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アナザー・グリーン・ワールド  作者: ENO
第1部 誘拐
12/87

11 Nakiri, Emma - Next Task

 無残な死体を処理する。

 部隊長のアマノからそう命ぜられた。処刑された強盗犯の死体を処理せよという。

 強盗犯とはいえ、まだ子どもだった。死んだ子どもの目はかっと開いている。ナキリは、その目を閉じてやった。

 仲間とともに死体を運び出した。この地域には死体を埋める場所も、放置しておける場所もなく、下水か河川に投棄するしかなかった。

 処刑された子どもの死体を河川に投棄し、施設に戻った。戻ったナキリに同じ部隊に所属するエマが声をかけてきた。ナキリよりエマはいくつか歳下だが、AGWに加わったのは同じ時期だ。同期ということもあり、よく会話をする仲だ。

「ナキリ、お前を探していた」

「なにかあったのか?」

「転属命令が出た。ハタ大佐の麾下につく」

 ハタの麾下ということは、諜報部門に転属することを意味する。

 危機のウガキを救出し、強盗犯の探索と捕縛にも一役買ったエマを、上層部は評価して転属させたということか。

「出世、ということになるのか?」

「いや、それはまだわからん。一時的に諜報部門に移るだけ、とも上からいわれた。それに…」

「それに、なんだ?」

「直属の上司は、あのチョウになる」

 エマは露骨に嫌悪の表情を見せた。チョウというのは、諜報部門での有名人だった。拷問の専門家であり、狂信的な革命家ともいわれていた。

「有名人だが、いい噂はきかないな」

「AGWの大義に心酔している。政府への憎しみに取りつかれている。狂人とたいして変わりがない」

「あの男の下で、どういう任務につくんだ?」

「…それはまだ知らされていない」

 首を横に振り、エマはいった。

少しだけ、嘘の気配をナキリは感じた。否定したときのエマの口調が硬いような気がした。

「同期の仲だろ。まさかいきなり内容も明かせないような任務についたのか?」

「本当に知らないのさ。とりあえず、明日になって次の任務の詳細を教えるとだけいわれている」

「面倒な任務でなければいいが」

「昨日がガキどもの探索だった。また闇市場や犯罪窟絡みの話になりそうな気がする」

「お前の昔の縄張りだな」

「ああ。つてはいまだに残っているんだ」

「ごろつき紛いだった過去が、役に立ってよかったな」

「皮肉でなく誉め言葉として受け取っておく。お前も過去の経験を活かせば、転属できるかもしれないな」

「俺にそういう類いの過去はないよ」

「AGWに入るまでになにかはしていただろう?」

「密輸した麻薬や銃器の取引くらいさ。だがそれは、もはや誰もがしていることだろう?」

「それはそうだな」

 エマは頷いた。

 下層部に住まう人間で、犯罪や闇取引に関与しない人間はいないだろう。まっとうな稼業で日々を暮らしていけるわけはないのだ。

「じゃあ、しばらくは部隊から離れるんだな?」

「ああ、そうなる。だが、あくまで一時的だ」

「わかった。まあ、また諜報部門の話でもきかせてくれ」

「答えられる範囲でな」

「…こっちはひどい雑用ばかりでうんざりしてる。さっきは子どもの死体を川へ投げ捨てた」

 死んだ子どもの顔が浮かぶ。胴に二発、額に一発の銃弾を撃ち込まれていた。

「強盗をしでかしたガキだね。仲間の情報を吐いた裏切り者だ」

「ウガキ司令は裏切り者に容赦がない」

「裏切り者の、当然の末路さ。仕方がない」

 エマは冷然としていう。この女もウガキ同様に苛烈な性格の持ち主なのだ。

「…まだ痩せっぽちの子どもだった」

「感傷的になるな。ガキだろうとなんだろうと、こういう時代に生まれ、こういう場に入り込んだ以上は、殺し殺されるのは当たり前のことだ」

「…それもそうだな」

「司令の裏切り者への嫌悪については、確かに有名だ。だが、何度も暗殺をしかけられたら、ああなるのは当然さ」

「誰であっても、裏切り者は処分しなきゃならない」

「その通りさ。事実、AGWの中にも、裏切り者は潜り込んでいる」

「例の襲撃の話か?」

「そうだ。あの会合に参加していた幹部の麾下、つまりは私とお前も含まれるが、そこに裏切り者がいたのは間違いない。でなければ、会合の情報が洩れて、襲撃されるわけがない」

「幹部たちの誰かが、裏切っている可能性もある」

「そうだ。それも否定できない。ウガキ司令もそういっていた」

「…部隊の仲間で、死人も出ている」

「ああ。裏切りの犬は、処分するしかない」

 エマの目が憎悪に燃えていた。軍帽の下に覗く彼女の赤い髪と同じように、彼女の目は煌きを放った。

「互いに裏切り者の魔手にかからぬよう、気をつけようや」

 ナキリがいうと、エマは頷いた。

「お前も気をつけろよ」

 エマはそういって、ナキリの前から去ってゆく。ナキリは彼女の後ろ髪に、白髪が一本混じっていることに気づく。髪が赤いゆえ、白髪一本でも目立つ。声をかけようかと思ったが、見てくれを気にする女ではないことを思い出し、結局呼び止めなかった。

 彼女は部隊内でもとりわけ優秀だった。もとは闇市場を仕切る組織の一員で、数多の刃傷沙汰を切り抜けている。AGWで正規の軍事教育を受け、兵士としての素質を全開にした。髪が赤いのは、片方の親が外人だからだ。不法移民や難民の流入によって、下層部には混血児は腐るほどいた。エマもその一人だった。

 ナキリは部隊長のアマノに死体の処理を報告した。アマノは、前日から不眠不休で任務を続けていたナキリに、半日休息するように命じた。休息後には、スギヤマ大佐の護衛任務があるといわれた。

 疲労は蓄積していた。ふと気を抜けば睡魔に意識を持っていかれそうで、宿舎にすぐにでも戻るべきだった。

 だがナキリはふらふらと施設から抜け出し、塵芥とバリケードだらけの通りを渡って、先ほど少年の死体を遺棄した川辺に向かった。

 目の前には汚れ切った河川があり、背後には陽射しを遮る超高層建築群がある。対岸には政府側支配地域が見える。河川にかかっていた橋は、両勢力の隔絶を象徴するように、ことごとく破壊されている。

 河川からは悪臭が漂う。それもそのはずだ。この河川は死体も含むありとあらゆる投棄物を呑み込んでいるのだから。その悪臭が鼻を衝く。睡魔を消し飛ばしてくれる。

 ナキリは煙草を取り出し、一服しながら、醜い川辺の景色を眺めた。水際に人の姿が見える。投棄物を漁る浮浪者だろう。彼らはそこで金になりそうなものをかき集め、闇市場で売り捌く。

 肩にかけた小銃に意識を向けた。射撃の的にしてやろうかと一瞬思った。ああした浮浪者は取り締まりの対象だ。社会の底辺に寄りつき、腐臭を漂わせ、他人の蔑視を浴びる。下層部に生きる人間は、AGWに加入するか、麻薬や武器取引に関与し金を稼がないと、みんなあの浮浪者たちのように落ちぶれる。

 短くなった煙草を投げ捨てる。次の一本を取り出そうとしたが、煙草の箱は空だった。顔を曇らせながら、ナキリは煙草の箱を浮浪者たちに向かって投げ捨てた。

 浮浪者たちに背を向け、ナキリは歩き出した。

 浮浪者の一人が、煙草の箱でさえ収集しようと駆け出した。


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