感じることはなかった。かつてのモダニズム建築がそうであったように、ひたすらに構造物としての美、整然美を追求した建築が群れをなしているように思われた。長い坂の上までずっと、同じデザインの建築物が立ち並んでいる。

 坂を上り切ったところにある建物の敷地内にゴトーは車ごと進入した。ここが、ゴトーがいっていた第三十四フラットらしい。周辺の建築物と同じく、人の生活の匂いがしない端正な建物だ。ゴトーは建物の入り口前で車を停めた。フクシマを車から降ろし、内部へ連れていく。グエンは車に残した。アリスとネイトはゴトーたちを追った。

 建物の内部は廃墟になっていた。だが、いまだになんらかの目的で誰かに利用されているのか、もしくは予備電源が生きているのか、内部の照明はついていた。昇降機も稼働している。床や壁紙は剥がされていて、かつてこの建物がどういう用途で使われていたのかを窺い知ることはできなかった。

 ゴトーとフクシマは先に五階へ上がっていく。アリスとネイトも隣のエレベーターで五階へ向かう。エレベーターから降りると、ある部屋の中に入っていくゴトーとフクシマが見えた。五〇五号室。部屋は広い。十人以上の人が軽く入ることができる空間になっている。壁や間仕切りがない大きな空間であることを考えると、ここはかつて住宅であったとは思えない。事務所かなにかだったのだろう。

 ゴトーはフクシマを部屋の壁際に座らせた。

「懐かしいと思うか?」

 ゴトーは部屋を見回して、そういった。

「…五〇五号室。あんたが第三十四フラットといったとき、ここに連れてくるだろうと直感した」

 フクシマが答える。ゴトーはにやりと笑った。

「ここが俺たちの即席のルビヤンカだった」

「きき捨てなりませんな。ここで誰かを処刑したわけでもなんでもない。ただの作戦本部ですよ」

「洗脳と拷問をした記憶はあるがね」

「説得と尋問ですよ。法で認められた、正当な」

 フクシマはふてぶてしい態度でそういった。

「ここでリョクノたちの行動を逐一見張っていた。クロキやお前は壁に設置された大量のモニターに釘づけになっていた。俺やコダマさん、ノヅさんが行う議論を、セガワさんは窓際の席でじっときいて、思考していた。フジイやハギノといった軍人たちは議論の終わりを待っていた。…あいつは、あの男は、じっとリョクノとチグサの写真を見つめていた」

 ゴトーは過去の記憶を呼び戻そうと、静かに歩き回った。ここにかつて存在したものに触れようとする仕草をした。

「過去についての感傷など、いまとなってはなんの意味もない。ゴトーさん、あんたは夢から覚めるべきだ」

「夢からは覚めたさ。目が覚めて、大事な人間が死んだと知った。今度は悪夢が始まったと思ったよ」

「いまとなっては、命があっただけでも幸運と思った方がいい。それくらいあんたは危なかったんだ。…死んだ者を思っても、彼らは帰ってこない」

「…わかってるさ」

 ゴトーはそういうと、目を伏せて、噛み締めるような顔をする。

 フクシマはゴトーの表情を見つめた。

「…チグサについてはいい過ぎだった。悪かった」

 少し改まった表情と口調で、フクシマはいった。

 ゴトーはそれに直接返事をすることはなかった。ただ、代わりにこういった。

「クロキのことだ。助けがここにくるまでそう時間はかからないだろう。しばらくじっとしていろ」

「いくらクロキ審議官でも、そうすぐに辿り着くとは思えないが…」

「いいや、奴にはわかっているはずさ。どうやら独特の情報網を持っているらしいからな」

「私には与り知らんことだが、あんたもその情報網の一部なんじゃないのかね?」

「なんのことだ?」

 フクシマの質問をゴトーは鼻で笑った。

「…いや、いい。クロキ審議官は情報源及び情報網を私にも明かさない。もしかするとあんたもクロキ審議官とグルなんじゃないかと、勘繰ってみただけのことだ」

「あいつは根っからの陰謀家で覗き屋なんだよ。人を操作操縦すること、そして他人を覗き見ることが好きなのさ。他人の弱みを握って情報屋に仕立て上げ、そういう輩を街に何人も解き放っている。そしてそこから情報を吸い上げて、誰かを見張るか次の陰謀を考えている。なんとも暗い人生だよ」

「それはお互い様だ。それに私は根っからだとは思いませんよ。あんたが彼をそう育てたんだ。彼はあんたを見習っているだけに過ぎない。昔のあんたをね」

 フクシマは皮肉っぽくいう。

「…どうだかな。まあせいぜい静かにしているといい。騒ぐと浮浪者どもが寄ってたかるかもしれない」

「その心配は無用ですよ。…実のところ、働き詰めでくたびれ果てていた。足の傷は痛むが、これでしばらくゆっくりできますからね」


【注釈】


505:英国のロックバンド、アークティック・モンキーズが2007年に発表した楽曲より。


リキッドモダニティ:ポーランド出身の社会学者ジグムント・バウマンが提唱した概念。社会の様々な領域でそれまで確立されていた権威や伝統が力を喪失し、不確かで不安定化が著しくなった現代社会をバウマンは”液状化した現代”と評した。


ミース・ファン・デル・ローエ:20世紀を代表する建築家であり、建築の四大巨匠の一人。シンプルさと整然美を徹底的に追求したモダニズム建築を多く手掛けた。”少ないことはより豊かなこと”、”神は細部に宿る”といった思索的標語でも有名。


ルビヤンカ:モスクワのルビヤンカ広場前にあるルビヤンカビルのこと。ネオバロック調のファサードが特徴的な建物で、ロシア革命直後にその当時の情報機関であるチェーカーの本部が設置されて以来、ロシアの情報機関の本部庁舎として現在まで利用されている。旧ソ連時代は多くの過酷な尋問や拷問が行われ、歴史的に有名な人物もここで拷問や尋問を受け、ときに処刑された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ