顔出し中は好きにやらせていただく 3
「西野、この後ちょっと付き合ってくれないか!?」
観覧車を降りた私は、勇志に強引に手を引かれて、何処かへ連れて行かれているところだった。
観覧車の中で、つい頭に血が上ってしまって、事もあろうに勇志本人に当り散らしてしまった。
その後、両肩を掴まれて息がかかりそうな距離で私の目を見つめられて、まさかキスされるんじゃないかと思った自分が恥ずかしい…
勇志は何も悪くない、私が1人で勝手に盛り上がっていただけ。
この気持ちが恋なのかもわからない。ただ勇志と一緒にいるとありのままの自分でいられる、飾らないでいられる、偽者の私を演じないでいられる。
だから、勇志と一緒にいたかった。
今も、もっと一緒にいたいって思ってる。
でも、さっきので絶対に嫌われた!絶対、面倒くさい女だと思われた!
そうじゃなくても私たちの出会いは最悪だったのに、いつもいつもどうして私って、こううまくいかないの!
「ねぇ… もう離してよ… 」
「もう少しで着くから、我慢してくれ」
「離してって言ってるでしょ!?」
ああ、またやっちゃった…
怒るつもりなんてこれっぽっちもないのに、どうしてこうなっちゃうんだろ。
自分で自分が嫌になる。
「ごめん、嫌だ」
「何でよ…!?」
「ほら着いたぞ」
「ここは… 」
「遊園地内のゲーセン、ちゃんと『戦場の友情』もある」
「え、何!? どういうこと!? 今から勇志と戦うの!?」
「俺はお前とちゃんと向き合うって決めた。そして西野、お前はもう一度、俺と戦いたかったんだよな? それでずっと俺を誘ってくれてたんだろ?なら拳で語り合おう!」
「え!? ちょっ! そうだけどそうじゃなーいッ!!」
いまだに状況を整理できていない私を気にする素振りもなく、そう言って空いてるドーム型のゲーム機に入っていってしまった。
確かに最初の頃はもう一度戦いたかったけど、今は別にそれほどでもないし、それに私が悩んでたことは勇志には全く伝わってないし、結構積極的にアプローチしていたつもりだったのに、これっぽっちも気付いてくれていないし!!
「…… 正真正銘の鈍感&勘違い野郎ね… 」
「何か言ったか?」
考えれば考えるほど腹が立って来た!
いいわ!売られた喧嘩は買うのが私の主義! あの時の屈辱と最近のストレスも合わせて、存分に晴させてもらおうじゃないのッ!!
「勇志がそういうなら相手になってあげるわよ!」
私も空いてるゲーム機に乗り込み、常備しているI.D.カードを差し込む。
すぐに対戦の申し込みが入り内容を確認する。
「1対1(タイマン)でやろうっての? 上等じゃない! 受けて立つわ!」
愛機の、ヴァーチェカスタムを選択し戦闘準備を整えていると、ヘッドセットに通信が入ってきた。 もちろん相手は勇志だった。
「準備出来たか?」
「オーケーよ、いつでも行けるわ!」
「ステージはどうする?」
「前と同じで旧市街地でいい!」
「本当にいいのか?」
「構わないわ!」
勇志は私が砲撃タイプだから、旧市街地ステージだと私がやり難いと思ってるようね。人の心配してる場合? 悪いけど前みたいにはいかないんだから!
「じゃあ始めるぞ、時間、天候、初期位置はランダムでいいな?」
「いいわ! 言っておくけど全力で来なさいよ? 手加減したり、前みたいにリタイアしたら承知しないからね!」
発進シークエンスに入った勇志に、前のようなことがないようにと念を押す。
「了解、入月勇志、行きまーすッ!!」
勇志の掛け声とともに勇志の機体が発進し、同時に通信も切れた。
「西野莉奈、ヴァーチェカスタム、出るわよ!!」
後を追うように私も愛機のヴァーチェカスタムを駆り戦場に赴くのであった。
…
……
………
選択したステージは旧市街地、廃棄されたビル群に囲まれたこの場所には人の気配はおろか、生き物の気配すら感じない、気持ち悪いほどの静寂に包まれている。
目を閉じ、センサーから伝わってくる僅かな音に耳を傾けると、この静寂の音の中に不純物が混ざっているのを感じる。
機体の歩行時の振動、ブースターの排気音、それらを辿った先に勇志がいる。
「見つけた、そこッ!!」
機体の両肩に設置されている大型のビームキャノン砲を振り向きざまに高出力で発射する。
キャノン砲はビルを一瞬で焼き尽くし、地平線の彼方へ消えていった。
キャノン砲が発射された跡には何も残らないかと思ったが、左腕に装着されたシールドを焦がしながら身を屈める機体がビルの残骸の中にあった。
あの機体は、量産機「ゴフ」のカスタムタイプね。
「あっぶねー、よくこの距離で索敵出来たな!」
オープンチャンネルで通信が入ってくるが、内容とは裏腹に声色にはあまり焦っている様子は伺えない。
「今ので落ちてれば良かったのに」
「これで落ちてるようだったら、西野は満足しないだろ?」
「知ったような口をッ!」
容赦なく勇志の機体にロックオンカーソルを合わせてヴァーチェカスタムの砲撃を浴びせるが、機体の歩行の癖と捻りを上手く使い、まるでダンスのステップを踏むように簡単に避けられてしまった。
「どうして当たらないのッ!?」
「正確な射撃だ、それゆえ予想しやすい」
「なら避けられない距離まで近づくまで!!」
ヴァーチェカスタムのブースターをフルスロットルにして勇志の機体と距離を詰めにかかる。
いくら勇志でも超至近距離の砲撃は避けられない!
反撃されるにしても、その瞬間こそが私の狙い、打ち合いになれば装甲の厚いヴァーチェカスタムに分がある。肉を切らせて骨を断つ!!
「思い切りのいいパイロットだ、だがッ!」
勇志の機体は私の突進とは逆方向に飛び上がったが、空中に逃げたのが運の尽き、こちらの広範囲砲撃すべてを空中では避け切ることはまず不可能!
「全砲門完全開放、もらったぁーーッ!!」
ヴァーチェカスタムのすべての火力を空中に滞空する勇志のゴフカスタムに浴びせる。その光景は触れるものすべてを焼き尽くし、チリも残さないビームの雨。
しかし、勇志のゴフカスタムは右腕を斜め前に掲げると、残っているビル群に向かってワイヤーアンカーを打ち出し固定し、それを巻き取ることによって空中を物凄いスピードで移動し、私のヴァーチェカスタムの砲撃はすべて躱されてしまった。
「当たらなければどうということはない!」
「また避けられた!?」
なんてトリッキーな動きをするの!? ワイヤーアンカーで空陸関係なく縦横無尽に動き回り、ビルに紛れて索敵が遅れることも多くなってきた。
「拳で語り合うんじゃなかったの!?」
たまらずオープンチャンネルで勇志に通信をいれる。
「機体性能がダンチなのに、真正面から行ったらボコボコにされちゃうだろ?」
「大人しくボコボコにされなさいよ!」
「なんと理不尽なッ!?」
そんなことを言って素直にやられてくれるようなやつじゃないか!
くッ、まさか私がこのゲームでここまで何もさせてもらえないなんて…
ちょっと地元のゲーセンでは敵なしだったくらいで浮かれていた自分が恥ずかしい。
「そろそろ仕掛けさせてもらうぞー」
縦横無尽の動きを続けながら左腕に装備された75㎜ガトリングを正確に私のヴァーチェカスタムに向けて撃ってくる。
1発1発の威力ではヴァーチェカスタムの装甲を貫くことは出来ないけど、それが何百、何千という数になればひとたまりもない。
堪らずヴァーチェカスタムのバリアフィールドを展開して防御の体制をとる。
そういえば、ダンガムシリーズの偉い人も「戦いは数だよ、兄さん」とか言ってたわね。
脚が重いヴァーチェカスタムでは、ゴフのガトリングを避けることは出来ず、防御に専念するしかない。
装甲をパージして運動性を上げても、前の二の舞になってしまう。
ならガトリングの弾切れまで堪えて、反撃を…
「弾切れまでやり過ごすつもりだろうが、ところがギッチョン!」
そう言うと、勇志は先程まで移動手段として使っていた右腕のワイヤーアンカーを私のヴァーチェカスタムに向かって発射した。
バリアフィールドを貫通して、ヴァーチェカスタムの左腕に取りつかれると、身体中に電流が流れたような感覚に襲われ、反射的にコントローラーから手を離してしまったが、またすぐに持ち直す。
しかし、ヴァーチェカスタムは私の入力を一切受け付けず、機能停止状態になっていた。
「まさかスタン効果!?」
「ご名答ー」
「汚いわよ!!」
「グラビティフィールドを使ってくる西野がそれ言うか!?」
「ま、まだ使ってないもん!」
「使う気はあったんだな」
ゆっくりと動けないヴァーチェカスタムに向かって勇志のゴフカスタムが歩いてくる。
「悪いがこれで終わりだ」
ゴフカスタムがシールドの内側から取り出したサーベルに熱を入れると、すぐに刀身が赤く染まっていく。
いつでも私のヴァーチェカスタムを切り裂く準備がてきていると言わんばかりね。
ゴフカスタムはヴァーチェカスタムの目の前で止まり、その右腕を高く掲げる。
「俺の勝ちだ」
ゲームだというのに、その後に起こることを想像して思わず目を瞑ってしまう。
しかし、ダメージの衝撃もゲームオーバーの音楽も流れてこない。
そっと目を開けると、画面に広がる赤い警告表示。
「未確認機接近警報!?」
「西野ッ!! ロックオンアラートだ避けろ!!」
勇志の機体越しに緑の閃光が見えたと思ったら、勇志のゴフカスタムが私の機体を横に押し飛ばし、閃光の方向にシールドを構えた。
一瞬の出来事で何が起こったのか理解出来なかったけど、次の瞬間、緑の大出力ビームがゴフカスタムのシールドを飲み込み、周りのビルごとゴフカスタムが吹き飛ばされた光景を見て、やっと理解した。
「敵!?」
「2匹まとめて葬ってやろうと思ったのに、1匹だけかよ! しぶとい虫だなー」
ビル群の中に突如出来た道の先には、腹部に設置された3基の粒子砲を露出したダンガムがそびえ立っていた。




