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デクステラ大陸物語—機構弓剣使いと精霊追いの魔導士  作者: 猫ろがる
第一章 行き倒れの天才魔導士
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幕間 追憶の章「かけがえのない日々」 02

 突如、誰かから怒鳴られたそこの俺は思わずハッとする。

 気が付けばマルルの双眸には、今にも溢れんとする涙が浮かべられていた。それを意地でも零さんと服の裾をギュッと握り締め、懸命に堪えている。

 やっちまったと、言い過ぎたと、そこの俺もばつの悪そうに視線を逸らしている。

 フィリオも取り巻きもどうしていいか分からず、呆然としていた。

 その状況を見かねた一人の少女――先程、そこの俺を怒鳴りつけた少女だ――が動く。


「リヒト、何でこうなったか説明して」


「エレナか……やだよ、めんどくせぇ」


 エレナはむくれたそこの俺を見て、ため息を一つ。

 喋りそうにもないと悟ると、今度はフィリオに説明を求めた。


「お願いフィリオ、説明して」


「うん、実は――」


 フィリオが喋り出そうとすると、マルルが「お待ちください」と割って入った。


「いいのです! 全部私が悪いのです! わ、私が、ふぃ、ふぃりおあさまに……ごめいわくをおかけしたのが、わ、わるかったので……す……グスッ…うぅ……」


 フィリオにこれ以上、面倒を掛けたくなかったのだろう。だが、それがきっかけでとうとうマルルの貴族として自尊心が崩れ、同時に瞳にため込んだ大粒の涙もポロポロと溢れだした。

 それっきり、マルルは溢れてくる感情と涙で喋れなくってしまい、その場で立ち尽くした。

 エレナは再びため息を吐くと、結局より詳しい説明をフィリオに求めた。





「――て、ことなんだ」


 フィリオが一通りの説明を終えると、エレナは「そういうこと」と理解した様子だ。

 それから振り返り、無言でそこの俺に近づく。


「リヒト」


 静かに呟いた。


「なんだよ?」


 そこの俺が仏頂面で返す――と、同時だ。

 バチンッ。と、エレナがそこの俺をひっぱたいた。


「イッテ! なにすんだよエレナ!」


 唐突の事でわけがわからず、そこの俺が吠える。

 しかし、エレナは聞く耳を持たず。今度は右頬めがけて振り抜いた右手を素早く返した。


「――チョッ!」


 バチンッ。重いがやたらとハリのある音が響く。

 さらに一拍置いてもう一発。


「――待っ!」


 バチンッ。とどめと言わんばかりに振り抜いた一撃は、容易にそこの俺を地面に転がした。

 なんだこの既視感。つい最近、同じ目にあった気が……。

 まぁ、それはともかく――。


 計三発の平手打ちをもらったそこの俺は、軽い脳震盪を起こしている頭を左右に振り、傍で仁王立ちをかましている少女を仰ぎ見る。


 綺麗な金髪に二本の真っ直ぐなおさげ。二つの瞳は蒼玉にも似た色に染まっている。一見、素朴に見えるがそこには確かな気品があり、着ている召物を見てもマルルと同じく貴族の出ということがよく分かる。そんな彼女が満足そうな笑顔で、そこの俺を見下ろしていた。


「痛ぇだろがエレナ! つーか、なんで俺がぶたれんだよ! 意味分かんねぇよ!」


 実際、かなり痛かった記憶がある。


「しょうがないでしょ、これが一番手っ取り早いんだもん」


 笑顔で告げるエレナに「はぁ?」としか返せないそこの俺。他の皆も呆気にとられていて、マルルも何事かと泣き止んでいた。

 エレナは踵を返すとマルルの元に歩み寄る。そこの俺を放って。

 放置されたそこの俺は、エレナの背中を見詰め「えぇ……」とだけしか呟けない。


「マルル、今のでリヒトの貴女に対する非礼を許してもらえないかしら?」


 馬鹿な友人を憐れむようにエレナが言う。実際(じっさい)後々気付いたが、この時の俺のマルルに対しての発言は充分に不敬罪にあたり、マルルがもしこの事を親父さん――伯爵に告げ口をしたとしたら、考えるだけでゾッとする。

 まぁ……つまりは、エレナの行動は今の事を憂慮した上であり、罪を帳消しにするためでもあったわけだ。


「エレナ、貴女……」


 マルルもそのことに気付いたんだろう。


「いえ、元はと言えば私がしつこくフィリオア様につきまとっていたのが原因なのです。私、そのことを恥ずかしく思います。ですからこれからは自重して、彼の言う通り貴族としての立場を理解し、相応しい行動をとりたいと思いますわ」


 そう言う彼女の姿はすっかり貴族としての威厳を取り戻していた。

 だが――。


「ですが! フィリオア様親衛隊としての活動はこれからも続けさせていただきます。もちろん、フィリオア様がお許し下さるならですが……」


 信仰活動はやめるつもりはないらしい。


 どうかご慈悲をと(うった)える視線が――マルルからだけでなく取り巻きも含めて――フィリオに向けられる。

 当の本人は「え、えぇ……あ、あはは……」とどう言ったものか悩んでる様子だ。


「お願いします! 迷惑になるようなことは致しませんので!」

「お願いします!」


 マルルに続いて取り巻きも懇願する。


「……うん、わかった。でも、僕が本当にやめて欲しいと言ったときはやめてくれると助かるかな」


 結局、押しに弱いフィリオはそれを許してしまう。優しすぎるのも考え物だな。

 当然の如く、フィリオの言葉に信者たちの表情がぱっと明るくなる。


「あ、ありがとうございます! フィリオア様!」


 声を揃えて一斉に言えるあたり、自称・親衛隊の名は伊達じゃない。


「はい、じゃあ一件落着ということで……あなた達、そろそろお昼に行かないと食べる時間なくなるわよ?」


 言いながら、エレナがある方向を指さす。

 エレナ以外の全員がつられる形でそこに顔を向けた。

 騎士学校の時計塔がある。時刻は昼を告げる鐘の音から、さらに十五分は経過していた。

 つまりは、あと十五分で食堂が閉まる。そのことが全員の脳裏に浮かんだ。


「ま、まずいですわ! お昼を抜いては午後の教練に挑めません! 皆さん、急ぎますわよ!」

「はい! お姉さま!」


 マルル率いる親衛隊が慌てて駆け出す。さすがの貴族も腹を空かすのは勘弁らしい。

 しかも、ここ騎士学校においては貴族だろうと教官だろうと身分に関係なく、時間が来たら問答無用で食堂を閉められる。それが食堂を任された料理長が決めた掟だ。


「フィリオア様! 今度、時間がありましたら私たちの会食に参加して下さると嬉しいですわ!」


 そう言って、遠くで無邪気に手を振るマルル。

 フィリオも優しい笑顔で、手を振り返した。

 それをいつの間にか起き上がり、傍らで眺めているそこの俺。


「なぁ、エレナ。これ解決したことになるのか? てか、俺が殴られる必要ってやっぱりなくねぇか? すげぇ、殴られ損な気がするんだけど……」


 いまいち釈然とせずぼやいていた。


「それはリヒトの自業自得でしょ。もう少し感情的にならず言葉を選ばないと、いつか大変な目に会うわよ。特に貴族相手には」


「わかってるけどよぉ……」


「ほら、もう行くよ! あなたたちのせいで、私まで食べ損ねちゃう」


 エレナがそこの俺の手をがっしり握った。

 突然のことで「なっ⁉」なんて男の癖に素っ頓狂な声をあげる。

 エレナは気にも留めずに、その手を引っ張り走り出した。


「お、おい! エレナ! 手を離せって、子供じゃねぇんだから!」


 それを照れくさそうに振りほどこうとするそこの俺。

 しかし、どことなく嬉しそうにしているあたり本当に分かりやすい奴だな俺は。

 

「なに言ってんの私達はまだ子どもでしょ! リヒトは特に!」


 屈託のない笑顔にこの時の俺は思わず見惚れてしまっていた。

 それを並んで走るフィリオにボソッと耳元で「よかったね」と言われてしまう。完全に見透かされていた。


 前方で、三人が笑いあいながら走っている。


 それはもう、夢でしか見れない光景。

 俺の数少ない青春の一幕。

 失ってから気付いたかけがえのない日々。

 俺はいつまでもそれを見ていたくて、三人の背中を追い続けた。

 しかし三人との距離はどんどん離され、周囲も徐々に白み始める。


 無情にも夢の終わりを告げていた。


「……もう、終わりか」


 正直、名残惜しい。もう少しだけこの夢を見続けたかった。

 俺は足を止め、離れてく三人の背中を見送る。

 

「きっと、またいつか……」


 最後に呟くと、視界の全てが白に包まれた。

 




お読みいただきありがとうございます。

次回二章に突入します。が、二章は戦闘描写とかないので少し退屈かもしれません。ただ色んな組織やイデアルタ共和国の内情、他国との関係等々、今後の物語を展開する上で必要な情報を散りばめるので気にして読んでいただければと思っています。

そして三章で戦闘描写とシリアス展開を一気に加速させます。一章で見られなかった主人公の復讐者としての顔が見られるかと思います。

では次回、20時以降に投稿します。m(__)m


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