9 Nate - Insame Heist
鈍く、乾いた銃声が二発響く。
撃たれた少年は小刻みに震え、床に倒れ込む。命が消えかかる。だが、少年はまだ生きている。そこにとどめの銃弾が、少年の額に撃ち込まれた。
命が消し飛ぶ。
ウガキは平然としている。
ネイトは目を背ける。
「ひどい…」
ネイトの背後にいたレナが、そう呟く。
「裏切り者にふさわしい末路だ」
ウガキは死体を見下ろし、ごく当たり前の出来事が起こっただけというような淡々とした顔でいった。
射殺されたジュンの目は見開いたままで、顔は苦悶の形相をしていた。せめてその目だけでも閉じさせてやりたい。ネイトは体を動かそうとしたが、すぐにウガキの部下たちがネイトを押さえつけた。
「なぜ俺を殺さない?」
怒りを込めて、ネイトはウガキに向かっていう。
「小僧、貴様には、ただ処刑されて死ぬよりも過酷な仕事をしてもらう」
ウガキは酷薄な笑みを浮かべた。
「なんだと?」
「ある意味単純な仕事だ。ある女を攫う、それだけだ」
「女? たかが女一人を攫ってどうなるというんだ?」
「それはお前が気にすることではない。そしてこの仕事について、お前に拒否権なるものは存在しない。どれだけ困難で危険であろうと、貴様にはこの仕事をしてもらう。それが俺たちに歯向かった代償だ」
「断る。お前たちに使われるくらいなら、俺は自ら死を選ぶ」
嘲笑が飛んだ。ウガキ、そしてウガキの部下たちが、声を上げてネイトのことを笑い、嘲りの視線を送る。
「銃をろくに使えない貴様が、自死だと? 笑わせてくれる」
「銃が使えなくとも、舌を噛み切って死ぬことはできる」
「勇ましいことだ。だが、こういうのはどうだ?」
突然ウガキはレナに向けて発砲した。ネイトの頬の横を弾丸が通り過ぎた。レナの悲鳴が上がる。弾丸がレナの肩を貫く。赤い血が噴き出す。
「レナ」
ネイトは振り返り、レナの名を叫ぶ。AGWの兵士たちがネイトを押さえつける。
「てめえ、なんのつもりだ」
「貴様が仕事を受けないのなら、この女を徹底的に痛めつけ、嬲り、そして殺す」
レナの肩に赤く毒々しい花が咲く。痛みのあまり床を這いずり回るレナ。ウガキはレナの前に進み出る。ウガキは固い軍靴の爪先で、レナの銃創を抉るように触れる。きくに堪えない呻きとも悲鳴ともつかぬ声をレナが口からひり出す。
汚れた床に、黒っぽい血が塗りたくられていく。
人であることを放棄した人形か、もしくは機械仕掛けの神のように生気も感情も一切露わにすることなく、ウガキはレナに極限の痛みを与え続けた。
「やめろ、やめるんだ」
全身を押さえつけられながらも、ネイトは叫んだ。
薄汚れた部屋。朝の輝く光。白く清らかな光の中で、狂気と恐怖が押し寄せ、渦巻く。気味の悪い夢の中だと思いたかった。だが、レナの悲鳴が、紛れもなくここが現実の場だとネイトに教える。
「やめてくれ」
ネイトは懇願する。他の仲間たちも懇願する。
ウガキは凶行を止めない。
レナの声が小さくなる。レナが白目を剥く。
「それ以上は死ぬ。頼む、やめてくれ」
叫んだ。すると信じられないことに、ウガキはネイトの顔を見て笑ったのだった。それを見たネイトは息が止まりそうになった。不条理の神を目にしたような気分になった。
「仕事はする。女は攫う。だから、レナを痛めつけるのをやめてくれ」
ネイトはいった。
ウガキは白い歯を見せつけた。満足げな顔で、ようやくレナから足を離した。靴を床にこすりつけ、血を拭う。
ネイトの前でウガキが屈み込んだ。
「この娘は人質だ。そして、お前たちは女を攫ってこい。女の写真はこれだ」
ウガキは写真を取り出し、ネイトに見せた。写真に写り込むのは、冷たい表情をした若い女の横顔。どこかで隠し撮りをした写真のようだ。女の身なりはしっかりしている。女の周囲には、警護の人間がいる。
「この女は誰だ?」
「セガワ内務大臣の一人娘、アリスだ」
「内務大臣…」
この国の警察行政の中心人物であり、影の総理とも目される男。AGWにとっての最大の敵。その娘を攫えというのか。
「内務大臣の娘なら、厳重に警護されているはずだ。俺だけで攫えるはずがない」
「貴様の後ろにいるお仲間にも動いてもらう。もちろん、それなりの段取りはこちらも組んでいる。詳細はあとで部下のハタという者に説明させる」
「正気じゃない。とても成功できるとは思えない」
「貴様の意見などどうでもいい。誘拐にしくじれば、お前の女は死ぬ。お前たちも殺す」
レナを人質にされている以上、逃げ道はないのだ。
ネイトは顔を歪めた。
「くそっ」
ウガキはにやりと笑う。
「存分に働いてもらう。これでも貴様の働きは評価しているつもりだ。盗みの手並みは見事だった。盗む対象が物資から女に変わるだけだ。上手くやれ」
ウガキはいい終わると、手を払う動作をした。引き立てろという合図だった。ネイトたちは立たされ、銃を突きつけられながら歩かされた。
ネイト、ケイジ、ショウは目を覚ましたときにいた部屋に戻された。レナだけは別の部屋に連れていかれた。
殺風景な部屋に、三人の少年は叩き込まれる。壁にもたれて、座り込む。少年たちの表情は暗く沈んでいる。
しばしの重苦しい沈黙のあとで、ケイジが口を開く。
「あんたがいったことは嘘だった」
ケイジの目は憎しみと怒りに燃えていた。そしてその視線は、ネイトに向けられていた。
「相手を殺さないなら、こちらも殺されないなんて話は、まるで嘘だった。あんたの話に乗って、俺たちは盗みをした、誰一人殺しもせずに。だが仲間たちは殺されていった。あんたの口車に、あんたの嘘に俺たちは騙されたんだ」
「よせよ、ケイジ。そんなことをいったって…」
ショウがケイジを制止しようとしたが、ケイジは怒りを抑えられなかった。
「あんたは、ペテン師だ。詐欺師だ。俺はお前に騙されたんだ。どうしてこんな状況に、どうしてこうなっちまったんだ。畜生、畜生、畜生…」
怒りの先に絶望を感じたのか、ケイジは声を荒らげながら、泣き始めた。
ショウは困惑の顔で、ケイジを見つめた。
状況が暗澹たるものであるのは、わかりきっていた。ネイト自身も、この状況に泣き出したいくらいだった。
だが、レナが人質になっている以上、AGWに従って行動せざるを得ないのだ。
「こうするしかないんだ。こうするしか…」
ネイトは声を振り絞って、それだけいった。
三人の少年たちは、八方塞がりの状況、死の恐怖、先の見えぬ絶望に押し潰されそうになり、項垂れるしかなかった。
そんな少年たちの前に、威嚇するような荒々しい音を立ててドアを開き、AGWの幹部が現れる。
「セガワアリスに関する資料だ。頭に叩き込め」




