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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第1部 誘拐
28/87

27 Sugiyama, Kuroki, Ugaki - Time Burning

 砲弾の雨が、自分たちの前をいく車両を粉々にする。車両だけでなく、アスファルトは砕かれ、塵芥が舞う。

 体は痺れたようになっている。命が脅かされる極限の恐怖を味わっている。

 このまま死ぬしかない、スギヤマはそう思った。砲弾が自分の乗る車両を掠る。

 車両が激しく揺れる。砲弾が当たったのか、いやそうではない。ナキリがハンドルを切り、そして急加速している。

 さらなる砲撃がくる。今度は自分の後ろの車両が粉々になる。

 車両は加速する。この大通りにこれという逃げ場はない。進むか退くかしかない。ナキリはなにをしようというのか。

 最大速度まで加速する。ガラス張りの環境建築に、全速力で突っ込んでいく。

 ガラスが砕け散る。車両が一瞬宙に浮く。建築物の内部を突き進んでいく。視界は衝撃で激しく揺さぶられ、なにも見えない。加速と暴走で車両を統御できなくなっている。減速もできずに建物の壁に激突する。強烈な衝撃に、スギヤマは気を失いそうになる。

 燃えている時間。極限の恐怖と興奮。一秒の浪費が生死を分かつような、遥か昔から待ち望んでいた時間の到来。

 衝撃に気を失っている暇はなかった。スギヤマは力を振り絞った。衝撃で強く打ってしまった片目が上手く開かない。頬にガラス片が突き刺さり、少し頬の肉を抉ったようだ。血の流れを感じる。

 隣のナキリを見る。ナキリは気を失っていた。ナキリもまた砕けたガラスを浴びたせいで血塗れになっている。衝撃のせいか、片腕がおかしな方向にねじ曲がっていた。

 車両の外から、ヘリの旋回音だけでなく、銃声もきこえた。アマノが発する怒声と怒号も耳に届く。生き残った護衛の兵士たちが、敵と交戦しているようだ。

 この隙に逃げ出さなければならない。本能がそう告げていた。

「みんな動けるか?」

 気を抜けば朧になる意識の中で、車両に同乗していた兵士たちに声をかける。だが返事がない。後部座席を振り返ると、兵士が血塗れになってこと切れている。

 逃げなければならない。スギヤマは自身が先に車両から抜け出ると、ナキリの腕を掴んで車両から引きずり降ろした。ナキリの腕を自分の首に回し、左手はナキリのズボンを掴み、移動を始める。ナキリは意識を取り戻した。その意識を再び失わないように、スギヤマはズボンを強く掴み上げ、尻の穴を持ち上げながら、動く。

「早く逃げてください。早く」

 銃声が絶えず鳴り響く混沌の中で、アマノの絶叫がきこえた。護衛の兵士たちが必死に反撃を試みている。だが、敵の数に押されている。部下たちが包囲されていく。一人、また一人と兵士たちは倒れていく。

 銃声が近づく。銃弾が自分の近くに着弾するのを感じる。振り返ることができなかった。無我夢中で逃げた。非常口の灯を目にして、そこに駆け込む。

 スギヤマは迷うことなく、非常口の頑強な扉の鍵をかけた。アマノを含む部下たちを見捨てることになっても、自分は生き延びなければならない。

「お前も共犯だ。お前も必ず生き延びろ」

 虚ろな意識のナキリに、スギヤマは語りかけた。自分たち二人で、仲間の命を犠牲にして生き延びるのだ。

 地下への階段を下りていく。照明がつかない、ほぼ真っ暗闇の視界。自分たちの荒い息遣いがよくきこえる。上部からは銃声がまだきこえる。戦闘が続いているようだ。

 やがて銃声が止む。鍵をかけた扉をこじ開けようとする音がきこえ、しばらくすると爆発音がきこえた。階段を駆け下りる靴音がする。真っ暗闇の通路に、フラッシュライトによる光の筋が走る。

 スギヤマは物陰に身を潜めた。音を立てぬようゆっくりと体を動かし、通路から別の部屋に入った。空調管理を行う部屋のようだ。数多くの空調機械が目につく。

 暗い、そして寒い。寒さを感じるというのに、抉られた頬は燃えるように熱い。分裂症にでもかかったようだ。

 靴音が近づく。物陰の奥と部屋の内部を確かめる、兵士たちの声がきこえる。

 スギヤマたちが隠れる部屋にも踏み込んでくる。光は三つ。天井や床に光が走る。息を殺した。反撃の術はまるでなかった。命が燃え尽きるその直前の時間。スギヤマはなぜか燃え尽きる星を思い浮かべた。

 足音と銃を構える音、闇に灯る眩い光。

 沈黙と静寂を保てるかどうかの戦い。

 たった一秒が数時間にも思えるような、重苦しい時の流れ。心理的重圧は重力のごとく時空を歪める。

 寒気を覚える。それなのに額には大粒の汗が浮かぶ。頬は熱い。

「撤収しろ。緊急事態だ」

 兵士の声がした。姿は見えない。足音が遠ざかっていく。

 光の筋が消え、暗闇が戻ってくる。


 標的の姿が確認できない。

 司令室に隊員からの報告が入ってくる。

「徹底的に探せ。近くにいるはずだ」

 クロキは声を荒げた。簡単に逃げ切れるわけがない。隊員たちが単に見落としているだけだと、大声でいった。

 フクシマとフジイは腕組みをし、じっとモニターを見つめている。モニターの中では、銃撃戦の様子が映し出されている。

 スギヤマを護衛する小隊が、必死に防戦を行っている。その中にスギヤマの姿は見られない。

 フジイは部隊を二手に分けた。一方が敵小隊の相手をし、もう一方がスギヤマの探索を行う。

 探索を行う隊員たちは、完全にスギヤマを見失っている。

 敵小隊は完全に包囲され、こちらの部隊の銃弾に容赦なく倒されていった。隊長らしき男が最後まで抵抗を続けたが、やがて胸部を複数の銃弾に貫かれ、死んだ。敵小隊の死体を検めたが、スギヤマはいない。敵が乗っていた車両にも、スギヤマの姿はない。

 隊員からまた報告が入る。建築物の内部に逃げ込んだ形跡があるという。

「急いで探し出せ」

 クロキは指示を出す。苛立ちは収まらない。時間がない。

 隊員たちが必死にスギヤマの行方を探る。時間は過ぎていく。

 フジイが先ほどからしきりに時計を気にしている。異変を察知した敵が駆けつけるのを懸念している。撤収の時間が迫っている。

 フクシマは固唾を飲んで推移を見守っている。すべての人の喉を強く締めつけるような沈黙が漂う。揺れの激しい映像に目を凝らし、乱れた音声に耳を澄ませる。

 暗闇の映像。すぐに暗視用の画面に切り替わり、捜索の様子が見える。

 通路、部屋を探っていく。扉を蹴破る、銃を構え、光を這わせる。

 スギヤマはいない。

 隊員たちは次の扉を蹴破る。

 司令室の扉もまた激しい勢いで開かれる。

 泡を食った顔をした士官が、大声で叫ぶ。

「ウガキが、動きました。第四地区に攻勢を仕かけています」

 司令室の沈黙が破られる。動揺が走る。

 

 燃えている時間。

 命が躍動する瞬間。

 砲撃が外壁を粉砕する。兵士たちの手足が吹き飛んでいく。臓腑が飛び散り、地面を汚す。乱れ飛ぶ銃弾が、兵士たちの頭蓋を貫く。防衛線が崩壊し、こちらの兵士たちが洪水のように敵陣へ浸透する。

 政府の虚を衝いた。眼前の敵の動揺が手に取るようにわかる。敵はいまだ防御の体制さえ構築できていない。

 雪崩のごとく攻勢を仕かけるときだった。麾下の兵も、皆それがわかっている。

 やがて赤々とした炎が燃え上がる。誰かが火を放ったらしい。敵の兵士たちが炎に耐え切れずに逃げ惑い、無防備な姿を曝け出す。その瞬間、無数の銃弾が放たれて、容赦なく彼らの命を奪い取る。

 こちらの兵の前進は止まらない。各拠点を制圧していく。政府の兵士たちが後退していくのが見える。逃げ遅れた政府の兵士たちが次々と銃弾の餌食になって、地面に倒れ伏していく。

 都市の底は阿鼻叫喚の地獄となった。

 ウガキも前進を開始する。

 ハタと謀った通りに事態は進展した。スギヤマと幾つかの部隊を最前線に送り込んで囮のように扱い、政府の警戒の目をそちらに向けさせて、ウガキ自身が隙になった部分を攻める。それとときをあわせて、ハタは部下に命じて政府領域の中心で大臣令嬢の誘拐を引き起こし、さらに政府を動揺させる。

 最前線のスギヤマがウガキの攻勢と政府内の擾乱に呼応し、攻撃を開始すれば、所定の目標であった政府側最前線の突破及び崩壊が可能となる。AGW支配下の第十三地区と川を挟んで向かいあう政府支配下の第二十地区を巡っては、何度も政府部隊と衝突を繰り返したが、渡河が必要ということもあり、攻めあぐねていたのだ。

 ウガキの無線に、政府軍の増援部隊が近づいているとの交信が入る。想定通りの動きだったが、増援の敵との激突に備えなければならない。

 制圧した政府軍拠点には、その拠点の指揮官と思われる男が囚われていた。

「なにかいいたいことはあるか?」

 男の前に立ち、ウガキは指揮官に尋ねた。指揮官といえまだ若く、ウガキよりも歳は十も下だろう。指揮官は痛めつけられ、恐怖に怯えていた。汚れのついた唇がひどく震えていた。言葉を発しようとしても、明瞭なそれは彼の口からは出てこなかった。

指揮官を見つめながらウガキは、ネイトという少年のことを思い浮かべた。痛めつけられ、銃を突きつけられても、あの少年は毅然とした態度だった。

 死を前にしたとき、その者の真の人間性が露呈する。多くの人間は恐怖に体を震わせる。わずかな人間は従容として死を受け入れる。毅然たる者はもっと少ない。

 あの少年の利用価値は想像以上に高かったのかもしれない。それこそ目の前のこの指揮官以上に。

 ウガキは指揮官を射殺した。胸へ二発、頭部に一発、銃弾を撃ち込んだ。

 あの少年もいまごろは我々の捨て駒として使われ、命を落としたのだろうか。

 銃声が止むと、無線が騒がしくなにかを叫んでいることに気がついた。想定通りにことが進む一方で、想定外のこともまた起こる。闘争と謀略は常に目まぐるしく事態が変転する。

 無線が必死に危機を伝えている。スギヤマが前線視察中に襲撃にあい、行方がわからなくなっている。もしかすると殺害されたかもしれないという。それによって第十三地区に集結した部隊が機能不全に陥っている。さらには、対岸で敵が逆攻勢を仕かける気配があるとも伝えている。

 無線をきいていたウガキに帯同する側近たちの顔が青くなる。至急対応を行うべく、駆け出す側近の姿もあった。

 計画が狂い始めたことに、ウガキは舌打ちをせずにはいられなかった。

 


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