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現代が戦国風味ですと?  作者: 石山乃一
12/13

東京から脱出を図る

その夜、日が暮れたころを見計らって俺たちは和夫さんのワゴンカーに乗り込み、神奈川に向かって出発した。


「出発、明日の朝じゃダメだったんですか」

俺は和夫さんの荷物を抱え、できるだけ体を小さくしながらあえぐように言った。


「ダメダメ、こういう脱出するってのは明るい時じゃなくて暗い時じゃないとダメなの」

和夫さんは愉快そうな声で運転を続ける。


ワゴンカーの中は、和夫さんの荷物であふれかえっている。


それなのに俺のような横に広い巨漢や勝忠のような縦に高い巨漢二人のせいで余計狭くなっているような気がする。


ちらりと視線をあかりに向けると、あかりは自分の足の間にいる康孝に「大丈夫?苦しくない?」と語りかけている。


思わずいいなぁ~、と思ったが、今はそんな事を考えている場合じゃないと頭を振った。


「で、どうするんです?」

「何がですか?」

いきなりどうすると聞かれても困る。


和夫さんは続けた。

「神奈川と言ったら小田原でしょう?」


何のことか分からずに俺はあいまいに返事をしようかと思った時、

「北条氏!」

と興奮気味にあかりが言った。


「小田原って言ったら北条氏でしょ!」

そう言われても俺には理解できない。


北条氏と言ったら…鎌倉時代にトップだった人たちじゃなかったか?北条政子とか時宗しか覚えてないけど…。


などと考えているうちに、和夫さんとあかりの会話が進んでいく。


「そうそう。あかりさんが持っていたリストにも北条氏の子孫の名前もありましたよ。会いに行ってみたらどうですか?」

「えー、嘘、だけど会いに行くなんて~」


あかりはまるで自分の好きな男に会いに行くかのように頬に手を当てて身をくねらせる。


「いやいや、そういうミーハーな気持ちでじゃなくて、危険を知らせるためにですよ」

和夫さんがそういうと、あかりはピタリと動きを止め、今の状況を思い出したらしく、どこか気恥ずかし気な顔になって、

「で、ですよねー!危険を知らせた方がいいですもんねー!」

とまくしたててから黙り込んだ。


暗いからよく分からないが、多分顔は赤いと思われる。


「ほうじょうしって、どんな人なの?」

康孝が顔を上げて下からあかりの顔を覗き込みながら聞いた。


あっあっ、康孝の後頭部があかりの胸に当たってる…!めっちゃ羨ましい…!


「北条氏はねー」

俺の思いとは裏腹に、あかりは全く気にする素振りも無く話を続ける。


「康孝のご先祖の家康とも仲が良かったんだよ」

「マジで!?」


康孝はその一言で食いついた。


「初代は北条早雲、二代目が北条氏綱、三代目が北条氏康、四代目が北条氏政、五代目が北条氏直…。四代目と家康が仲が良かったと思うよ。他の人に攻められた時に助けようと何度も書状送ったりしてるし」


へぇ、と俺はあかりの胸に当たっている康孝の後頭部を気にしながらもあかりの話に感心した。俺は今出て来た人物名は一人も分からないし、聞いたことも無い。


「本当は北条って名前じゃなかったのは知ってます?」


運転しながら和夫さんが話しかけてくる。あかりはすぐに顔を輝かせ食いついた。


「知ってます!本当は伊勢という名字だったんですけど、鎌倉時代の北条氏にあやかった方が箔がつくって感じで、二代目の氏綱の時に天皇と掛け合って北条という名字に変えたんですよね!」


「そうそう、じゃあ風魔の話はどうですか?」


「あ、風魔なら知ってる、忍者なんだろ?」

俺はそう言った。


風魔なら色んな漫画やゲームにも出てきてるので分かる。俺も会話に混ざりたくなって口を挟んだが、和夫さんとあかりからはムフフフ、という含み笑いが漏れた。


「…なんか間違ってんの?」

風魔と言ったら忍者じゃないか、という気持ちで聞き返すと、あかりはニマニマしながら俺を見ている。


「実は窃盗団だったって話があるの。盗み、強盗、殺人なんでもござれの悪党の集まり」


「ええ!?」

俺が驚いて声を上げると、和夫さんも楽しそうにあかりと声を合わせた。


「まあね、戦乱の時には敵に回すよりだったら味方にした方が心強いでしょ。人数も割と居たようですし、それでかく乱した方が戦も楽でしょうし」


その言葉を聞いて、俺の頭の中に良英さんを殺した佐々木という男が浮かんできた。


あいつはどんなに攻撃を受けても武器を放さなかった。一般市民ではないとあの時思った。


だとしたら、あの佐々木という男はサウザント・ダースに雇われた盗み、強盗、殺人なんでもござれの風魔忍者のような立場の者なのではないだろうか。

そして、今この時でもあの佐々木という男のような存在が水面下で動き回って、戦国武将の子孫たちを酷い目に遭わせているのではないか。


そんな考えが頭の中によぎってきて、俺は妙に胸の中がざわつく。


「…別に隆康のこと馬鹿にしてたわけじゃないよ?」


急に俺が黙り込んだのを気にしたのか、あかりがそっと俺に声をかけてきた。俺は慌てて首を横に振った。


「いや、違う違う。怒ってない。それよりあかり、神奈川県にいる武将の子孫って、北条の人だけか?それとも他にも居るのか?」

「え?えーと、ちょっと待って」


あかりは狭い車内で身をよじりながら自分のバックの中から紙を取り出し、外の街灯の明かりにかざしながら調べ始めた。


「…とりあえず北条氏の子孫だけなんじゃない?」

と言いながらあかりは紙をパラパラめくっていく。


「ちょっと待って、よくよく見てみたらこれ…」

緊張したようなあかりの声に皆も否応なしに緊張したようにあかりに目を向ける。


「すごく表が見づらい…!」

返って来たあかりの言葉に皆の緊張の糸が切れたようだ。


「馬鹿か、あんた」

それまで無言だった勝忠が呆れの入った声であかりにそういうと、あかりはムッとした顔で勝忠を睨み返す。


「だって、子孫のあいうえお順になってるわけでもないし、かといって武将の名前で統一してるわけでもないし、その人たちが住んでる地域で統一してるわけでもないからすごく分かりづらいの!仕事だったら上司に突き返されるレベル!」

といいながらあかりはバラバラと紙をめくっていく。


「…うん、とりあえず神奈川県には北条氏の子孫だけみたい。っていうか、このリストに載ってるのって、結構有名どころじゃない?本当はこれ以上に武将が居るはずだけど」


「マイナーだと誰も知らねぇからじゃねぇの」

勝忠はあまり興味が無さそうに頭をかきながら呟くと、あかりは、

「おお…有名武将の子孫の余裕…」

と妙な感心しながら紙をしまってから俺の方を向いた。


「で、隆康は何考えてたの?」

「…いや、もしかしたら今この瞬間にもさ…」


ふと俺を見ている康孝と目が合い、良英さんを殺した佐々木という男の話題をするのは心苦しいので少し言い方を変える。


「武将の子孫が狙われてるのかなって思って…。どうせ神奈川に行くなら、神奈川に居る子孫の人たち全員に忠告したほうがいいかなーって思って」


「全員…」

あかりはそう言って息を飲んでから少し身を乗り出した。


「もしかして、これに載ってる人たち全員の所に行って忠告するとか、そんな事いうんじゃないでしょうね?無理だからね、これ北海道から沖縄まで住所あるんだからね」


俺は少し慌てて首を横に振った。

「誰もそんな事…」

「いいんじゃねーの!」

俺が「言ってないだろ」と言う前に康孝が嬉しそうに口を挟んできた。


「だって、じーちゃんみたいな人は、これいじょうふやしちゃいけねーって、じいちゃん言ってたもん!そうだろ?じーちゃんも隆康のかんがえきいたら、ぜったいにいいかんがえだって、言うはずだもん!」


康孝はあかりの足を乗り越え、俺の腕をグイグイ引っ張って俺の手と無理やり握手した。


「やろーぜ!隆康!」


康孝の大きくて澄んだ瞳が俺を見つめてくる。


外から差し込んでくる街灯の明かりだけでもその目の真っすぐさに俺は目を逸らすことが出来ずにただ黙って見返した。


康孝はどうしてこんなに自分の考えている事をハッキリと人に伝え、そして真っすぐ人の目を見るんだろう。

普段子供と触れ合う事のなかった俺は、未だに康孝の底抜けに裏表のない真っすぐな性格に戸惑ってしまう。


そして小さい手で俺の分厚い手をしっかりと握るその暖かくて少し汗ばんでいる感覚に、思わず良英さんが亡くなった時の事を思いだしてしまって胸が詰まった。


「…やろうか?」

俺が遠慮がちに康孝にそういうと、康孝は目を輝かせ、

「うん!」

と勢いよく頷く。


少し目を上げると、あかりが本気で言っているのだろうかという目で俺を見ていて、勝忠に目を向けると、ほぼこちらの会話には無関心のようで車の外を眺めていた。


「いいと思いますよ」

俺は運転席の和夫さんに目を向けた。


「今のところ、サウザント・ダースが何を考えているのか分かりませんが、そちらが提示する条件は破格に良いですから、生活に困ってサウザント・ダースに身を寄せる人も居るでしょう。しかし…」


和夫さんは一拍置いて角を曲がってから続けた。


「どうもきな臭い。何を考えているのか分かりません。そちらに身を寄せて、サウザント・ダースが得すると言ったら、人が増えることだと思いますが…」


俺はふと頭に考えが浮かんだ。

「もしかして、日本各地に自分たちの配下が増える…とか?」


「ちょっとそれ、最終的に天下統一の形じゃん」

あかりがそう言い、俺はゾッとした。


「嫌だぜ、俺。あのサウザント・ダースが日本を治めるだなんて」

「私だって嫌よ」

「おれだっていやだ」

「もしそいつらが治めるってなら、ぶっ潰してやろうぜ」

上から順に俺、あかり、康孝、勝忠だ。


すると、いきなり車が急停止して車が止まり、その勢いで荷物や俺たちも前の方に転げそうになった。


「なんだよ!」

勝忠から恫喝するようなドスの聞いた声が響く。こいつ本当に中学生かよ…。


「いやそれが…」

和夫さんが俺たちの方を振り向きながら顔を少し強ばらせながら振り向いた。


「ちょっと…囲まれちゃいまして…」

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