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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第1部 誘拐
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4 Segawa - Minister of the Interior

 窓越しの景色に安らぎはなかった。

 無数に聳え立つ摩天楼の街に、夕陽が照る。燃え滾る夕陽は、地獄の火か体内を駆け巡る血を思わせる。

 クロキはじっと外の夕陽を見つめながら、セガワ大臣との面会に備え、頭の中で問答を行っていた。

 大臣は鷹揚であり、静寂そのものだ。長いつきあいの中で、クロキは大臣が声を荒げる瞬間を見たことがない。わずかな会話で、大臣はすべてを見通す。嘘やごまかしを弄しても、大臣の体から発せられる沈着たる気を前にしては、綻びが揚陸し、なにもかもが露見する。大臣が醸成する静寂は、嘘や欺瞞、長く不毛な議論、醜い自己弁護を退ける。それゆえ大臣との会話は、常に緊張を伴う。

 クロキも含めて、多くの人間が大臣を畏怖するのは、彼のそのような特性のためだろう。

「クロキ審議官」

 大臣の取次役の者から、声をかけられる。

 クロキはそれまで眺めていた夕陽に背を向け、大臣室に向かった。摩天楼の街の最上層に近い階の不気味なほど静まり返った部屋。この都市国家の治安活動や警察行政の中枢である。

 扉を叩く。

「どうぞ、入りたまえ」

 大臣の声がする。

「失礼します」

 クロキは中へ入った。

 執務席に、大臣は座っていた。歳はもう六十を超えたが、衰えた印象はまるでない。古めかしい黒縁の眼鏡をかけ、その小さな目で鋭い視線を送る。

 クロキは喉が渇いて仕方がなかった。大臣の前に立ち、大臣の言葉を待つ。

「ご苦労だったね」

 大臣はいった。

「はっ。しかし、ウガキの殺害は失敗しました」

「ウガキたちはどこへ?」

「連中の支配圏である川向こうの地区へ逃走しました。十年以上前に廃棄された高架線路を利用し、渡河したのを確認しています」

「ウガキは前線視察に出向いていたわけだ」

「またとない好機を逃しました。申し訳ございません」

「こちら側に損害がなかったときいている。それに、AGWの拠点を無力化したとも」

「ヘリから突入した部隊とAGWの兵士たちとの戦闘の途中、火災が発生したようです。こちらが意図してやったことではありませんが、火災の拡大で、拠点が使えなくなったのは幸運でした」

「それも含めてよくやってくれた」

「ありがとうございます」

「…しかし、だ」

 大臣はいう。クロキからあえて目線を外し、どこか遠くを見る。

「あの男は、報復を考えるだろうな」

 暗殺をしかけられ、報復を考えないというのはあり得ないとクロキは思った。政府高官を狙った暗殺か、それとも一般市民も巻き込んだテロ紛いの攻撃になるのか、反政府組織の出方は読めない。

「オオヤマ次官も含め各方面と連携を取り、警戒の段階を厳しくし、できうる限り対処します」

「私も他の閣僚たちに根回しをしておこう。明日の閣議で、総理にも状況を報告しておく」

「それでは、これから私はオオヤマ次官と今後の対策について、検討を始めればよろしいでしょうか?」

「次官も状況は把握し、動き始めている。次官との討議は部下の誰かに任せるがいい。君には別の仕事がある」

「別の仕事?」

「我々は攻撃を緩めない。奴らが報復を始める前に、こちらから再び暗殺をしかける」

「標的は?」

「スギヤマだ。ウガキの側近で、軍事を統括しているのは奴だ。奴を消すことができれば、AGWによる報復は、一時的にせよ中止に追い込めるかもしれん」

「奴らが報復に出るまでに、間にあうでしょうか?」

「間にあうよう、最大限注力をしてくれ」

「わかりました」

 クロキはそう答えた。

 大臣の言葉の意味を深読みする。大臣は、報復は不可避だと考えている。そうでなければ、注力せよという指示ではなく、なんとしてもスギヤマを期限内に殺せと指示してくるだろう。

 実際、不特定多数の一般人や治安組織の末端の人間を対象にした攻撃は、防ぎようがない。大臣はそれをよく理解している。言葉にも表情にも出さないが、大臣は多少の犠牲はやむなしと考え、その上で長期的に反政府組織を壊滅に追い込もうと企図しているはずだ。

「準備に取りかかりたまえ。私は、諦めたわけではない。君にも諦めてほしくはない」

 大臣の言葉に、クロキははっとなって顔をあげた。

 大臣と目があう。その鋭い目は、クロキの心情をすべて読みとっているようだ。

 クロキは頷きを返し、辞去しようとした。

 そのとき大臣室の扉を叩く音がした。続いて、取次役の声がする。

「大臣、お嬢様がいらっしゃっていますが、いかがいたしましょうか?」

「ああ、構わん。通してやってくれ。この先控えているレセプションの、下打ちあわせなんだ」

 大臣は席に座ったまま、そういった。

 扉が開くと、上品な顔立ちの娘が入ってくる。特に目が美しい。

「アリス」

 大臣は娘に声をかける。

「お父さん、お仕事中にごめんなさい」

「なにも謝ることなどない。この時間に下打ちあわせをしようと、前から決めていただろう。クロキ君、それでは、よろしく頼むよ」

 大臣はいった。

 クロキは大臣とその娘アリスに会釈し、大臣室を出た。

 大臣室の扉が閉まる前に見えたのは、少し寛いだ様子で語りあう親子の姿だった。政府の重鎮とその公務にも関与する娘という特殊な立場の二人だが、傍観者からすれば、仲の良い普通の親子だった。

 あの大臣が、という言葉をクロキは呑み込む。多くの人を畏怖させるセガワ大臣だが、四十を過ぎてできた娘には、親の顔を見せる。娘のアリスもまた、年ごろでありながら、父親には敬意と愛情をもって接している。

 どこからどう見ても、ただの親子だ、とクロキは思った。


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