顔出しNGの事情があるのです 23
何かこの感じ、身に覚えあるな…
確か中学の時、全国大会の決勝で同じようにファールされて脚を怪我したんだったっけか…
まだやれるという訴えも届かず、医務室に運ばれてしまった。試合に負けたと聞いたのはそのすぐ後だった。
試合が終わり、怪我の様子を見に来てくれた真純が涙ながらに話してくれたのは今でも鮮明に覚えている。
怪我さえしなければ勝っていた試合だった。少なくともコートにいる間は勝利を確信していた。もちろん俺だけでなく、あの場にいた全員がそう思っていただろう。
だからこそ、負けた事をしばらく引きずった。
都合が良い事に脚の方も結構な怪我だったのでそれを理由にする事もできた。
そして俺はそのままバスケから逃げるようにして部活を辞めた。
別にバスケが嫌いになったわけじゃない。
ただみんなの期待を背負って勝ち続けられるほど俺は強くないと気付いたからだ。
それに俺が楽しくてやっていたバスケが、期待を背負うごとに楽しさが薄れて、いつからか勝たなければならないバスケになったのが1番大きな理由だったが、今となってはただ自惚れていただけだとはっきり言い切れる。
だって俺は1人で戦っていたんじゃないんだから…
《Godly Place》で活動を始めて、1人ではできない音楽の魅力にどんどんハマっていった。
メンバーと呼吸とリズムを合わせ、ひとつひとつの楽器とひとりひとりの個性が融合し、最高の音楽が生まれる。
バスケも同じだったんだって、その時に初めて気付いた。
まるで自分が1人でバスケをしていたみたいに思い込んでいたが、そんなことは決してない。
真純も小畑も、俺という個性を生かすために呼吸とリズムを合わせてくれていた。
気付くのが随分遅くなってしまい、もうその時にはどうすることもできなかった。
花沢さんを最初に見た時、当時の自分の姿にダブって見えた。だからこそ放っておけなかった。
バスケから離れて初めてバスケの本当の楽しさを知った俺だからこそ、花沢さんにはバスケをプレーしている中でそれを知ってほしかった。
そして花沢さんは昨日、バスケの楽しさを自分で見出して、そして変わった。
今度は俺の番なのかもしれない…
「俺に、あの時ともう1度向き合えっていうのか…?」
言葉にするつもりはなかった言葉が口から溢れた。それはまるで自分に言い聞かせるような確かな重みがあった。
「勇志!? 大丈夫かッ!?」
「ああ… でも、また脚をやったみたいだ、悪いけど起こしてくれるか?」
真純が1番に駆け寄って来て心配してくれるが、すぐにメンバー全員が来て互いに声を掛け合い俺のために動いてくれている。
「おいてめぇ!!今のファールはワザとやりやがったろ!? どういうつもりだ!!」
小畑が村嶋に殴りかかりそうなのを他の部員が必死に止めている。村嶋は図星なのか反論もせず、目を背けているだけだった。
審判の判断も小畑と同じく『アンスポーツマンライクファール』を与えていた。
審判がファールを告げ、小畑と何やら話しをしている。おそらくは俺をどうするかという話だろう。いつまでも試合を中断しておくことは出来ないし当然だ。
いつまでも座り込んでいるわけにもいかない。それにまだ俺のやるべきことが残っている。
「くそーッ! めちゃめちゃ痛え!!」
立ち上がろうと脚に力を加えると尋常じゃない痛みが襲ってくる。
「勇志!! 無理しないで!!」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
客席の方から歩美と愛美が駆け寄ってきてくれた。俺が怪我をしたのを見て心配して来てくれたのだろう。
なんだかんだ言っていざという時は俺の身を案じてくれるんだな、と少し感動を覚える。
「ああ大丈夫、ちょっと脚を痛めただけだ…」
「え、そうなの?」
「何だーお兄ちゃん、もっと酷いのかと思ったよ~」
「え? あのー… 」
「結構酷い飛ばされ方してたから急いで来たのに」
「もうお兄ちゃんったら~、あんまり妹に心配掛けさせないでよ~!」
「あの〜、2人とも? もうちょっと心配してくれてもいいんだよ?」
何この手のひら返し? もう少し心配してくれてもよくない? あ、涙出そう…
「勇志、どうだ… いけそうか?」
審判と話しを終えた小畑が俺に続行の確認を取る。言葉にはしないが、俺に何とか出て欲しいというのは何となく伝わってくる。
「おう、もちろん行く! お前らを県大会に連れていかなきゃいけないからな!」
「勇志… 」
「駄目よ…! 行かせない!!」
通路の方から駆け寄って来た委員長が開口1番に叫ぶ。こんなに迫力がある委員長は初めて見る。
「気持ちはありがたいけど行かなきゃ … ッ!?」
「おいッ!?」
踏み込む軸足に力を込めるが痛すぎて体重をかけられない。すぐに倒れそうになるが、真純が支えてくれて何とかバランスを取ることができた。
「そんな身体で一体どうするつもり!?」
「そうだよなー… でもまだやり残したことがあるんだ、だから… 」
「またあの時みたいに…」
「え?」
委員長は俯きながら震える声で話し出す。まるで涙を堪えているように…
「どうしてそこまでするの!? 入月くんがボロボロになってまで試合を続ける理由も、責任もないじゃない!!」
「委員長… 」
「全国大会の決勝で怪我をした時、自分の所為でチームが負けたと思ってるんでしょ? それで責任を感じてバスケを辞めたんでしょ?」
「おい立花、それくらいにしといて…」「いや真純、止めないでくれ」
まるで俺を責めるように声を張り上げる委員長を真純が止めようとするが、俺が真純を制止して委員長の話を続けさせる。
理由はわからないが、俺は委員長の言葉をちゃんと受け止めないといけない気がした。
「委員長の言う通り、あの時俺は責任を感じていた。自分の所為で全国制覇できなかったと自惚れていた。けど、気付いたんだ。昨日の花沢さんのように、俺もバスケの楽しさに… そして俺は1人で戦ってるんじゃないってことを!」
「入月くん… それでも私は!」
「大丈夫大丈夫、アンスポーツマンライクファールのフリースロー1本決めたら交代するから」
「「「はいッ!?」」」
一斉に全員の驚愕の視線が俺に集まるが、俺何か変なこと言ったか?
「何そんなに驚いてんだよ? うちのチームで1番シュート率高いの俺だろ? だからフリースローだけやって交代するつもりだったんだよ。どうせこの足じゃ役に立たないし」
「まあそうなるよな、普通…」
ため息混じりに小畑がお手上げのポーズを取る。
「心配した私がバカだった… すごく恥ずかしいじゃない… 」
委員長がいきなり顔を真っ赤にして俯く。
なんか勘違いをされていたようで、それで柄にもなく大声出しちゃったりしたから恥ずかしいんだろうな〜。
でも、俺のために心配してくれたみたいだから謝っておこうかな。
「委員長? その~… あれだ、ありがとな」
「もう知らないッ!!」
「いったあ゛あああぁぁあ!!」
委員長は去り際に俺の怪我した方の足を軽く蹴り上げ、元来た方へ走って行ってしまった。
悪いとは思ってるけど、だからって脚を蹴らなくてもいいだろ!?
「と、とにかくみんな… 俺が必ずフリースローを決めるから残り5点頼むぞ… 」
「おっ、おう… お大事に… 」
蹴られた脚を摩りながら激励する俺に同情してくれたのか、逆に心配してくれる男子たち。
それぞれが戻る中、俺も痛む脚を引きずりながらコートに戻る。
このフリースローを決めて5点差、残り時間は約80秒、チームを信頼してあとは委ねるだけだ。
《ピィー!!》
短いホイッスルの後、審判からボールを渡される。
「集中しろ… 」
ゆっくりと深呼吸をし、リングの中央1点に狙いを定める。
全身をバネのように使い、無駄がなく鮮麗されたフォームからボールが放たれていく。
ボールはまるでリングに吸い寄せられるかのように中央を通り抜けた。
《ピィーーー!!》
そのまま交代をしらせるホイッスルが続き、控えの選手とハイタッチを交わしベンチに戻る。
ベンチには花沢さんが待機していて、手にはゴールドスプレーを持っていた。
「入月先輩! 部長からコールドスプレーを持っていくように言われて来ました!」
「ありがとう花沢さん、有難く使わせて貰うよ。 … いッ!」
ベンチに座ったところで、花沢さんからコールドスプレーを受け取り、脚をあげようとするが、痛みでうまく上がらない。
「入月先輩! わっ、私がスプレーしますッ!!」
「え!? いやでも… 」
俺の返事も聞かずに花沢さんは俺の前に回り込み、両膝をついて座ると、その太腿の上に俺の怪我をした左足を導く。
それから、スプレーをする為に靴と靴下を丁寧に脱がされ、俺の生足がダイレクトに花沢さんの太腿の上に置かれる。
やわ、柔らかい…
花沢さんの太腿に触れている俺の脚の部分に全神経を集中させる。
女の子の太腿ってなんて柔らかいのだろう…
薄いユニフォームの生地を通して女の子の脚の柔らかさと素晴らしさが伝わってくる。このまま脚フェチ教に改心しようかなと思えるくらいの破壊力が花沢さんの太腿にはあった。
怪我して良かった、本当に良かった…!! あとで村嶋にお礼を言わなきゃな…
「大丈夫ですか、先輩…? 」
「え? あ、ああ! 大丈夫大丈夫!」
いかん!試合中だというのに完全に意識を持ってかれていた。
「脚… これで大丈夫ですか?」
「うん、痛みもほとんど収まったみたい。ありがとう花沢さん」
うん、これはコールドスプレーの力というより、花沢さんの太腿の力に違いない、有難や~。
俺は心の中で花沢さんの太腿に向かって手を合わせた。
おっと、いかんいかん!
「それで、試合は!?」
決して忘れていたわけじゃないが、コートに視線を向けると、スコアは残り2点差を示し、タイムは残り4秒ほどしか残っていなかった。
コートにいる全員の顔を見回すが、明らかにうちのチームは限界がきていて、今にも倒れてしまいそうなほど疲労しているのが痛いほど伝わってくる。
「あと4秒!! 気合い入れろーッ!!」
コートに向かって腹の奥底から声を響かせる。あいつらなら勝てると信じている。それが絶対的な信頼、バスケの楽しさの源だ。
「あの野郎、怪我で退場してるからってでかい口叩きやがって… 」
「絶対勝ってアイツを胴上げしてやろうな!」
「そーだな! 全員最後の力を振り絞れ!! 勝つぞー!!」
「「「おーーーーッ!!!」」」
チームメイトの魂に再び火が灯ったことを確認して、俺はイスの背もたれに体重を預けた。
六花大付属の攻撃、エンドラインからボールを出し、再びタイマーが動き出す。
前へ前へとパスがあっという間に繋がり、3ポイントラインでボールを受け取った真純がシュートモーションに入る。
しかし、さすがに読まれていて2人がかりでチェックに入られるが、その瞬間に逆サイドにパスを回す。
ボールを受け取った小畑がそのまま3ポイントラインからシュートを放つ。
《ピィーーー!!!》
試合終了のホイッスルが鳴り響くが、ボールはまだリングに届いていない。
会場全体が静寂に包まれる。
まるで一瞬時が止まったような錯覚だった…
ボールはリングに近づいていくが、そのままリングを越えてボードに当たり跳ね返る。
そして、ゆっくりとリングの縁をなぞるように動き、ギリギリのところでネットの中を通り抜けた。
審判が右手の指を3本あげ、勢いよく振り下ろす。スコアがめくられて、六花大付属145、神無月144で止められ部活ブザーがけたたましく試合終了を告げた。
「「「うぉぉぉおおお!!!」」」
会場全体が地響きのように震える。
ベンチにいたチームのメンバーは一斉にコートに入り、抱き合って喜びを分かち合っている。
俺は脚の怪我もあり、ベンチでその様子を見守ることにした。
「すごい… 勝ったんですね」
隣に立っている花沢さんは目に涙を浮かべながら六花大付属の勝利を噛みしめているようだった。
「俺たち全員がバスケを心の底から楽しんだから勝てたのかな。まあギリギリだったけどね」
「私、感動しました! こんなに凄い試合を見たの初めてです!」
あの男嫌いだった花沢さんが目の色を変えて、物凄い至近距離で感動を訴えてくる。
なんかよくわからないが俺も言いようのない感動を覚える。そしてあの膝枕ならぬ、膝足枕の感動といったら、正直この試合の勝利よりも喜びが大きかった。
「いや… 花沢さん、俺の方こそありがとう。こんなに幸せなことが世の中にあったなんて知らなかったよ… 」
「えっ…!? 何の話しですか? 」
「いやごめん、こっちの話」
頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる花沢さん。その仕草がまた一段と可愛らしい。
そして蘇る膝足枕の感動。もう1度その御足に触れることができないものでしょうか…
「勇志~ッ!」
俺が再び膝足枕の感動に浸っていると、コートではしゃぎ回っていたチームのメンバーが一斉に俺の元に集まって来る。
「主役がなーにベンチでノンビリしてんだよ~」
「勇志くんのおかげでこの試合勝てたんだよ!?」
「あの神無月学園を倒したんだぜ!? 信じられるか!?」
「この試合で勝ったらお前を胴上げするって決めてたんだ。全員、勇志を担げー!!」
「いや!ちょっと待て!!やめッ!」
口々に俺を称賛したと思ったら、最後の小畑の号令で皆んなに担ぎあげられ、そのままコートの中央に運ばれて胴上げされてしまった。
「「わーしょい! わーしょい!」」
「やめッ! 怖い怖い怖い!! 降ろしてーッ!!」
…
……
………
その後、すぐに決勝戦が行われたが、男子は先ほどの試合での活躍が嘘のようにボロ負けした。
それでも、県大会出場枠に入っているため、約束通り男子バスケ部の存続は決まったらしい。
女子の方はというと、神無月学園と壮絶な優勝争いを制し、地区大会優勝を見事に勝ち取った。
そういえば、神無月学園との試合後、向こうの監督に連れられて、村嶋慎が俺にファールのことで謝りに来たが、「いや、お前のおかげで俺は脚フェチ教に改心することができた、むしろありがとう」と言ったら青い顔をして逃げ帰っていった。
アイツはまだ脚の素晴らしさがわからないお子ちゃまらしい。
後日、正式に小畑、及び男子バスケ部により、入月勇志の限定プレミアゴールドダンガムプラモ授与式が行われた。
念願のプラモを受け取った時の感動は、花沢さんの膝足枕にも負けじとも及ばない喜びがあった。
そういえば、俺をバスケのスケットに引き込んだ最大の要因であった、“俺の秘密”とは何だったのか、と小畑に聞いたら、「そりゃあ勇志、実は立花時雨と付き合ってるだろ?」と言われて、腰が抜けそうになった。
てっきりお前ガップレのユウだろ?と言われると思ったら、とんだ勘違いだったようだ。
真純も「そんな大事なことを小畑にバラすわけないだろ」と言ってたしな。
小畑がなぜ俺が委員長と付き合ってると思ったのかというと、この前の委員長とお茶したところをうちの生徒に目撃されていたらしく、その噂を聞きつけた小畑がそれをネタに俺をバスケ部のスケットに引き込んだということだったらしい。
とんだくたびれ儲けだ。
小畑には県大会の方もスケットしてくれないか頼まれたがきっぱり断った。
さすがにこれ以上はガップレの活動に支障をきたすし、水戸さんに怒られる。それに《kira☆kira》からも楽曲提供の件でお呼びがかかっているし、どう考えても忙し過ぎるだろ…
はぁ… ゆっくり部屋に篭って、ゲームやプラモ作りたい…
俺の忙しい日々はまだまだ続きそうです。




