26 Alice, Emma, Nate - Party
会が始まる前から、絶えず人が自分のもとに集まっていた。酒には口をつけなかった。ひっきりなしにやってくる人と会話することに、アリスは忙殺されている。
父に同伴する政治パーティと同じように、この会もアリスにとって楽しいものではなかった。父の威光に預かろうとする学校の関係者たちが、さっきから延々とアリスに近寄って話しかけてくる。彼らは自分になにを求めているというのか。大臣の娘というだけで、権力を持っているわけではないのに。ましてや父はそういった誰かの威光や権力に縋り、頼ろうとする人間を嫌うというのに。
アリスは不快な思いを押し殺しながら、にこやかな表情を浮かべて、学校関係者たちとの会話につきあった。
会場のどこかにいる友人たちの輪に入り込みたい気分だった。
アリスは会に招待された友人がいないか、周囲を見回した。
リサ、カレン、それからハナ。気心が知れたわけでもない友人たちと、友達とはまだ呼べない同級生の男子。
普段は彼、彼女らに淡白な態度をとっていたくせに、こういうときだけアリスは頼ろうとしている。自分は姑息な女だと思われはしないだろうか。
豪華絢爛の会。男も女も、出席するすべての人の顔が上気して、華やいで見える。思い思いの会話に花を咲かせている。
大臣の娘でなければ、という思いをアリスは噛み締めた。大臣の娘でなければ、自分はもっと自由に、もっと明るくこの会を楽しめただろう。
アリスは自然とツイードのジャケットを着た男性を探していた。ハナが着てくるといっていた衣装。意外と学生たちは普通のジャケットを着ていて、ツイードのジャケットを着込んでいる人は少なかった。柄はチェック、確かハナはそういっていた。
そしてその柄をしたツイードのジャケットを着た男性は、すぐに見つかった。男性はこちらに向かって歩いてくる。
だが、それはハナではなかった。
少年といってもいいような容姿をした男。服装だけは立派だが、顔つきにはどこか幼さが残っている。数年前のアリスがそうだったように、背伸びをしている印象がある。男とアリスは一瞬目があった。
そのときの男の目からは、溶岩のような暗く熱い感情が迸っていた。身に余る憎悪と怒り。視線が逸れた瞬間、男は冷静な目に戻ったが、アリスはその暗い目つきを見逃さなかった。
アリスの全身は粟立った。なにもなかったような表情を偽るも、胸騒ぎを抑えることができない。
ハナの服。射出された憎悪と怒り。それは人波をかき分け、徐々にアリスに近寄ってくる。
さらに別の動きも目に入る。その男とつかず離れずの距離で、こちらへ向かってくる女。背が高く、赤い髪。好戦的な目。
グラスを席に置く。人込みに紛れ込む。
逃げなければならない。
対象が動き出す。
気取られたのか。一瞬それを疑う。確信はできず、ともかくも接近を続ける。
エマから少し離れたところにいるネイトも躊躇いなく接近を継続する。エマもネイトも、対象の動きは視界にちゃんと入っている。
耳に悪い弦楽器の響き。会場に流れるクラシック音楽が、集中力を削いでいるような気がしてならない。
対象が人波に紛れ、一瞬姿を消す。次に姿が見えたとき、自分たちからは遠ざかっている。
ネイトが視線を向けてくる。エマは頷く。対象はこちらに気づいている。
対象以外の会場の人間すべて、警備の者も含めて、誰も気づいていない。それなのにどうして。一瞬それを考える。答えは出なかった。政治家の娘らしく、洞察力に優れているということなのか。
エマよりもネイトの方が対象に近い。
ネイトは冷静だった。慌てる素振りを見せることなく、自身も人波に紛れ込むようにして巧みに姿を消し、動いている。対象に近づいていく。
対象が悲鳴を上げて警備を呼べば、そこからは力技だ。援護役の二人の少年も含めて、四人で対象を確保する。警備の者との銃撃戦を覚悟するしかない。
ネイトが対象に触れるまでは、あと数歩。
対象は壁際に立って、なにかを持ち出そうとしている。あれは一体。
アリスが壁際に立つ。壁面に備えつけられたなにかを取り出そうとしている。非常用設備のプレートが、目に入る。
最後の人波をかき分ける。
アリスとまた目があう。視線が溶けあう。手が届く距離になってわかった。ネイトの目以上に、アリスの目は燃え立っている。人を惹きつける魅力がある。
身柄を押さえようとする。それが自分の役割だ。
アリスに手を伸ばす。
そのとき、会場の外で銃声がする。数回に渡る轟音。
誰もが予期しなかった銃声に、数百人の学生たちが、一斉に悲鳴を上げる。誰もがたじろぐ。ネイトも一瞬気を取られた。
アリスが動き出す。ネイトに体を密着させる。すらりとした白い腕が、ネイトの服の裏に忍び込む。




