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現代が戦国風味ですと?  作者: 石山乃一
3/13

ヤンデレか、妖怪サトリか

「誰、それ」

女の子は瞬間的に俺の期待を跳ね飛ばした。


俺の頭の中で、ルーさんが女の子で、その女の子が俺を探し回っていて、ついに見たことも無い俺を探し当ててくれたのだ…という妄想が頭を駆け巡っていたが、その一言で俺は冷静になった。


とりあえず、差し出されたハンカチを借りて目がしらを抑える。

「あの…ハンカチありがとうございます…。と、ところで、何か御用ですか…?」

別に引きこもりというわけではないから、スーパーや本屋やオタク系の店で女性店員とも普通に話せる。だが、用もなく女の子から声をかけられるということは今までなかったので妙に緊張してしまう。


「だって、なんか数時間前からずーっとここにいるし、目の前通り過ぎようとしたら泣き始めるしで…死ぬところじゃないかと思って…」

確かにお先真っ暗状態ではあるが、そんな簡単に死んでたまるか。


「大丈夫です」

そんな死にそうな人間と思われたのかと思いながら、俺は憮然と呟いた。

「何とかなります」


相手が女の子だから虚勢を張ってみたが、何とかなりそうな気配は全くない。今もネットの知り合いの名前を呟いて泣きべそかいていたなんてとてもじゃないが恥ずかしくて言えない。

女の子は、ふーん、と興味があるのか、無いのかわからない曖昧な返事をした。


そしてしばらく黙り込む。


何なのだろう。どうして黙って自分の前に立っているのだろう。少し気まずくなってきたころに、女の子は口を開いた。

「何とかなって、いいね。私はお先真っ暗」


驚いて俺は顔を上げた。顔を上げて、俺は女の子の顔を初めて見る。

(あ、可愛い)

髪の毛は肩まで、軽く茶色に染めた髪の毛、眼鏡は赤のフレーム、背中には小さめのリュックを背負った女の子だ。

歳は…俺と同じくらいか、それより下の二十代前半か。


「語ってもいい?」

「え…」

「私に降りかかって来た不幸を語りたいの」

可愛い女の子で浮き上がっていた俺だが、そのセリフで浮き上がっていた心が平常心まで下がった。


そして思う。この子、もしかして性格がヤンデレ方向の子じゃないか…と。

「手短になら…」

ハンカチを借りた手前、無下に追い返すこともできない。そういうと、女の子は少し間を開けてベンチに座った。


「私、昨日東京に来たの」

「…観光?」

俺がそう聞くと、女の子は頭を振る。

「仕事で地元から東京の会社に栄転になったの」

「あ、そう…」

仕事の話は聞きたくない。しかも栄転ということは、この子、中々に優秀な人材ということではないか?


「けど、今朝になってこの騒ぎでしょ…?今朝仕事に行って仕事教わってたら、こんな時に新しい奴は要らないとか言われて…追い返されて…マンションに帰ったら管理人に家追い出されて…」

話しながら女の子の顔色がどんどんと悪くなっていき、言葉もとぎれとぎれになる。

「どうして追い出されたの」


同じく家を追い出された身として、そこは気になるし黙ってはいられない。女の子は俺に顔を向けた。

「そこ、社営マンションだったの。雇われないんだから、住めるわけないでしょ」


「けど…それ酷いじゃないですか?雇用契約とかはしてるんですよね?」

俺がそう聞くと、女の子も頷きながらリュックから紙を取り出して俺に見せる。確かにこれは雇用契約の紙だ。


「ハンコもちゃんと押してるし…これだったら、きっちり契約してることになる。だから君を雇わないということは法律違反だよ。もう一度会社に行って掛け合ってみるべきだ」

俺が雇用契約の紙を見ながら言うと、女の子は自虐的に笑った。


「もう法律とかそんなのないんですよ」

俺は言葉に詰まった。そうだ。今はそういう法律だの憲法だのが無い無法地帯だったのだ。

「住むところも働く場所も無くなっちゃって…もう私どうすればいいんだか…東京暮らしだヒャッホーイって喜んでたのに…家に帰るお金もない…」


「…」

もしかして、家に帰るお金をせびられるのだろうか。

そうだ、それしか考えられない。そうじゃなければ自分のようなデブ男に声をかけ、しかもハンカチを貸す女がいるものか。


「そ、そっかー、大変だね…」

俺はそれなりの感情を込めて心底同情しているふりをした。すると女の子は冷めた目つきで俺を横目で見た。

「…別にタカろうだなんて思ってないわよ、こんな公園で数時間も過ごして涙目になってる人が金持ってるだなんて誰も思いやしないし」


妖怪、サトリか!?


俺は驚いて女の子を見た。

「どうして俺が考えていることがわかる!?って考えたでしょう?」

女の子は俺を怖がらせるかのように身を乗り出して言うが、

「いや…。妖怪サトリか、って考えてた」

と素直に答えた。


女の子は少しつまらなそうな顔をして体の位置を元の場所へ戻した。

「あなたさー、本当はマンション経営している人だったりしないの?それだったらいいなーって、私は思ってるんだけど」

「そんなご都合主義な人生だったら楽だよな」

と、ここまで言ってて、自分は案外と普通に女の子と話せるんだ、と感動した。しかも見た目もそこそこ可愛い子と。


「もう日暮れるけど、あなた家に帰らないの?」

「…実は」

俺は朝からの出来事を女の子に話した。話しているうちにもっと日が暮れてくるが、女の子は黙って俺の話を聞いてくれる。

「なーんだ、つまりあなたも私も家なき子なんだ」


「当てって言っても、ネット上の知り合いしかいなくて…」

「それが最初に言ったルーさん、ってこと?」

俺は頷いた。

「女の子なんだ?ルーさん」


「いや…男だと思うけど」

なぜならよく参加しているゲームファンが集うチャットのゲームとは、18禁ものの男向けRPGゲームだからだ。

女の子がいると最初から誰も思ってチャットはしていないし、女の子っぽいのがいたらネカマだと思って付き合っていた。


「けど…どうしようかなって…」

「うん、気持ちすごく分かる…」

どっちがどっちのセリフかは想像に任せるが、お互い放心状態なのには変わりがない。

すると、遠くに子供が立っている。


「ああいいな、子供は。…帰る家があるんだろうな」

「昔話のエンディングテーマみたいね」

俺は心底羨ましいと思いながらその子供を見ていた。が、次第にあることに気づいた。


子供が黙ってこっちを見ている。そんな気がする。

俺は視線をずらし、また視線を元に戻した。

やっぱり子供の顔がこっちを見ている気がする。

と、子供が歩き出し、どんどんとこっちに近づいて来ている。


隣の女の子も近づいてくる子供の存在に気づいて子供に目を向ける。子供はどんどんと歩いてきて俺と女の子の前にドンっと仁王立ちした。

何だ、何だ、何の用だ…?俺も女の子も何事かと子供を見ていると、子供は口を開いた。


「なぁっ、帰らねーの?」


勢いよく子供が喋る。子供のキンキンとした高い声に俺は思わず目をしかめた。

「えーっと…」

隣の女の子もいきなりの質問にどう答えようか悩んでいるようだ。そりゃそうだ。子供に家を追い出されただの、仕事がなくなって社宅に居られなくなっただの言えるわけがない。


「あのなっ」

子供がまた勢いよく話し出す。


「今な、こんなじせーだから、夜おそくまで外を歩いちゃだめだぞって、おれのじーちゃんが言っててな、だから日が暮れる前には家にかえるんだぞって言われてんだ!だから、兄ちゃんとねぇちゃんも早く家にかえった方がいいんだぜ!じゃないと、やっかいな人に目ぇつけられてあぶないかもしれないからなって、おれのじーちゃんが言ってた!」


子供はどうしてこんなにまくしたてるように話すのだろう。

どうも子供に慣れていないせいか、声が耳にけたたましく聞こえる。

「そうね、早く帰らないとねー」

女の子がそう言って立ち上がった。そして俺にも目くばせをする。その目くばせの意味が俺は理解できず、ぼんやりと座っていたら、女の子が俺を睨み気味に見て手を下から上に動かした。


つまり、「立て」のジェスチャーだ。

なぜ、どうして帰るあてもないのに…と思いながら立ち上がると、女の子は子供に話しかけた。

「お家どこ?危ないし家まで連れて行くよ?」

俺は驚いて女の子を見た。


まさか、この子、この子供を家まで連れて行ってそのまま連れてきてやったと恩着せがましい事を言って泊めてもらうつもりじゃないだろうな…!?

俺が呆然と女の子を見ていると、女の子は俺をチラッと見た。


「なんか良からぬこと考えてるでしょ」

「え…うん…」

やはり妖怪サトリではないだろうか。


「この子の言う通り、こんなご時世でこんな日暮れ時に歩かせるのは感心しないのよ。昔っからこの時間帯が子供がさらわれやすいし、この子もここら辺の子でしょ?私はここら辺の地理に明るくないけどあんたはこの辺の人だから大体分かる。だからついて来てほしい。分かる?」


いう事は筋が通っている。しかし…

「別に迷子ってわけでもなさそうだし…一人で家に帰れるだろ。過保護すぎだろ」

俺はそうつぶやいた。女の子はムッとして俺を睨みあげる。

立ち上がるとその細さと背の低さが際立って分かった。まあ、俺が横に太いから余計そう思えるだけかもしれないが。


「ただ動くのが面倒くさいんでしょ、体が重いから」

「…はぁっ?」

流石に俺もイラッとして言葉に棘が出た。


自覚はしている。俺は太っている。だからと言ってほぼ初対面にデブ扱いされるのは胸糞悪い。

「つーか、失礼だよな?あんた。思えば初対面なのに敬語も使わねーし、お前ため口で余計な事言ったから会社の方だってお前の事要らねーって言ったんじゃねーの」

言ってはいけないことだと思いつつ、口からはスラスラと小馬鹿にする言葉が飛び出していく。


ネット上で様々な文句や愚痴を書き綴っていたせいか、人を馬鹿にする言葉は堪能になってしまった。

そのせいで、家族に面白くない事を言われるとついネットで書き込むのと同じように相手を小馬鹿にしながら正論らしい言葉を並べてやり過ごしてしまう。


いけないことだ。治さないといけない。そう思いつつ、ついネットと同じような対応をしてしまう。


女の子はさっきよりムッとした表情を浮かべ、

「あー、はいはい。敬語使わないで悪ぅござんしたねー!でもあんたみたいに仕事もしないニートよりマシですぅー!」

「んっだ、コラ」

思わず素で喧嘩口調の言葉が飛び出る。そしてそんな言葉が飛び出て俺は自分でも驚いた。


今の今まで、家族以外でこんな風に喧嘩口調が出ることなんて無かったのに。

相手が自分より小柄で非力そうな女の子だから?いや、会社時代にもこれくらい小柄な女の子は居た。居たし、どんなにいじられてもこんな風に声を低くして喧嘩口調になることなんて無かった。


(不思議だ…)

俺の怒りはどこかに飛んでしまい、マジマジと女の子を眺める。

「あのな!」

と、子供が俺と女の子の間に割り込んできた。


「ケンカはだめなんだぜ!先生に怒られるぜって、シュリケンジャーが言ってた!」

シュリケンジャーとは、子供向け連隊物の番組である。子供向けとはいいつつ、イケメンが多いので女がよく見るものであり、俺みたいなオタクの一部の連中も見ている番組である。


「シュリケーン、レッド!」

子供が急に決めポーズをしてきた。そしてレッドの決めポーズを完璧に決めてみせる。

「シュリケーン、ピンク!」

途端、女の子もキレのある動きで手を動かし、ピンクの動きを完璧に決めて見せる。


な、何だこれは?


と思っていると子供と女の子がこちらをチラッと横目で見てきた。

何だ、その目は?もしかして俺にもやれと促しているのか?

俺もやけっぱちになって手を動かした。

「シュリケーン、ブルー!」


毎週見ているが、動きなんて真似たことは無いから二人と比べるとどうも動きにキレがない。すると女の子が噴き出した。

「ブルーっていうより、敵のゴーンだよ。ねー」

ねー、と言いながら女の子が子供の顔を覗き込むようにしながら言うと、子供は吹き出し、俺を指さして


「ゴーン、ゴーン!ゴーンだ!」

と言って大爆笑する。

ゴーンとは敵の三枚目役であり、いつも敵方のボスの足を引っ張るような間抜け役で、太っている。


「うるさい!」

子供にまで笑われて俺はさっきの言動が凄く恥ずかしくなり、何故あんなことを…と後悔した。

「今日の朝のシュリケンジャーな、こっかいちゅうけーとかでつぶれちゃったんだー」

子供がそうつまらなそうな声で言う。

そうか、今日は日曜日だったな。すると、女の子も


「そうだね、潰れちゃってたね。前回はレッドとブルーが喧嘩してそこに目を付けた敵がレンジャーを分断させようと目論んで、今日はレッドがブルーと仲直りしようとするんだけどブルーが頑固でレッドを避けて…そんなすれ違いの恋みたいな話だったんだけどね。残念だったよねー」


俺は女の子の方へ首を向けた。今の言葉をきいて俺はある疑惑が浮上し、女の子の前に立ちはだかった。

「なぁ、質問していい?」

女の子は目の前に来た俺を不思議そうな目で見上げる。上目遣いの女の子の破壊力にやられそうになるが、それでも俺は耐えて女の子に質問した。


「攻めの対義語は?」

俺が聞くと、女の子は

「受け」

と即答し、そして急に慌てふためいて

「いやいやいや、防御!防御!」

俺はニヤッと笑った。


何となく、どうして俺がこの女の子に対して色々と話しやすいのか分かった気がする。俺は子供には聞こえないくらいの小さい声で呟いた。

「お主、腐女子だな?」

腐女子…男と男が仲良くしてるボーイズ・ラブが好きな女の総称だ(一部にはBL嫌いな女オタクもいるらしいが、俺はそういう奴には会ったことが無い)

更にざっくり言えば俺もオタクだし、この女の子と同じ穴の狢だ。


(そうか、だからなんとなく話しやすいのか)


俺は一人で納得して腑に落ちた。女の子は口をへの字にして何か言いたげに俺を見ているが、そのうち諦めたようでふんっとそっぽ向いた。


「別に俺、そういう偏見とかねぇけど」

男の中にはそういうのに対して嫌悪感を持っている奴もいる。素直に男の友情やストーリーを楽しみたいのに、何で女はカップルみたいに男をくっつけたがるのか、という考えだろう。たまに男同士でくっつけたいあまり、ヒロインが邪魔と言い出すやつらもいるようであるし。


俺的には、まあ持論を持ち出して語ってこない限り、漫画やアニメへの愛を持っている者同士という感覚だからそこまで嫌ってはいない。

しかし女の子はムスっとした顔のまま横を見ていた。

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