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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第1部 誘拐
20/87

19 Emma - Agent

 待ちあわせに指定された場所は、下層部にある教会だった。

 エマは周囲を確認する。教会の入り口前には、多数の人が屯している。人々は教会からの炊き出しを待っているのだ。薄汚れた身なりをした人々の悪臭が鼻につく。顔を顰めたくなる。

 エマは地味な色のフードつきコートを着ていた。フードを被り、なるべく顔を晒さないようにした。壁にもたれ、炊き出しを待つ人の振りをした。

 チョウの指示で、昨日からエマは政府支配領域に潜入していた。潜入後にまず指示があったのは、今回の作戦の協力者と連絡をとりあうことだった。待ちあわせ場所に選ばれたのがこの教会だった。

 チョウの奴め、とエマは舌打ちをする。協力者に関する情報を管理しているのはチョウだった。チョウと協力者が連絡をとりあい、エマに指示が下りてくる。あの男に指示を出されるのがエマの癪に障る。

 教会の扉が開く。炊き出しが開始される。人々が一斉に動き出す。

 周囲を確認する。こちらに近づいてくる者はいない。教会の中まで入れということなのか。エマは人々の動きにあわせ、歩き始めた。

 歩き始めて数秒で、隣に男が並んだ。男はエマのコートの袖を掴んだ。

「こっちだ」

 男に従い、人々の流れとは別の方向に歩く。倉庫のような部屋に通された。

 男の服装を見る。司祭の服装をしている。

 周囲を確認する。この部屋に人の気配はない。誰かが部屋に入ってくる気配もない。

「お前が協力者か?」

 エマはいう。

「俺は使者に過ぎない。伝言と、作戦に必要なものを渡すようにいわれている」

 男は答えた。

「本人は?」

「安全のため、ここには現れない。悪く思うな。俺も協力者の姿はおろか、声さえ知らない」

「それでどうやってやり取りができるという?」

 エマは皮肉をいった。

「神のための場所は、こんな時代でも幾つか存在する。告解室も同様だ」

「あちこちの教会の告解室で密会しているわけだ、懺悔する振りをして。神も都合よく利用されたもんだな」

「なんとでもいえ。協力者の姿は壁越しだからわからない。声もおそらく偽装しているだろう」

「会うためにはどういうやり取りを?」

「俺の予定を先方が把握している。どこそこの教会で何時から何時まで告解を行うとな。その時間にあわせて先方がやってくる。俺はほぼ毎日、告解を担っている」

「なるほどな。ところで、私がお前を信用していい証拠はあるか?」

「ここまでの話をきいていたか?」

「神をも疑いたくなる時代だ。こちら側にも内通者はいる。お前が真実にこちら側だという確証が欲しい」

「これを確認しろ」

 男はエマに袋を渡した。袋を開けて中身を確認する。偽装された四通りの身分証、四名分の衣服。身分証をよく見ると、エマの顔写真が印刷されている。

「会場に入るための身分証、そして会場で着る衣服だ。これでいいか?」

「この身分証は有効なものなのか?」

「本人からの伝言はこうだ。身分証は完全に有効だ。大学が発行した学生証を入手した上で、潜入するお前たちのデータを書き込んでいる。セキュリティチェックで見つかるおそれはない」

「どこまで信用できるのやら…」

 そういってエマは鼻で笑った。

「俺の役目は荷物を渡すことだ。身分証の信用性については関知しない」

「私もお前にそこまでの期待をしていない」

 エマは冷ややかにいった。男がむっとした表情を浮かべた。

「荷物はこれだけか? 他に伝言はないか?」

「これも渡すようにいわれている」

 男が小片を手渡す。

「中にデータが入っている。大学内の図面、警備状況、武器の隠し場所も記載している。情報を共有次第、このデータは破棄してくれ」

「データを読み込む環境が欲しい。それと作戦まで潜伏する場所もだ」

「安心しろ、用意してある」

「まさかこの教会の中ではないだろうな?」

「馬鹿をいえ。神は汚れた任務に関与しない。この教会から数ブロック先の古びた宿泊所を使え。前もって部屋をとっている」

「自分は都合よく教会を利用しているくせによくいったものだ。まあいい、承知した」

「さあ、もういくんだ。作戦まで大人しく身を潜めていろ。今後、協力者との連絡を取る場合は、まず俺にいえ。俺は普段、この教会にいる」

 男が扉を開ける。

 エマは誰にも姿を見られぬよう、静かに教会を出た。

 通行人を捕まえ、数ブロック先にあるという宿泊所の場所を教わった。宿泊所に辿り着くと、フロント係の老婆がエマを迎えた。老婆はいう。赤い髪の女が宿泊にくるときいていた。

協力者がすべて手配を行ったのだろうか、とエマは思った。手際のよさに舌を巻く。段取りや計画を立てることへの病的なこだわりを感じる。

 老婆に部屋を案内してもらう。古びた宿泊所。床や壁、天井まで、すべてが古臭く感じる。

 最低限の調度品しかない部屋。机の上に、データを読み込む装置があった。協力者本人か教会の男が事前にこの部屋を訪れ、置いていったのだろう。

「この部屋を事前に予約した男は、どんな男だった?」

 エマは老婆に尋ねた。

「教会の修道士様でしたよ。知人たちを泊めると仰ってましたね。あなた様がそうなのでは?」

「そうか。妙なことをきいて悪かった。フロントに戻ってくれていい」

 エマはそういって、老婆にフロントへ戻ってもらった。

 装置を立ち上げ、教会の男から渡されたデータを分析する。データには、大学施設の図面一式、警備の状況や警備員についての言及まで含まれていた。それらを読み込めば読み込むほど、警備の厳重さが伝わってくる。

 厄介な任務を押しつけられたものだ、とエマは思った。任務を押しつけたハタとチョウに対する苛立ちがどんどん膨れ上がっていく。特にチョウはひどかった。狂気的な性格の持ち主で、作戦のブリーフィングでは、精神論ばかりが強調された長い演説でエマをうんざりさせた。拷問の専門家であることは認めるが、異常な人格であるのは間違いない。あんな男に作戦を指導され、指示を仰いだり報告を行ったりするのは苦行に等しかった。

 捨て駒扱いの少年たち、姿を見せぬ協力者、狂気的な性格の上司。任務の危険度は高まるばかりだ。それでも任務だからやるしかないとエマは腹を括った。

 データの分析を進める。

 あと数時間もすれば、少年たちが政府支配領域に潜入を開始する。連中が潜入に成功したら、ここへ集合し、三日後には作戦を行う。

 時間はあるようでなかった。協力者が用意した内容を念入りに読み込み、不測の事態が起こっても冷静に対応できるよう、少年たちと諮っておかねばならない。多少ましになったとはいえ、素人に近い連中だ。彼らの気が動転し、混乱することはありうる話だった。

 少年たちが死のうが、協力者の正体が政府に露見しようが、とにかくセガワアリスの身柄を確保することに全力を尽くさねばならない。


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