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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第2部 逃走
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50 Nate - Rooftop Smoking

 雲ゆきが、怪しくなっていた。灰色の雲の群れが慌ただしく動いて、空の低いところ、雲と雲の切れ間にあった夕陽の名残を覆い隠した。空気が湿って鼻にかかった。雨が降る前に特有の匂いがする。

 不穏な雲の色と、空気の匂いで、ネイトたちは雨が近いことを知った。

 臨海部を見渡すことができる廃墟の屋上。ネイトたちはそこで小休止を取っていた。煙草を分けあいながら、二人は雲ゆきを見つめた。二人が吐き出す紫煙が、雲の流れと同じ方向に流れていく。風は西から吹いていた。

 アリスより先に煙草を吸い終わると、ネイトは吸殻を投げ捨てた。そして立ち上がって目を凝らし、臨海部の倉庫街を見つめた。倉庫街だけは、第三地区の喧騒から切り離され、ひっそりとしていた。人や車両の動きがない。煤煙が立ち上っていない。他の地域に較べて、明かりが灯っていない。

 そんな倉庫街に向かって、疾走する二台の車が見えた。黒塗りの普通車。普通車に希少価値がつく時代のためか、その姿がやけに目立った。産業用には見えない車両が、倉庫街に向かっている。

 想像を拡大し、飛躍させる。この都市のあらゆる勢力から追われ、追い詰められる状況。危険はどこにでも潜んでいる。些細であっても、危険の兆候を示すものを見逃してはならない。それが自分の命を救う。

 懐かしい教えがネイトの心に浮かんだ。かつて、幼かったネイトに犯罪の手法を教えた男がいた。親を失い、頼るべき者もなく、都市下層部を徘徊して、やがては飢えて死ぬ運命にあったネイトを保護し、犯罪の手法を教え込んで自分の手駒にしたその男がいっていた、ヤマを踏むときの心得。危険はどこにも潜んでいる。兆候を見逃すな。高所を確保し、状況を誰よりも正確に把握しろ。策を用意しろ。そして覚悟を決めたならば、それ以降は躊躇をするな。逡巡せず、俊敏に動け。その心得をどこまで正確に実践できているのかはわからない。だが、ネイトはその教えを心には刻んでいた。なにかあれば、ふとその教えを思い出す。

 ネイトは次の行動を考えた。

「なにを考えているの?」

 まだ煙草を吸い終わっていないアリスが、紫煙を吐き出してから、尋ねた。

「嫌な予感がした」

 ネイトはそれだけいった。

「嫌な予感?」

「ああ、そうだ」

 それから先をネイトはいわない。

「それはつまり、どういうこと?」

 当然、アリスはきいてくる。

「つまり、この先に敵がいるかもしれないってことさ」

 面倒臭そうにネイトは答えた。

「それで? どうするの?」

「どうするって、わかるだろ?」

 アリスに尋ねられたので、ネイトはそのように返事をして、アリスの顔を見つめた。

 ネイトに見つめられたアリスが、少し考え込む。

「…まさか、また私を囮に使う気?」

 アリスはいった。

 ネイトはすぐには答えなかった。

 アリスがむっとした顔になっていう。

「もしそうなら、本気で政府に出頭するけど」

 唇を尖らせるアリスを見て、ネイトはふっと笑った。

「馬鹿いえ。予防策を講ずるだけさ」

「それが囮に使うってことじゃないの?」

「まあそうかもな」

「あなたねえ…」

 悪びれもせずにいうネイトに、アリスは言葉に怒りを滲ませた。

「落ち着けよ。俺の話をよくきくんだ」

 ネイトはいった。

「内容によっては、本気で怒るわよ」

「わかってるさ」

 いいながら、ネイトはアリスに煙草をねだった。アリスが箱を差し出すと、ネイトは煙草を一本引き抜き、火をつけた。深くは吸い込まず、すぐに紫煙を吐き出す。ネイトが煙草を吹かす程度なのに対し、アリスは深く煙を吸い込み、味わっていた。だから彼女の煙草の減りは少ない。これまでも彼女はどこかで隠れて吸っていたのだろうか。

 優雅に煙を吐き出し、令嬢というよりは、さながら女王のような風格を醸しながら、アリスはいう。

「それで、その予防策とやらを教えなさいよ」

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