顔出し中は好きにやらせていただく 9
放課後を告げる予鈴が鳴り、六花大付属高校の生徒たちは一斉に下校の準備に取り掛かる。
そのまま部活に向かう者もいれば、そそくさと荷物をまとめて足早に下校する者もいる。
いつもなら、俺もホームルームの時点で既にまとめ終えている荷物を抱えて、隣のクラスから歩美が突撃してくる前に帰るのだが、今日はこの後に予定があるためそうもいかなかった。
大人しく席で待っていると、廊下側の席から荷物をまとめてニヤニヤした顔で近づいて来るヤツがいる。
そう、この面倒くさい男をある人物に合わせないといけないのだ。
「それで勇志く〜んッ! 俺を待っている女子ってのはどこにいるのかな~ん?」
『ミスタートラベルマン』こと、小畑良介。
立花大付属高校男子バスケ部の部長。
以前、コイツにガップレの秘密を握られたと勘違いして、廃部寸前の男子バスケ部を県大会出場までサポートしてしまったのだが、小畑が握っていた秘密はただの勘違いで、飛んだ骨折り損だった。
しかも、その所為で生徒会に目をつけられて臨時補充要員、簡単に言えば生徒会のパシリに任命されてしまったのだ。
臨時補充要員だから、そこまで拘束されることはないと思っていたが、1週間から2週間に1回は地域清掃活動に必ず参加しなければならないし、風紀員に人出が足りない時は呼び出され、見回りをさせられている。
どれもこれも元を辿ればすべてこの小畑が元凶なのだが、本人に悪気もないし自覚もない、そう、コイツは歩く災難なのだ。
ゆえに、俺は小畑のことを『ミスタートラベルマン』と呼ぶことにしている。
普段は俺の方からは“絶対”に“何があっても”話しかけないのだが、今日は仕方がなく話しかけるてしまった。
既に、俺の心は後悔と自責の念で一杯だ。
「待ち合わせは駅前の喫茶店だ。 それより、部活には顔を出さなくていいのか?」
今にも駅前の喫茶店に走り出しそうなほどウキウキしている小畑を制止するように部活動について尋ねる。
「大丈夫大丈夫! 今は女子が全国大会に向けての練習で忙しいから、男子は練習試合の相手くらいしか出番がないわけよ、1日俺がいなくたって平気平気!」
「本当に部長のセリフか、それ?」
「それよりも愛しのレディが俺のことを待っているんだぜ? 早く行こうぜ勇志!」
小畑の能天気さに返す言葉もなく、ため息を吐きながらカバンを背負い、歩く災難と共に教室を後にすると…
「ゆーしー!」
背後からの馴染みあるいつもの声に振り向くと、歩美がカバンを持ってこちらに向かってくるところだった。
「珍しいわね、勇志が小畑と一緒にいるなんて… 何か事件でもあったの?」
さすが我が幼馴染、驚くほど勘が鋭い。
黒髪ロングに前髪パッツン、黒縁メガネから覗く瞳が、何か私に隠し事をしてるんじゃないか? と、疑いの眼差しで俺を見つめてくる。
ここは正直に話すのがベストだろう。仮に嘘をついてこの場を乗り切ったとしても、歩美には義也アンド愛美という手先がいるのだ。
仮にその2人から情報が漏れ、嘘がバレてしまったらブラックアユミーに変身して俺の命が危うい。
「今度ゲームの大会に出ることになってだな、凄く不本意だが小畑をメンバーに誘って、これから大会メンバーの顔合わせに行くとこ」
「ふーん… でも、何年か前にもゲーム大会に参加して世間の注目集めちゃって、もう懲り懲りだー!とか言ってなかった?」
「俺だって本当は参加したくなかったさ… でも、人質ならぬ“食質(しょくじち”を取られて… 」
「食質!?」
「ああ、夕食のハンバーグ… 」
「勇志は相変わらずグリーンピースがダメなのね、グリーンピース美味しいのに」
「あんなパサパサモンスターが美味しいだなんて理解に苦しむよ」
「それで誰にハンバーグを人質に取られたの?」
「いや、まあそれが… 」
☆
「すまん、西野。 待ったか… 」
「お待たせいたしました! 麗しのレディー! 私の名前は小畑良介、リョー君でも、リョーちゃんでも君の好きなように呼んでくれて構わないよ!」
待ち合わせ場所である駅前の喫茶店には、西野が先に到着していて4人掛けのテーブル席の端に座って待っていた。
俺が西野に話しかけた途端、小畑が西野の足元に片膝をつき自己紹介をしだすが、そんな小畑に西野は目もくれず、俺の背後にいるもう1人の人物に鋭い視線を送っていた。
「何で歩美までここにいるのよ!?」
「どうして私がここにいたらいけないの?」
「2人とも、来て早々険悪なムードになるのやめてもらえませんかね?」
俺が何か言ったところでこの雰囲気が変わるはずもなく、小畑を除く3人の間には重い空気が漂っていた。
とにかく、いつまでも立ち話も何なので席につく。
テーブルには、俺の向かい側には西野、横に歩美が座り、西野の隣には小畑が嬉しそうな顔をして着席した。
学校で、歩美に西野の名前を出した途端、私も付いて行くと言って聞かず、付いてきたらこの有様だ。
やりにくいったらありゃしない… とりあえず話を進めようと話題を振る。
「今度、俺と西野は戦場の友情の全国大会に出場することになったんだが、3人1組のチーム参加が出場条件なんだ、そこで… 」
「俺の力が必要になったということだな! わかった莉奈ちゃんのために喜んで参加するぜ!」
「り、な、ちゃん…!? 気安く呼んでくれちゃって~ッ…!!」
「堪えろ西野、小畑はこんなんだが腕は確かなんだ!」
膝の上に置かれた手が握りこぶしになり、プルプルと震えている西野を必死に宥める。
「バスケの地区大会で見たときから変な奴だと思ってたけど、まさかここまでとは… 」
西野の反応は至って正常だ、小畑と初対面の奴は大抵みんな西野と同じ反応をする。
小畑良介という人間に慣れてしまった俺みたいな奴の方が異常なのだ。
「もちろん! この俺をチームに引き入れるからには、それなりの報酬があるんだろうな!?」
勢いよく立ち上がり右手を顔の前にかざし、ポーズを取る小畑。
「すまん、全くこれっぽっちも考えてなかったわ。 一応要望だけは聞いてやるから言ってみろ」
そんな小畑に冷たい視線を送りながら、とりあえず小畑が言う報酬とやらについて尋ねてみる。
「そうだな~… 強いて言うなら莉奈ちゃん、君のハートが欲しい! ひでぶッ!!??」
小畑が臭いセリフを言い終えると同時に西野の裏拳が小畑の顔面にクリーヒットする。
「どうしよう!? 考えるより先に手が出ちゃった~… 」
な、なんて恐ろしい拒否反応だ、俺も気をつけよう…
「良かったじゃない莉奈、小畑は尻に敷かれると喜ぶタイプよ」
「「ただのドMじゃねぇか!?」」
俺と西野が声を合わせて突っ込みを入れる。
「り、莉奈ちゃん… なかなか激しい照れ隠しだね… そんなところもまた可愛いよ… 」
顔面直撃の裏拳を受けても、懲りずに立ち上がってくる小畑は素直に凄いと思ってしまう。
「ふっ… 」
「西野ッ!! 落ち着け早まるな!」
またしても、西野が握りこぶしを作るのを見逃さず、両手を塞ぎ思い止まらせることに成功した。
「ちょッ、勇志!? こんな所でそんな急に! わわわ私まだ心の準備が… 」
「はい? 何んだって?」
「はいはーい! いつまで手を握ってるのかな? 早く離れましょうねッ!」
西野が小畑に当てられてなんかおかしくなったのか、変なことを言っている。
そんな西野を心配していると、背後から歩美に引き剥がされて、お互いに元の位置に落ち着いた。
「莉奈ちゃん、俺と一緒にゲームがしたいなら戦場の友情なんかじゃなくて、恋の駆け引きという名のゲームをしないかい?」
こいつはもうダメだ、もう庇いきれない。
「フンッ!!」
「あべしッ!!」
俺が小畑を庇いきれないと思ったと同時に、西野の右ストレートが綺麗に小畑の顎を捉え、そのまま小畑は天を仰ぐように昇天してしまった。
「ねえ勇志、本当にコイツとチームを組むつもり?」
小畑をKOして、やっと自分のペースを取り戻した西野が深呼吸をして俺に尋ねる。
「俺だって他に当てがあれば小畑と組んだりしないって」
唯一の頼りだったメンバー候補をKOしてしまい、完全に手詰まり状態になってしまった。
さて、これからどうしたものかと、西野と2人で肩を落として項垂れる、そんな時だった。
「なら私が出てあげようか?」
「「ええッ!?」」
ゲームなんてパズルゲームくらいしかやったことのない歩美の驚きの発言に、俺は開いた口がしばらく塞がらなかった。




