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正義令嬢マリアベル

 悪あるところに正義あり。光あるところ必ず闇がある。正義と悪は表裏一体。どちらも絶えることはない。それは、正義令嬢と悪役令嬢の戦いもまた、絶えることはないという悲しき宿命を意味していた。


「どうやらこの勝負、私の圧勝で閉幕のようですわね。降参なさいませ」


 古代より世界の覇権を賭け令嬢ファイトが行われてきた宮殿『ビューティー・オブ・ヘブン』の中央。

 完全高級素材で作られた四角いリングでは、正義の定めに殉じる正義令嬢と、悪の華を咲き誇らせる悪役令嬢のルール無用の残虐ファイトが繰り広げられていた。


「私共も腐っても悪役令嬢! 正義令嬢との戦いにギブアップなどありえませんわ!」


「そうですか。致し方ありませんわねでは地獄までの旅路……エスコートいたしますわ!!」


 正儀令嬢の中でも天才中の天才にして若きエース、マリアベル。

 美しい金髪と、宝石のような青い瞳。白いドレスを身に纏う名家のご令嬢である。

 彼女が悪役令嬢を掴み、高級シルクのロープをバネに天高く飛び上がった。


「いきますわよ!」


 リングに風が吹き始める。それはマリアベルの得意技が繰り出される合図。

 セコンド令嬢も、観客令嬢もみなこれからなにが起こるのか知っていた。


「お喰らいなさいませ! 令嬢パワー全開!! 婚約破棄ハリケーン!!」


 婚約破棄ハリケーン。それはまるで嵐のように過ぎ去る愛と恋。友情と愛情。身分の差。望まぬ婚約。そんな令嬢必須の青春を力に変え、高速回転しながら竜巻を発生させて、相手をリングに突き刺す必殺技である。


「やれやれ、ドレスが汚れてしまいましたわ」


 純白のドレスについた埃を払いながら、満足気に勝利のテンカウントを聞くマリアベル。

 純金製のポールに背を預ける所作の一つ一つから育ちの良さが伺えた。


「おーっほっほっほ! やりますわねマリアベル。それでこそわたくしが倒すに相応しいお嬢様ですわ!」


 実にお嬢様らしい高笑いが宮殿にこだまする。

 その自信に満ち溢れた透き通る声は、会場にいた令嬢たちの注目を集めた。


「どちら様ですの!?」


「あ、あのお方は! 新世代悪役令嬢の最終兵器! 漆黒の薔薇こと『ローズマリー』様!?」


 悪役令嬢にも、エースは存在する。彗星の如く現れた若きエースの名は、令嬢界に轟き始めていた。


「地獄の底からごきげんよう。悪役令嬢ローズマリーと申します」


 闇の中から闘気を纏って現れるローズマリーは黒髪黒目に真っ黒なドレス。

 色白で、胸に咲く一輪の赤いバラ以外の服は全て黒という、悪役令嬢を体現したような出で立ちだった。


「ふっ、最終兵器を名乗るだけあって凄まじい令嬢パワーですわ。並の令嬢ならリングにあがることすら出来ずに即死しかねませんわね」


「お褒めいただき恐縮ですわ。挨拶代わりにこちらをどうぞ」


 マリアベルのいるリングに向けて、一輪の白いバラを投げる。


「何のつもりですの?」


「まだ疲労が残っているでしょう? そのバラは正義令嬢が使う体力回復のバラ。細工はしておりません」


 どこまでも己の実力と自信があるローズマリーならではの気遣いである。


「勝負はフェアに行いたいというわけですの? 悪役令嬢とは思えませんわね」


「勘違いなさらないで。疲労が溜まっていて負けた、などという言い訳ができぬよう、万全の貴女を叩き潰したいだけですわ」


 ローズマリーの瞳は邪悪に輝いている。

 しかし、マリアベルは発言に嘘はないと感じバラを手に取り香りを嗅ぐ。


「はあ……これは素晴らしい香りですわ」


 たちまち傷が癒え、気力が漲ってくる。むしろ勝負前よりもコンディションは整ったといえよう。


「まことにありがとう存じます」


「なんでしたらティータイムでも取ったらいかがですの?」


「結構。勝利の美酒は勝ってからいただきますわ」


「最後の晩餐のつもりでしたのに……とうっ!!」


 驚異的跳躍力でリングに着地したローズマリー。

 それでもスカートが下品に翻ることはない。まさに生粋のお嬢様である。


「さあ、本日の最終演目……究極の令嬢ファイト、お見せいたしますわ!!」


 そして本日最後の令嬢ファイトの幕が上がる。


「よろしくお願いいたします!」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 リング中央でがっちり組み合っても挨拶は忘れない。彼女達は名家のご令嬢なのだから。


「私と互角!?」


「悪役令嬢は卑怯な手ばかり使うから、力押しなら勝てるという発想……貧弱ですわ!!」


 マリアベルが押し負ける。グングン仰け反り隙を晒す。


「このまま押し潰して差し上げますわ!」


「そうは問屋がおろしませんわよ!!」


 マリアベルはわざと自分から勢い良く仰け反ることで反動を付け、怯んだローズマリーの腹部にキックを入れて上空へと弾き飛ばす。


「やりますわね……」


 空中で体勢を立て直すも、時すでに遅し。背後からマリアベルがガッチリと捕まえる。


「このままリングに激突なさいませ! 必殺! 婚約破棄……」


「ふふっ、愚かなマリアベル。勝利に目がくらみ周囲への気配りを忘れるなんて。気品が欠けていてよ?」


 ローズマリーに笑みが浮かぶ。彼女にとっては、ついさっき見た技である。

 一度見てしまえば対策など容易。それこそが悪役令嬢のエース、ローズマリーという令嬢である。


「なんですって……? こっこれは!?」


 マリアベルの身体にバラのツルが、茨が巻き付いている。

 令嬢パワーをもってしても容易には解けない、強靭なツルであった。


「胸の真っ赤なバラは飾りではありませんのよ?」


 茨がマリアベルをきつく縛り上げ、痛みでローズマリーへの拘束を解いてしまう。

 二人は空中で離れ、再びリング中央へ降り立った。


「おーっほっほっほ! まだまだいきますわよ!」


 ロープを引っ張り、リング中央で動けないマリアベルに次々絡ませる。

 茨とロープの二重奏はギリギリと身体を締め付けていく。


「ご覧あそばせ。これが悪役令嬢奥義……ざまぁローズホールド!!」


 ローズマリーが胸のバラをロープに突き立てると、ロープも茨も黒く染まり、赤い電撃が縦横無尽に駆け回る。それはまるで、黒いバラから伸びる真紅のトゲであった。


「きゃあああぁぁぁ!?」


「おーっほっほっほっほ!! さあ、跪きなさい!!」


「うぅ……悪役令嬢にこれほどの使い手がいるとは……この令嬢パワーの源はいったい……」


 マリアベルは不思議でならなかった。その尋常ならざる憎しみは、悪役令嬢パワーとは少々毛色の違うもの。悪の力よりも怨嗟の力が上回っているのだ。

 その原動力がわからない。そこまでローズマリーを突き動かすものとはなんなのか。


「地獄への子守唄に教えて差し上げますわ。この力は貴女のような正義令嬢に付けられた憎しみの力ですわ!!」


 ローズマリーの顔が憎しみで歪む。彼女を包む暗黒のオーラもまた、その濃さを増している。


「なん……ですって……?」


「教えて差し上げましょう。正義令嬢というものが、どれほど醜く愚かな存在か!」


 そしてローズマリーより、その生い立ちと憎しみの理由が語られる。


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