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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第2部 逃走
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67 Nate - Wasteland

 寂しい土地を二人で見ている。西の空は赤く滲んでいるが、陽はここへは届かない。二人して打ち捨てられたさまざまなものの残骸を眺めている。オレンジ色の柵に囲まれた、広いだけの寂しき土地。ここは更地化されて久しいのだろうか。ここにはもはや土地の歴史を感じさせるものは一つも残っていない。放置されたコンテナ、放置された残骸、砕石の山。たったそれだけ。この土地には歴史もなければ過去もなく、ただ現在を積み重ねていくだけなのだ。

 ここから海は近いという。先ほどまでいた倉庫の屋上からは運河が見えた。湾を目にしたことはない。だが、空気にはどこか水気が含まれているような感じがした。

 不法投棄され、風雨によって錆びついて、元の色や姿がわからなくなってしまった資材の残骸を見ている。なぜに捨てられたのか、なにを思ってここへ捨てたのか、そんなくだらない考えが頭に浮かぶが、あまりのくだらなさのためにそれ以上考えるのを止めた。時間を潰すための無意味な思考をしているだけだ。緊張を押し殺すために頭が無意味な思考を始めている。

 風が戦ぐと、体が震える。震えはしばらく止まらない。風邪の冷たさのせいだけではない。きっと緊張のせいでもある。ときは近づいている。ネイトの頭の中には、そのときに向かって残酷なまでに正確に動き続ける秒針の音が鳴っている。

 隣ではアリスが煙草を吹かしていた。なんともない顔を彼女はしている。平然と冷静を装っていた。だが、煙草を挟む彼女の指が震えていることに、ネイトは気づいていた。

「…緊張してるのか?」

 ネイトはアリスにきいてみた。

 アリスは煙草を口から離した。

「そっちこそ」

 そういってアリスはネイトを一瞥する。

「あんたも緊張することがあるんだな」

 軽口を叩いてみた。隣からは一服する音がきこえてくる。

「命の危険があるのよ。緊張しないわけがない」

 アリスは睨むような目をしていた。

 アリスを見てネイトは笑った。

「…俺が初めてヤマを踏んだとき、いまのお前みたいに緊張してた。かなり前の話だが、なんだかそのときのことを思い出したよ」

「励ましにならない励ましね。なにを盗んだの?」

「酒屋に押し入って、あるだけの酒と現金を盗んだ。銃を撃てないのに、銃を握って、仲間と一緒に。思ってたよりも、ちょろい仕事だった」

 そういうと、アリスはくすりと笑った。

「とんだ悪ガキね。それで、なにか教訓になることはあったのかしら?」

「酒屋の店主は次の日、銃で頭を撃ち抜かれて殺された。俺たちが金を盗んだことで、みかじめ料を払えなくなったんだ。店主はみかじめ料の延滞を繰り返してた。友人や知りあいから必死に金をかき集め、なんとか金を払おうとしたときに、俺たちが盗みに入った。教訓はこうだ。政府やAGW、犯罪組織のような、人から憎まれている連中から盗め。堅気の人間を巻き込むな。けれど盗みについては躊躇するな、後悔もするな」

 ネイトはいう。アリスから笑顔が消える。

「良心は痛まなかったの? 自分たちの身勝手な行為のせいで、人が死んだのよ」

 アリスは非難の声を上げた。ネイトの身勝手さを責める厳しい目線を送った。

「…盗まなきゃ俺たちが飢え死にしてた。孤児院を抜け出して、街を彷徨っていた。食料は尽きてた。何日も飲まず食わずだった。金もなかった。ろくに弾も入っていない銃だけがあった。ここで生きるか死ぬかが決まる。盗みに入る前、それくらいの気持ちでいた」

「…ひどい話」

 アリスは眉を顰めた。紫煙が侘しく漂う。

「生きるか死ぬかなんだよ、こういうのは。躊躇なんてしてる暇はない。命の危険なんてどうだっていい」

「…それが教訓ってわけね」

「ああ、そうだ。だから、躊躇うな。堂々としているんだ」

 ネイトはいった。

 アリスは煙草の煙を吐き出した、実にもの憂げに。そしてやり場のない怒りをぶつけるようにして煙草を投げ捨てた。放物線を描いて地面に落ちる、燃えかけの煙草。

「…あなたと一緒にいて、あなたに影響されたんだと思う。私はいま緊張しているけれど、同時になぜか興奮もしている。これからすることは、命を賭けることだっていうのに」

 アリスがそういったとき、それはどこか自分を嘲るような言葉、ひどく内省的な言葉、そんな風にネイトにはきこえた。

 夕陽が届かなくなって、すっかり暗くなってしまった景色にネイトは目を向けた。遠くで燃えるように赤く滲む空と自分の周囲の暗がりによるコントラストが切なさを誘う。

「やっぱり俺とあんたは気があうんだと思うぜ。お互い、ヤマを踏むことに興奮してる」

「異常性格者ってことね」

「世にも珍しい性格だよ。才能っていってもいい。俺たちはそれを持ってるのさ」

 ネイトがそういうと、アリスはため息をつく。

「私に弟はいないけど、なんだか手のつけられない弟のせいでいつも巻き添えを食う姉の気分ね」

 そんな皮肉を彼女はいう。だが、ネイトは彼女の言葉を皮肉だとは受け取らなかった。

「俺にとってのあんたはなんなのだろうな。仲間とも友達とも違う。姉? 俺には家族がいないから、それもどうもしっくりとこない。だけど、あんたの頭の良さと度胸には感心してる。敬意を払いたくなる。そんな人間に出会ったのは初めてだ」

 ネイトは大真面目な顔でそういった。ネイトが思うアリスのいいところを素直に伝えたつもりだった。

 アリスはなにもいわなかった。彼女の顔が少し赤身を帯びたような気もしたが、周囲はすっかりと暗くなっていったために、それもはっきりとはわからなかった。


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