あの人は今 ~とあるチーレムの三十年後~
テンプレの未来を予想していた。
なぜかホラーになった。
チーレム。それは異常なまでの戦闘力やハーレムを努力や苦労することなく手に入れた理不尽な存在。
転生。召喚。トリップ。様々な条件を経て、現世から異世界に呼び出された彼らは、特に何することもなく唐突にそれを得る。現世ではコミュ障だったり、ぼっちだったり、ニートだったりするくせに何故かいきなりリア充に変貌を遂げる。それは異世界と物語の理不尽さが生み出した喜劇であり、悲劇。
しかし、考えたことはあるだろうか。
異世界で成功したチーレムたちの数十年後の姿を。
多くの英雄伝説で、数多の英雄が悲劇的な最後を遂げるように、多くの一発屋芸人が一世を風靡した後、二度とテレビに姿を表さないように、力を得たものは必ずその後綻びゆえに滅びる。
登りきったジェットコースターが落ちるしかないように、そこには必ず盛者必衰の理が存在するのである。
例え一時は、チーレムを得て、幸せの絶頂にいたとしても、それゆえに彼らは没落していくしかないのである。
この番組は、そんなとあるチーレムの三十年後の姿を描いたドキュメンタリーである。
俺の名前は千戸葉 怜夢。
50歳。
元々、地球から、この異世界テンプレダーネに転生してきた転生者だ。
俺は、地球ではごく普通の高校生だった。いや、本当は、少し根暗でいじめられていたりはしたけど。
そんな俺だったが、ある日、道路に飛び出した女の子を助けて死んでしまった。
すると、目の前に神様が現れてそれは自分のせいだと言うではないか。
俺は怒って、神様から魔力無限や、能力コピーなどのチートを貰って、異世界に転生させてもらうことにした。
異世界に転生した俺は、その使い勝手のいいチートを使い、大活躍をした。
悪徳領主を倒したり、奴隷商人を懲らしめたり、悪の帝国を滅ぼしたり、果ては魔王を倒して世界を救ったりなんかもした。
そして、俺に助けられ惚れた、一国の王女や、教会の聖女、俺が奴隷から開放してやった犬耳の元奴隷や、俺の能力に興味を持ったロリババアの魔女っ子、弓使いの女エルフなどの、美少女たちでハーレムを作って、いつまでも幸せに暮らしたのである。
………というのが、今から三十年前の話だ。
あの頃の俺は本当に輝いていたと思う。
今とは、大違いである。
今の俺はどうだろう。
チート能力は残っているが、そもそも歳のせいか身体能力が衰えてしまっており、戦闘にでるどころではない。
同じ年齢でも、自分の力で鍛えてきた戦士などはまだまだ元気なのだが、所詮俺はチートだけで楽して戦ってきた人間だ。体なんか全く鍛えていなかった。それでも、あの頃は、他人の能力をコピーすれば十分に無双できたのだ。
今は、もうダメだ。まず、体が動かない。この寝転がっているベッドからほとんど動けない。
それでも、昔活躍した財産で食いつないでいるが、それもドンドン目減りするばかりである。
仕方なく、十年ほど前に、最後に残った財産全てを費やし、大きな領地を買い、今は領主として領民からの税で暮らしている身分だったりする。
さて、俺の朝は早い。
かつて若い頃は、ハーレムメンバーと昼まで寝ていることもざらにあったが、今はもうそんなことはできない。まず、夜遅くまで起きていられない。だから、朝も早く起きることになってしまう。
それに、朝には起きざるを得ない用事もある。
俺は夜が明ける頃に目を覚ますと、隣に寝ている若い妾達は放置し、身支度を整える。
そしてお供を数人連れて食堂に行くと、自慢のシェフが腕を振るった朝食を頂く。
食べ終わる頃になると、時間はちょうどいい。
俺は、侍従を置き去りに執務室に籠ると、そこにかかった魔道具の鏡を見つめる。
そこには、かつて俺のハーレムメンバーだった者たちの今の姿が映し出されている。
それは唯でさえ何もできなくなってボロボロの俺の心を、さらにずたずたに引き裂く光景ではあるものの、それでも俺は毎朝それを見ずにはいられないのである。
それは、少しでも目を離すと大変なことをしでかすのではないかと言う不安の表れでもあった。
さて、それでは、今日も一人ずつかつてのハーレムたちを見て行こう。
まずはハーレム筆頭であった王女だ。
当時、18歳で生唾を飲み込みたくなるような肉感的な美女だった王女も、今では48歳。立派なおばさんだ。それも結構ケバい感じのババアだ。
そもそも、この王女、元が王宮暮らしの王族ということもあって、贅沢に余念がない。
美食や宝石、服などを買い漁っているだけの暮らしだ。
当然、その贅沢に飼いならされた身体は、もうとんでもないことになっている。
まず、体格。
ありとあらゆる美食を食べるだけ食べ、運動しな方結果、ブクブクに太っており、もはや肉感的を通り越して、ただのデブである。
それに、昔美人だった自分が老いていくことが認められないのか、厚い化粧を常に塗りたくっており、それが顔のしわと相まって、とんでもないことになっている。
その上、十年前からだっただろうか。俺が歳と、そしてハーレムメンバーの老化に耐え切れず、夜の生活の方が段々減っていくと、この女、事もあろうに若い男を囲い出しやがった。
俺がそのことを非難すると、王宮で調査したのか、俺の過去の女性遍歴を述べ、当時も若い女を数人囲っていたことを指摘して、逆ギレしてきたのだ。
結局、王女が王宮へもつ影響力を考えると、今の戦闘のできなくなった俺ではどうすることもできず、ただ認めるしかなかった。
今もなお、王女は俺の貯蓄で若い男を堂々と使用人として囲って、日々退廃的な生活を送っている。最近では、もうその顔すら見たくなく、俺は王女を別館に移し、見て見ぬふりを続けている。
彼女は今日も、男を囲い、贅沢な暮らしに耽っているみたいだ。
この女は金はかかるが、とりあえず金を与えておけば余計なことはしないので安心である。
ただ、金が切れそうになると、俺の名前で民に勝手に重税をかけて資金を調達しようとする癖があるため、油断はできない。おれが領民に拝金主義の悪徳領主と言われている理由は間違いなくこいつだろう。
自分より権力を持つ女ほど面倒な女はいないと本当によく分かる。
次に元教会の聖女だ。
彼女は、さすがに節制を心がける教会の人間だけあって、清貧な生活を送っており、かつての16歳の美少女だった面影も残った46歳の美熟女といった感じではある。
しかし、彼女は教会の人間なのだ。もともと信仰心が強い、入れ込みやすいタイプである。
そもそも、俺に惚れたこと自体が、その性格が関連しているのだろう。
そんな入れ込みやすいタイプの人間が、年を取れば、ますますそういったものを信じるようになる。
いや、信仰そのものを否定するわけではないのだ。
しかし、彼女の場合、度を越している。
かつて、俺のことをまるで神のように崇拝し、全肯定してくれた彼女はもういない。
そういう信じやすい女は、すぐに他の物にも嵌ってしまうことに俺が気づいたのは、彼女が今の新興宗教に嵌ってからであった。
そして、彼女はいつしか、その新興宗教の教会に盛んに寄進するようになった。
それこそ、全財産を投げ出しかねないほどに。
その額が、もはや王女が贅沢で使った額の倍の額すら超えているといえば、その大きさがわかるだろうか?
小国の国家予算にも相当する額を次から次へと寄進していくのだ。
最初は、自分のお金だけだったが、気が付けば勝手に我が家の物を持ち出し、換金して寄進するようになっていた。
それにその新興宗教は、いわゆるサバトのようなものもあるらしい。
俺も、一度だけ彼女の後をつけて見に行ったのだが、狂気に満ちた空間の中、彼女が他の信者たちと乱交に耽るの見て、俺は大きな衝撃を受けた。
勿論、彼女が帰ってきた後、俺は彼女を問い詰めた。
しかし、彼女の信仰心はすでに狂気の域まで達しており、その得体のしれない雰囲気で逆に俺にまで入信するように迫ってくる彼女に、俺はどうすることもできずただ彼女から逃げることしかできなかったのだ。
彼女はいまだに大いに美人ではあるが、その狂気は、俺を彼女から遠ざけるのに十分なものである。
俺は、また彼女も違う別館に移し、顔も見ることはなくなった。
彼女はメンバーの中で一番何をやらかすかが分からない女である。
正直、もういなくなってほしいのであるが、彼女の狂気の信仰はそれを許してはくれない。
今日の彼女はと言うと、やはりまた新しい教えに耽っているみたいだ。
なにか触手のようなものに生贄のようなものを捧げている気がするが見なかったことにしたい。
それが人間の女の形をしているとなあればなおさらである。
いや、マジでどこから攫ってきたのよその娘。
とりあえず執事に調べさせて後始末だけはしとくけど、マジ勘弁してください。
俺が領民に猟奇趣味の悪魔領主と言われている原因は間違いなくコイツのせいに違いない。
とりあえずメンヘラは怖い。よく分かるね。
さて、他のメンバーに関しては正直見るまでもないし、見たところで意味はない。
ロリババアの魔女っ子は、元々俺の能力に興味があっただけであり、俺が能力を使う機会が減った十年前にいつの間にか姿を消していた。弓使いの女エルフも、寿命の長いエルフらしく、新たな恋を見つけたらしく、同じく十年前にやはりこの屋敷を出て行った。
今は、二人とも同じどこぞの冒険者のもとにいるとかいないとか。
正直、最初は寝取られたみたいで胸糞悪かったが、諦めて領内の若い娘を数十人、新しく囲うことでその時は、気を鎮めたのであった。
やつらを見たところで、昼間から情事に耽っている姿しか見えやしないし時間の無駄でしかない。
そもそも、若いのに昼間から情事に耽るとはこの冒険者いったい何を考えているのか、と思ったところで昔の自分に対するブーメランになりそうなので考えるのをやめた。
まあ、女なんて所詮移り気なものだ。信じるだけ無駄なのだ。
しかし、そんな女でもまともなやつもいることはいる。
犬耳の元奴隷は唯一、今もなお俺に仕えてくれている。
しかし、流石に歳ということもあり、夜の方は新たに囲った若い娘達に交代しており、今はお側付きの女官長といった所だ。
彼女は、俺がまだ若くやんちゃをし始めたころから俺を諌めようとするようになった。
だが、それは当時の俺にとって邪魔以外の何物でもなかった。
俺は彼女を遠ざけると、ことさらに無視して冷遇した。
結局、俺は自分を褒め称えてくれる者しか興味がなかったのだ。
それは、俺がかつて打倒し、処刑した悪徳領主達と同じではなかったのだろうか。
俺がそのことに気付き、そして彼女を再び傍に置いたのは、他のハーレムヒロインすべてに裏切られた後であった。
そして、それは遅すぎたのだ。
俺のことを信じ、仕えていてくれた彼女は俺に冷遇されることに心が耐え切れなくなり、そして心を壊してしまった。
今の彼女は、何もしゃべることはできず、何も見えておらず、ただ体に染みついたルーチンワークをこなすだけの人形でしかない。
俺も、それが分かっていてなお、彼女を傍に置いているのだがら未練がましい男である。
ただ、俺もすでに疲れてしまったのだろう。
夢見た異世界生活は確かにそこにあった。
だが、結局もらい物でしかなかったそれは、簡単に、そう簡単に崩れ去ってしまったのだ。
結局、俺には何も向いていなかったのだ。
俺はそう深く溜息をつくと、執務室を後にした。
時刻はもう昼過ぎを回っている。
シェフの昼飯を食べて、それからは真面目に執務でもこなすとしよう。
俺がどんなに頑張っても、結局王女や聖女の行いによってその評判は下がる一方だが、やらないよりはマシだろう。
ああ、それにしてもお腹が空いた。
こんな時間まで誰も呼びに来ないなんて、侍従たちは一体何をしているんだ。
俺は、そう悪づきながら食堂へと向かう。
何だろう。屋敷がやけに静かだ。
まるで使用人たちが皆いなくなってしまったかのようだ。
それにやけに懐かしい臭いがする。
この屋敷中に充満する刺激のある香りは、そう、血の香り。
ああ、これではまるで誰かが、屋敷中の使用人たちを皆殺しにしたかのようではないか。
分かっている。分かっていた。
いつかこんな日が来るであろうことも。
そしてこんな日が今日であることも。
執務室を出た途端、侍従たちの血と死体が転がっているのを見た瞬間に全て悟っていた。
それでも俺は、食堂へ向かって歩き続ける。
ああ、感じたことのない気配がこっちへ近づいてくるのが分かる。
分かっている。
報いは受けよう。
だから少し待ってくれ。
俺は食堂に行きたいんだ。
行かなくちゃならないんだ。
この時間の食堂には彼女がいるはずで。
彼女は人形のように正確にそこにいるはずで。
だから、せめて俺は、最期は、そこで。
彼女と一緒に。せめて。
俺は足を速める。
気配は少しずつ近づいてくる。
いや、違う。俺が気配に近づいているのだ。
食堂には彼女がいるはずで。
だから俺は食堂に向かっていて。
そして、その度にその気配は近づいていて。
ああ、なんて単純なロジック。
食堂の扉を開けると、そこは血の海であった。
ああ、皆そこにいる。
王女も、聖女も、侍従たちも。そして彼女も。
血の海に沈んでそこにいる。
そして目の前には。
「あとはお前だけだ。覚悟しろ悪徳領主!」
まだ若く、そしてこの世界にはいないはずの黒目黒髪の青年が、
「これで民の皆は救われるのですね」
どこかで見たような王女が、
「これが神の御心なのです」
どこかで見たような聖女が、
「ご主人様の為に」
どこかで見たような奴隷少女が、
そして、
「「…………」」
ああ、彼女たちだ。
おかえり。この屋敷に帰ってきたんだね。
ああ、王女も聖女もここで眠っている。奴隷少女もだ。
ああ、君たちで全員揃った。
ああ。
ああ。
これで終われる。
「悪徳領主成敗!!!」
「キミモイツカコウナル」
その日、一人の英雄によって悪徳領主達が成敗されたことが伝えられた。
人々はかつて三十年前にこの国を救った英雄が再臨したようだと、大いに感激したという。
これは、とあるチーレムの姿を描いたドキュメンタリーである。
解釈は人それぞれにお任せします。