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現代が戦国風味ですと?  作者: 石山乃一
8/13

新手か!?

それからの事は、あまりに慌ただしくてよく覚えてはいない。


良英さんの遺体が救急車で運ばれたこと、消防車が手を尽くしたけど家は半分以上焼けてしまったこと。


そして良英さんの葬儀、火葬、納骨は粛々と進み、俺とあかりは納骨が終わってから良英さんの入った墓にようやく手を合わせた。

最期に一緒に居たとはいえ、元は他人であるし葬式用の喪服も持ち合わせていない。

そんな理由で俺とあかりは葬式、火葬と自粛した。


「隆康、一人になっちまったなぁ」


納骨が終わった後、俺が寺の縁側で座っていると、良英さんと友人だったという住職さんが隣に座ってぽつりとつぶやいた。


「あいつはなぁ、自分の家全部捨てて、カミさんと逃げたんだよ。駆け落ちだな。だから、葬式にも親族なんて誰も来なかったろ。あいつ、自分がどこから来たとか言わなかったし、親族が訪ねてきたなんてことも聞いた事ねえしよ」


俺は黙ってそれを聞いていた。


そして正座して住職さんに向き直り、深々と頭を下げた。

「色々と、ありがとうございました。葬式も火葬も、全部やってもらった形で…しかも寺に泊めていただけたし…」


葬式の一般的な代金など分からないが、恐らくかなり住職さんが値切っていたのではないか。ここの住職さんと葬儀屋が大いに揉めていたのを俺は陰から見ていた。


「なにを。康孝から話は聞いたよ。お前さんが良英のこと最後まで守ってくれたって。あの女の子も康孝を守ろうとしてくれたって。俺からの感謝の分だよ馬鹿野郎」


(守ってなんか…)

俺は口を噛みしめて地面を見た。

俺が転びさえしなければ良英さんはあんなことにならなかったかもしれない。俺が転びさえしなければ…。


「で、これからどうすんだい」

「これから…ですか」


葬儀が一通り終わるまでここにお世話になろう、と思い、俺は住職さんの仕事の邪魔にならないよう寺の奥に引っ込んでいた。

それでもひっきりなしに電話がかかってきたり、葬儀屋や喪服を着た人がひっきりなしに訪れているのは知っていた。


もちろんこれ以上は世話にはなれない。


「良英さんが、亡くなる前は、あかりを岐阜に送り届けて、俺も住む場所を提供してもらうつもりでした…」


しかし、そうなると康孝はどうなる。


良英さんが亡くなって以来、康孝はめっきり口数が減ってふさぎ込むようになってしまった。


そりゃそうだ。

唯一の家族であった良英さんが目の前で殺されて亡くなった上に、住んでいた家が焼けて住めなくなったのだから。


俺が黙り込んだのを見て、住職さんはゴソゴソとタバコを取り出して、ライターで火をつけた。


「康孝、俺が引き取ってもいいぜ。お前さんもあの女の子も独身だし、お互いこれから結婚して康孝を引き取るなんて仲でもねぇだろ。俺ん所は子供が一人増えても檀家が消えない限り安泰だ」


タバコの煙を吐き出しながら住職さんが言う。


「でも、良英さんに康孝を頼むって言われて、はい、って言ったんです」


「しかしだな」

住職さんが俺に顔を向ける。


「良英への義侠心で言ってるのは分かるけどよ、子供一人育てるってのは大変なんだぜ。お前、自分を養いながら康孝を養えるか?一日三食満足に食わせてやれるか?

お前さん、家を追い出されて今は家も無えっていうじゃねえか。厳しい事言うだろうが、お前さんみたいな独り者で自分も養えねぇ宙ぶらりんの生活送ってるやつに子供は任せられねぇよ」


俺は黙り込んだ。


何も反論はできないし、俺だって今言われたような事は考えていたのだ。


康孝と俺は一週間ほど前に偶然会った他人同士。


全く縁もゆかりもないし、仕事もせず家もない男に子供を預けるなんてありえない。


良英さんだって、あの時は俺しか康孝を頼める人がいなかったから俺に言ってきたわけで、きっと俺と住職さんが並んでいたら迷わず住職さんに孫を託しただろう。


それに俺だって康孝を満足に養える自信は全くない。


今まで家族に養ってもらうばかりで人を養ったことなどないし、今持っている自分の金を見ても不安の感情しか浮かんでこない。


(それだったら、この住職さんに預けた方が、康孝も幸せなんじゃないだろうか)


俺はそう思いながら住職さんを見た。

住職さんの深いしわの刻まれた顔と、力強い目が俺を見ている。


俺は何も言わなかったが、住職さんには俺の思っていることが分かっているのだろうか。


どこか優しい目つきになって、

「俺が康孝に言うかい?」

と聞いてきた。


俺は空を見上げた。


最近、晴れが続いていて今日も晴れだ。時間的にも出立するにはちょうどいい時間帯だろう。


「康孝には挨拶がてら俺から言います。今まで重ね重ね、ありがとうございました」

俺はさっきより住職さんに深々と頭を下げた。

自分の腹がつっかえてあまり頭を下げている感じはしないが、俺なりに精一杯の礼だ。


そういえば、あかりはどこだろう。


あかりは泊めてもらうなら雑用でもなんでもするという質らしく、至る所を掃除したりしていた。


今もきっとどこかで掃除をしているのかもしれない。

俺はのしのし歩いてあかりを探した。

「ああ、隆康」

寺の中を歩いていると、あかりの姿を見つけた。


今は特になにもしていなかったらしく、小さい部屋の中で携帯を片手にいじっている。(俺が携帯、と呼ぶたびにあかりが「スマホね」と訂正してくる)


あかりも良英さんが亡くなったその日から表情が乏しくなって暗くなった。肌の色も最初に会った時よりくすんでいるような気がするし、なんだかやつれたような気がする。


俺はあかりの居る部屋の外から、今住職さんと話したことを話した。


あかりは黙って最後まで聞いて、ふう、と溜息を一つついた。


「そうだね。隆康が子供一人育てられるわけないだろうし、私だって…」

あかりは視線を俺から外し、

「私だって、色々考えた。康孝を岐阜に連れて行こうかとか何とか…。けどやっぱりどう考えても岐阜に連れて行った後のこと考えると…」

あかりの声はどんどん沈んでいく。


「家のお父さんとお母さんは頭固いし、なんで連れてきたとか言いそうだし、それにまず康孝がどうしたいのか聞いてからじゃないと。康孝の家族は全員、ここのお寺で眠ってるんだから」


「…ここに居た方が、幸せだと思うけどな」

何より食いっぱぐれる心配がないのが第一だ。


「とりあえず、康孝を探そう?」

あかりが立ち上がった。


「康孝?」


ふいに野太い声が聞こえた。


驚いて俺が声のした方向へ顔を向けると、俺より背の高い男がすぐそこに立っている。


(誰だ?)

俺は不審者を見る目つきでついその男をまじまじと見た。


ここの寺に住んでいる家族の人ではない。

服は今どきの若者らしい服を着ていて、どう見ても寺に参拝しに来た人のようにも見えない。


それにその男の顔。


その顔は眼光が鋭くて不機嫌そうな表情を浮かべてポケットに手を入れて俺を上から威圧するように見下ろしてくる。


俺だって身長は百七十センチほどはある。それなのに見下ろされるという事は、相手の男の身長は百八十センチは超えているだろう。


「今、康孝っつったな?どこだ」


男が一歩間合いを詰めてくる。


いや、一歩進んできただけだが、どこかそういう表現がふさわしい足の運び方だ。


俺は思わず一歩後ろに引いた。


男はそれ以上近寄らず、俺を睨みつけている。

「あんた、今康孝っつったよな?どこだよ」

俺はもう一歩後ろに引いて思った。


こいつは良英さんを殺して、家に火をつけたあいつの仲間ではないか。あかりも廊下に出てその男の姿を見ると、どこか緊張した顔つきになった。


そうだ、この男は見るからに一般の人には見えない。一言でいうとガラが悪い。


「名前は?」

俺がそう聞くと、相手の男はあからさまに不機嫌な顔になって俺を睨みつける。


「なんで」


なんで、と聞かれても、怪しいからとしか言えない。


明らかに康孝とは知り合いと言える見た目でも年齢でもないし、どう考えても康孝や良英さんとは住む世界が違う人物だ。


(しかし)

俺はその男をじっくりと観察した。


この間良英さんを殺害して火をつけたあの男…佐々木なんとかは、自分より背も低いし細かったので、自分の体重でごり押しすればどうにかなると思った。

だが、この目の前に居る男はどう見ても自分より身長も高いし筋肉もしっかりついているし強そうだ。


どう頑張っても勝ち目はない。パッと見からして喧嘩も強そうに見える。


「康孝に何か?もしかして、サウザント・ダース社の奴じゃねえだろうな。それだったら、絶対会わせるわけにはいかない」


俺があかりを自分の後ろに寄せながらそういうと、男は面倒くさそうに舌打ちをして口を開いた。

「何様のつもりだよ、てめえ」


さっきより怒気をはらんだ声に体から汗が噴き出る。俺はじりじりと後ろに下がった。あかりも俺が下がっているのに気づいているのだろう。


「いいから、康孝出せ」

男がずんずんと詰め寄って来る。俺は身構えた。


「大体にして、てめえこそ誰なんだよ、康孝の事なんで知ってやがる?てめえらの方がよっぽど怪しいじゃねえか」

目の前の男がそう言ってくる。


「本当に康孝の知り合いなのか?」

「だったらなんだよ」

男はいちいち突っかかって来る。


「それなら、康孝の家族の名前言ってみなさいよ」

あかりが俺の後ろから前に出て人差し指を男に向ける。


男があかりに目を向けると、あかりは素早く俺の陰にピャッと隠れた。

こんな状況下ではあるが、思わずその行動にキュンとしてしまう。


それなりに俺はあかりの盾にされるほど頼りにされているのだろうか。まあ、もしかしたら本当に肉の盾くらいにしか思ってないだろうが…。


「…爺さんが徳川良英さん、婆さんは徳川楓さん、親父さんが徳川良康さんでお袋さんが徳川信子さん、その息子が徳川康孝。これで満足かよ」


あかりの行動に毒気が抜かれたのか、男は素直に答えた。


それより、康孝の祖母と両親の名前は分からないので正解とも違うとも言い難い。


しかし、全員にさん付けなのでそこまで悪い人物ではないのだろうかとも思えてきた。


「えっと…徳川一家とはどういう仲で…?親戚の方…ですか?」

「違う」


「…誰かの友達、とか…」

男は少し頭を傾げ少し考えてから、

「そういう仲でもねえ」


「…」

じゃあどういう仲なんだよ、と突っ込みたいが、やはりまだ警戒は解けないのでそうも言えない。


ただ、サウザント・ダース社の奴ではなく、本当に徳川一家の知り合いなのかもしれない。それにしては良英さんや康孝とは毛色の違う人物であるようだが…。


「あっ」

甲高い声が聞こえた。その男の向こうに、康孝がいる。


「勝兄ぃ…?」

康孝の顔には、戸惑いの中に少しうれしそうな表情が覗いている。最近はずっと曇った顔ばかりだったので、少しでも明るい表情を見たのは久しぶりだ。


「なんか、本当に知り合いみたいね」

あかりがつぶやき、俺は頷いた。

「だな」

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