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現代が戦国風味ですと?  作者: 石山乃一
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高日という女

「ちょっと開けてくれませんか?少しお話があります」


コンコンと車を叩く音が響き渡る。車の中はまるで居留守を使っているかのように静まり返っているが、車じゃ明らかに居留守は使えない。


「どなたですか?」

和夫さんが中を覗き込んでいる人に向かって声をかける。


「警察です」

相手はそう言うと警察手帳を見せて来た。


ふと頭の中に、国というものが無くなったのだから、ぶっちゃけ警察とか裁判官は今は肩書だけで無職なんですよね、という和夫さんの言葉が甦ってきて、その警察手帳を見せる行為がどこか滑稽なものに見える。


「ただいま、東京から人を出さないようにと言われています」

「どうして出ちゃいけないんです?」


和夫さんはドアも窓も開けないまま聞き返した。


「上からの命令です」


「上って、誰の命令ですか?国家権力を振りかざそうって言ってもそうはいきませんよ、あなた方を雇ってる国なんて、もう崩壊して無くなってるんですからね」


改めてそう言われると、日本はこの先どうなるんだろうという不安が頭をよぎる。


俺がそっと外を見ると、警察というか、機動隊のような黒ずくめでヘルメットをかぶった集団が俺たちの乗っている車の前にズラリと立っているのが見える。


「おいおいおいおい、ワゴン車一つでこの人数かよ…」


俺が小声でそう呟くと、あかりがシッと口の前に人差し指を立てた。


よくよく見ると、あかりと康孝はさっき急に止まった反動で倒れた段ボールと、そこから飛び出した布団や服が覆いかぶさっていて、唯一見えるのがあかりの顔だけだ。


勝忠も重なっていた段ボールと飛び出した雑誌や本類でちょうどよく全身が隠れているし、俺は最初から大きい荷物を抱えていたので、この暗さだと前から見れば大きい荷物と同化して見えるだろう。


そうだな、わざわざ他にも人がいると教えるような事はしなくてもいい。


俺も目をつぶりできる限り動かないように努めた。


「先生」

と、それまで聞こえていた男の声とは違って、高いながらも凛とした声が聞こえた。


女の声だ。


チラッと見ると、運転席に機動隊とは違う服装…スーツ姿の女の人の姿が見える。


暗くてよく見えないが、長い髪の毛と、その盛り上がった胸が艶めかしい。


「私がこの警察や機動隊の上司です。だから安心してください」


和夫さんはキョトンとして女の人を見ていると、相手の女性は少し背を伸ばして髪の毛を後ろで一つに束ねた。


「学生の頃は髪の毛短かったですからね。これで分かります?」

少し離れたことで遠くの明かりに顔が照らされて、スーツ姿の女の人の顔が見えた。


俺の感想は、なんて綺麗な人なんだ、というものだった。


あかりにはあどけない可愛さがあるが、このスーツ姿の女性からは女の色気と、それに対する絶大的な自信というものが全身からあふれ出しているようだ。女優だとか、モデルだとか言われても全く疑いもしないだろう。


「あ、ああー!高日くんじゃないですか!久しぶりだねぇ。大学生の頃より色っぽくなったね!元気してた?」

「ええ、先生もお変わりなくて何よりです」


どうやら二人は先生と生徒という間柄のようだ。


高日と呼ばれたスーツ姿の女性はまた窓に顔を寄せた。


「ところで先生。お話したいんですけど、開けてくれません?」

「ダメダメ、開けられないよ」


和夫さんはそう言うと窓に頭を寄せた。


「おかしいですよね、前を走ってた車は止めずに通しましたのに、なぜこの車は止めたんですか?もしかして、私が乗っていると分かっていたんじゃないですか?」


その言葉に車内に緊張が走った。


そういえば、和夫さん、何かに見張られてるって言っていた…。まさかこの連中が…!?


しばらく外の高日という女性は無言だったが、うっふふ、と鈴を転がすかのように笑った。


「やだ先生、私が見張ってたの知ってたんですか?」

「君だとは思わなかったけどなぁ~、そっか~。という事は…」


和夫さんは珍しく口を淀ませながら、つっかえるように言葉を発した。


「もしかして…、君が佐藤譲二首相を殺したんですか?」


…え?


思わず動きそうになるのを堪えて、俺は和夫さんと運転席の外にいる高日という女性を目だけ動かして見る。


高日という女性は、妖艶に口端を上げて微笑んだ。

「そうですよ先生、私がやりました」


その微笑みと柔らかい口調に俺の全身にゾワッと鳥肌が立つ。


じゃあ、この高日という女が佐藤譲二首相を殺したという秘書…!?てっきり男だと思っていたが、まさか女だったとは…。


和夫さんはしばらく黙り込んでから、深く深くため息を吐いた。そしてハンドルに頭をのせてうなだれる。


「…話には聞いてたけど信じたくなかったなぁ。一番優秀な教え子が人殺しに手を染めるなんて…」

「こういうご時世ですから」


「こういうご時世って、君ほど聡明なら今のこの制度はおかしいと思いませんか?」


怒りを押し殺したような言葉に対して、高日という女は少し顔を上げて、和夫さんをじっくりと観察するように見ている。


「おかしいですよ。馬鹿が考えたとしか思えない」

「じゃあどうして君は…」


「だって」


高日はふふふ、と楽しそうに笑ってから和夫さんと目を合わせる。


「私は子供の頃からなんでもすぐできる子でした、少し勉強して少し体を動かすだけでなんでも一位になる、他人からは羨ましがられるけどなんてつまらない人生なんだろうって学生の頃に私は先生に言いましたよね?

そんな私に先生は言いましたよね?そんなに何でもできるなら、面白くなることを探すのもすぐにできるでしょう、探してみなさいって」


和夫さんは黙って高日の目を見ている。


「そしてどうせ探すなら、日本をよくするために力を注ぎながらでもいいんじゃない?って先生が言いましたから、私官僚になりました。そのうち面白くなることが見つかるかしらって、毎日働き続けました。

そうしたら佐藤譲二ってうだつの上がらない国会議員に声をかけられ、秘書になるよう言われました。そこで、このうだつの上がらないこの男を私の力で総理大臣にできるかしらって思いました。

そこで一つ面白くなる事を見つけました。そうしたら先生」


高日はまたふふふ、と笑う。


「あのうだつの上がらない男が、あっという間に総理大臣になったんですよ。私が助言を与えただけで。そうしたらこの制度でしょう?この国を束ねる者はいなくなりました」


高揚してきたのか、少し早口になってきた。そして自分を抱きかかえるように腕を組む。


「ああ!先生。そうしたら私、自分の力を試したくなったんです。私、今まで本気を出したことなんてありませんでした、知恵も、体力も、全力を出したことなんてありませんでした!だから先生…」


高日は運転席にぶつかるんじゃないかというほど顔を寄せる。


「私、ようやく面白くなることを見つけたんです、私の全力でこの国を私の手に入れてみせます。私のあらゆる知恵を使って!だから先生、私と手を組んでください。私が指揮をして先生が脇を固めてくれるなら…」


和夫さんがため息を吐きながら首を横に振るのを見て、高日は言葉を止めた。


「いやはや、IQの高すぎる人の言葉ってのは私みたいな一般人には届きませんな」

「…」


高日は少し仏頂面になって和夫さんを見ている。


和夫さんの表情は見えないが、またため息をついて頭を横に振っているので、しかめっ面をしているであろうことは想像できた。


「はたはた残念です。私の一番の教え子が人の道を外れているのを見るのは」

「外れてなんかいません」


「人を殺すのが人の道を外れていないとでも?」

「だってあの男、総理大臣になった途端に私のいう事聞かなくなったし疎ましがってたんですもん」


「それだけで殺したと?」

「急に包丁向けられて突進されたから、護身術を使ったら逆に刺さっちゃったんです。正当防衛ですよ」


確かに聞く限り正当防衛なのかもしれない。


だが、人を一人殺したというのにうっすらと微笑みながら淡々と答えていくその神経はどこか不気味だ。


「けど今にもそんな綺麗事、言ってられませんよ」

脅すかのように高日は身を乗り出した。


「いいこと教えてあげます。この国内の事は外国には漏れていません。それどこか外国には日本という国は無いことになっています。つまり外国からの輸入品は全て無くなります。

そうなったら奪い合いですよ?とくに食糧難は酷いでしょうね、日本は食料のほとんどを輸入に頼って来たんですから。そうなったら食料の奪い合いで人は死ぬでしょう、そしてその大半は飢え死にするでしょう。

…うふふ、あっはは、おかしい。現代で飢え死にですって。だから農業に力を入れた方が良いって、私言ってたのに」


高日は車から離れ、身をくねらせながら笑う。


「あなたがこの状況を作った…というわけではないのですね?」


和夫さんの質問に高日は頷いた。


「当たり前ですよ。さっきも言った通り、こんなの馬鹿が考えたとしか思えません。…あ、だからと言ってあの佐藤譲二って男が考えたわけでもありませんからね。私も誰がこんな事を考えて実行したのか分からないんです」


「そうですか」

和夫さんはその言葉を聞いて前に向き直った。

「分かりました」


その瞬間、ブゥンッというアクセルを吹かす音が聞こえ、気づいたら俺は後ろの方に倒れこみそうになり、そこにあかりが居たので慌てて手をついて踏ん張って耐えた。


「なんだよコラ!」

勝忠からまた恫喝するような声が響く。あまりにも唐突に出発したせいか、勝忠も後ろの方へとひっくり返っていた。


外からは「うわああ!」と叫ぶ声が響き、そして騒ぐ声が遠ざかっていく。


俺が後ろを振り向くと、車の前に並んでいた機動隊は散り散りに端に逃げていて、高日は長い髪の毛をなびかせながら、俺たちの乗っているワゴン車を見送っていた。

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