23 Emma - Get Dressed
少年たちが身なりを整えている。死に装束を着込んでいる。
帰る見込みのない計画。成功する見込みのない計画。少年たちが惨たらしく命を落とす計画。
ただ、少年たちの中でネイトだけは、生き延びることを諦めていない。計画を成功させようと躍起になっている。
エマは憐れみと蔑みの混ざりあった目で、彼らを見つめた。
危険はエマにも降りかかっている。エマも生き延びる気でいる。必要であれば少年たちを犠牲にしてでも生き延びるつもりだった。
請け負った仕事はやり遂げる。それがエマの信条だった。セガワアリスを誘拐すること、政府側に混乱を引き起こすこと。そのためならば、どのような犠牲も知ったことではない。誰が死のうと、どれほどの損害が敵味方に出ようとも、それさえどうでもいい。任務をこなし、自身は生還する。それに集中し、全力を尽くす。
一時間前に教会へ呼び出された。連絡役の司祭が慌てていた。協力者からの急ぎの情報で、会場の警備体制が突如強化されたという。内務省警護課が出動し、大学側の警備員も増強されているという。協力者は危険が高過ぎるということで、計画の中止を求めていた。
その連絡をエマは一笑に付した。協力者の怯懦を嘲笑い、いまさら計画を中止にできるわけがないと司祭にいい放った。協力者はこの計画の本質がわかっていない。危険は初めから承知の上で、犠牲は覚悟の上で、混乱を引き起こす。それがこの計画の目的なのだ。協力者は自身の正体が露見するのを怖れているようだが、その危険が計画中止の理由になるわけがない。
一応その場でチョウにも報告を行った。チョウもいまさら計画中止をするはずがないとエマは決め込んでいたが、案の定その通りだった。計画を続行しろとの指示をチョウは出した。
エマは司祭にいった。計画はなにがあろうと決行する。協力者も、当初の計画通りに現場で協力を続けろ。この言葉を協力者に伝達しろ、と。
司祭は泡を食った顔で、内通者へ連絡を取った。
エマはその様子を嘲笑しながら眺めていた。
いまから一時間前の話だ。決行まであと数時間しか残されていない。
エマも服を着替える。装飾華やかな濃緑のドレスで、鏡で見ると自身の赤毛ともよくあっていた。サイズが少しだけきつく感じるが、動きにくいというほどではない。サイキリサ。身分証に記載された名前がそれで、おそらくこのドレスや身分証のもとの所有者なのだろう。学生を偽るにはエマは少し歳をとっているが、人込みの中にいればそう容易には気づかれないだろう。
髪を整え、コートに身を包んだ。
少年たちもちょうど着替えを終えていた。それまでの汚らしい身なりでなく、学生に扮している。逆に彼らは大学生を偽るには少し歳が若かったが、衣服でよく誤魔化しができていた。エマに較べて彼らのほうが学生らしく見える。
部屋の中の空気は張り詰めていた。誰も一言も話さない。ケイジ、ショウは暗く沈んだ顔でいて、ネイトはじっと壁に貼りつけた資料に目を通していた。
エマはネイトの目に、自分と同じく生き延びてやろうとする意志があるのを見てとった。緊張と恐怖でその表情は硬くなっているが、目に力が宿っている。生存欲求が激しく火花を飛ばし、燃え立っているのがわかる。
エマからすればネイトも必要なら身代わりにし、切り捨て、犠牲になってもらう存在だが、この少年の意志の強さや物事に立ち向かう姿勢に、少なからずエマは感心していた。自分と似通ったところがあるとさえ思えた。
互いの境遇など知るわけがなく、知ろうとも思わない。どうせお互い陽の届かぬ下層部でその日その日を生き抜いてきただけだろう。ネイトからすれば、隙があればすぐにでもエマを殺したいとさえ思っているはずだ。そういう人間同士でも、妙な繋がりや共感を持つことがある。それは人生の不可思議さだ。
この少年がどれだけ実力を発揮できるのか、それも見ものだ。なにもできずに死ぬか、派手に死ぬか、それとも生き延びるか。どうなるのかはわからない。
時間は過ぎていく。待つ時間はエマにとって苦痛でしかなかった。白昼はいつしか消え失せ、空が朱に染まっていく。苦痛に耐えるように時間の経過を待つ。
そして出発のときがくる。
「いくぞ、用意しろ」
沈黙を破り、エマは少年たちに声をかける。
まずは内通者の手配した経路で都市上層部に潜入、大学へ向かう。




