貧弱パーティ
そのガラの悪い男はどうやら本当に康孝の知り合いであったらしい。
「勝兄ぃ」と呼ばれた男は今、良英さんの入ったばかりのお墓に手を合わせて静かに祈っていた。
「…本当に死んじまったんだなぁ」
勝兄は立ち上がって、康孝の頭を力任せに撫でつけながら質問した。
「お前、これからどうすんだ」
「おれ…?」
康孝は俺とあかりをチラッと見る。
「…じいちゃんは、自分みたいな人をふやしちゃいけないって、家康がやったように、この国を平和にしろって言ったんだ。だからおれ、この国を平和にしたい」
そして顔を上げた。
「けど、そんなやり方、おれ分かんねえもん。なあ、どうやったら平和になる?どうやったらこのたたかいをおわらせられる?」
「俺が知るか」
勝兄はバッサリと答え、そして俺らに向き直った。
「つまりはだ、お前らが良英さんの最期につきそって、んで良英さんに康孝の事頼まれたんだろ?」
俺とあかりは頷いた。
「じゃあ、こいつらと相談してみろ」
あっさりと勝兄は俺たちに話を振ってきた。
「…その話なんだけど…」
俺は住職さんと話した話を伝えた。
住職さんは友人である良英さんの孫である康孝を引き取ってもいいと言っていること、自分たちは部外者であるからこの寺を去ること、ここにいると食いっぱぐれることはないということ、そして俺もあかりも康孝を満足に養育できる状況ではないこと等々…。
一通り話し終えてから俺は康孝の顔を見た。
どこかキョトンとした表情をして俺とあかりを見ている。
「おれ、おいて行かれるの?」
心臓にグサッと言葉が刺さった。子供のいう事は、どうしてここまで一直線に大人の心に突き刺さるものなのだろう。
「今、言った通り、俺とあかりじゃ、お前に一日三食満足に食べさせてやれないんだ。お前だって、腹が減ってもろくになにも食べられなかったら嫌だろ?それにここはお前の生まれ育った町だし…」
俺が諭すように康孝の目線に合わせて言うが、康孝はすがるように俺の手を掴んで俺の言葉を遮った。
「なんで?おれジャマなの?」
また心臓にグサッと言葉が刺さった。康孝は早口で続ける。
「だって、じいちゃんとやくそくしたよな?おれといっしょに日本を平和にするって」
康孝を頼む、と言われた記憶はあるが、それは約束した記憶はない。
だが、そう否定するとまた康孝がさらに見捨てられたかのような目で俺を見てくるだろう。この真っすぐに見てくる目はあまりにも俺の心を締め付けた。
俺はしばらく考えこんだが、康孝の顔をみて問いかけた。
「俺はな、とりあえずあかりを家に送って、そのままそこで住む家でも探そうと思ってたんだ。岐阜だ。岐阜って、どこにあるか分かるか?」
康孝は首を横に振る。
「ここから多分、一時間はかかる場所だ」
「実家まで二時間半以上はかかる」
あかりが訂正する。
案外と岐阜って遠いんだな、と思いながら俺は続けた。
「それくらい遠い所にいくんだぞ?俺だって向こうにいって家を探すって言ったってどうなるかわからないし、自分で自分の事が不安でしょうがないんだ。
これから毎日飯が食えるかな?そもそも身元もちゃんとしてないんだから家も紹介してもらえるかな?とか…。そんな安定しない生活と、一ヵ所に定住…ずーっと居られて三食の不安もない生活、どっちがいい?」
康孝は、歯を食いしばり顔を真っ赤にしながら俺を睨みつけていたが、急に目からボロボロと涙がこぼれだした。
俺は急に泣き出した康孝に驚いてその場で硬直して康孝を見る。
「隆康は、おれがいらないから、ここにおいてくつもりなんだろ!じいちゃんとのやくそくも、やぶるつもりなんだろ!」
「そんなつもりじゃ…」
「じゃあ、おれも行く!おれもいっしょについて行く!」
「それは…」
俺は思わずあかりと勝兄の顔を見るが、あかりは何とも言えない表情で俺たちを見つめ、勝兄は自分は関係ないとばかりに明後日の方向を見ている。
「みんなおれのことおいて行くんだ!」
康孝は嗚咽交じりに俺に拳を振り回して殴りつけてくる。そしてその一言がまた俺の心に突き刺さった。
そうだ。康孝の家族は良英さんも、両親も、お婆さんも皆亡くなってしまった。
康孝は一人になってしまったんだ。
それなのに俺らまで康孝をここに置いて行くと言い出したら、まるでここに見捨ててしまうことになるのではないか。
だが、連れて行くとなると…。
「いいじゃねーか、本人が行くっつってんだから」
勝兄が康孝の頭を掴み顔を上げさせ、康孝を見下ろす形で視線を合わせた。
「そのかわり、後から戻りたいだの、行かなきゃよかったなんて泣き言いうんじゃねえぞ。てめえが言いだしたんだからな」
康孝はそう言われて、口を引き結んで答えた。
「うん」
「っつーわけだ。康孝がいいっつってんだから、いいだろ」
勝兄が康孝の頭から手を離して俺の顔を見た。
「あ、はい…」
この勝兄という人は、なんて単純明快なんだろう。なんだかさっきまで康孝を説得しようとグダグダ言っていた俺が、どこか間抜けみたいだ。
「おい」
勝兄が俺に声をかけてきた。
「はい」
俺は勝兄に向き直る。
「俺も行くからな」
「はい!?」
俺が驚いて勝兄をまじまじと見た。
「元々、こいつの家に居つくつもりだったんだ。ああなってから、家に居るの嫌になってよ」
ああなって、とは、憲法も法律も全て無くなったあの事だろう。
「うん、いいよ。いっしょに行こう。じいちゃんも勝兄ぃがいっしょなら、よろこぶと思う」
康孝は涙を拭きながら頷いた。
「…なんか、段々と人が増えていくね」
あかりが俺にそっと囁き、俺は、
「ずいぶんと戦闘力の低そうなパーティーだな」
と少々呆れながら毒ついた。
「じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん。おれ、みんなといっしょに日本を平和にするよう、がんばるよ」
康孝は墓に手を合わせながらそう言った。俺も、それに倣って墓に手を合わせる。
(良英さん…俺、そんな約束までした記憶ないんですが…どうすればよいですか…?)
それに答えが返ってくるわけはない。だが、何となくこういう状況になったら良英さんはどこか楽しそうに微笑みながら見守っているのではないかと、俺は思った。
* * *
あかりが呆然と呟いた。
「嘘…」
ここは東京駅である。
だが沢山の人が、人の隙間を縫って行き交い、怒号のような喋り口で携帯に話したり、イライラと足を動かしたり動き回っている。まるで檻の中でウロウロしている動物のようだ。
俺たちは住職さんに別れの挨拶をしてここに来た。
住職さんは、
「辛くなったら戻って来てもいいんだからな」
と優しく声をかけていたが、康孝は首を横に振って、
「それはしないって、やくそくした」
と真っすぐに答えた。
子供ながらに男らしい返事だと俺が思っていると、住職さんは笑いながらそうか、そうかと頭を撫でて俺たちを見送った。
そしてそのまま電車で岐阜に行こうとしたのだが…。
「すっげー…」
俺も思わず呟いた。ここまで酷いのはお目にかかったことが無い。まず新幹線は全滅だ。全く動いていない。
もはや都内しか乗り換えもできないのではないかと思えるほど県外に出る電車も止まっている。
「えきいんさんにきいたんだけど、山手線いがい、全ぜんうごいてないみたい」
康孝が手を振りながら駆け寄って来た。
「すげーな」
勝兄も全く来ない電車にイライラしているサラリーマンたちを見ながら呟いた。
俺はふと思い立って、
「そういえば、勝兄さんは東京の人?」
と聞いた。
「いや」
最初は酷く恐ろしい人だと思ったが、少し話してみると顔と態度が不愛想なだけでそこまで悪い人ではないらしいと分かった。
「じゃあ、ここまでどうやってきたの?」
「バイク」
「バイク?」
俺は思い返すように聞き返した。確か寺からここまで来る間バイクらしきものを触ってもいなかったが…。
「油無くなったから途中で捨てて、あとは歩きだ。どうせ親のだから惜しくねぇ」
「…」
俺はそれになんと答えればよいのか分からなくて黙っていた。ワイルドすぎる人だ。
思えば家にいるのが嫌になったからここに来たと言っていたし、俺みたいに色々とあったのだろうか?
「えー…もしかして、ここから岐阜まで歩かないといけない系…?」
あかりが自分で言っておいてどこか否定してほしそうな顔でこちらを見てくる。
「バスっていう手もあるんじゃないか…?」
俺がそっと提案すると、三人も頷いて駅を後にした。
行き過ぎる人々の顔をチラチラと眺めるが、怒っている人がダントツに多い。特にスーツを着込んだ企業戦士感のある人たちだ。
ともかく時間に追われているのにどうにもできない苛立ちなのだろう。
次に多いのが不安そうな顔をした人だ。必死になって乗れそうなものがないか、どうにかして東京から外に出られないかと駅員に懇願したり、隅でジッとして自分の身を守るように腕を組んでいる。特に一人の女性に多い気がした。
「…これからが不安なんだよね」
あかりも同じものをみていたのだろう。ポツリと呟いた。
「ほら、私は皆と一緒だからなんか、楽観的に構えてられるけどさ。やっぱり一人暮らししてる女の人もいるじゃない?一人だと、やっぱり不安なんだよね」
そりゃ、今までの暮らしが一変したんだし、今の世の中不安だらけだ。それに良英さんを殺した、企業絡みの変な輩まで出てくる始末…。
そういえば、あいつら戦国武将の子孫を集めてるとか言っていたな…。
もしかすると、まだ康孝を狙っている可能性だってある。それにサウザント・ダースと言えば本社は東京であるし、やはり康孝を連れて東京からさっさと出て行った方がいいのかもしれない。
俺はそう考えながら、思わず早足になっていった。




