顔出しNGの事情があるのです 19
「いや~、なんとか勝てたな… 」
委員長に酔い止めの薬を貰ってなんとか試合に出れるくらいまでは回復し、俺と小畑が入ったことで形勢は一気に逆転、ギリギリで勝つことができた。
さっき委員長には格好良く、男にはやらねばならない時があるだとか言ったけど、まあ限定プレミアゴールドダンガムプラモのためだと言うことは伏せておこう。
「おい勇志! さっきの話は本当なんだろうなッ!?」
「お、おう… もちろん… 」
復活した小畑が試合終了後に早速俺のところへ来て確認を取る。
ついさっきまで、ベンチで燃え尽きたボクサーのようだった小畑を奮い立たせたのは、何てことはない、耳元で一言呟いただけだった。
『もし男子が試合に勝ったら、女子全員のユニフォームのサイズを1つ小さくしてくれるってよ』と、
この一言が、燃え尽きていた小畑の心に火を付けたというわけだ。もちろん真っ赤な嘘なのだが、それでやる気が出たのだから小畑も本望だろう。 今日の試合が全て終わるまでは申し訳ないが騙されていてもらおう。
さて、第3試合は昼休憩を挟んで午後からだから時間があるな。
さっき小畑に全てをぶちまけて、胃の中が空っぽになったから食欲はあった。
歩美と愛美が早起きして弁当を作っていたみたいだから合流するか。
コートでの上がり作業を終え、歩美たちの元へと向かう。 真純を含めた他の部員たちは弁当は持ってきていないということで、近くの飯屋にいくらしい。
去り際、小畑に「リア充爆発しろッ!! キエーーッ!!」とか言われたけど、放っておこう。
外から見たらそう見えるかもしれないが、実際はそんなに良いものじゃないとだけ言っておいた。
「お兄ちゃ~ん! こっち~!」
「ごめんごめん、お待たせしました」
エントランスの周りには食事が取れるようにテーブルとイスがいくつか置かれたスペースがあり、そこで愛美が俺の姿を見つけて手を振って、席を教えてくれる。
俺の分の席を空けてくれていたようで、1人分空いている席に座りながら、遅れたことを謝罪した。
「お疲れ様、入月くん」
「入月先輩お疲れ様です…. ご一緒させていただいてます」
「いえいえ、それにしても随分と珍しい組み合わせだな」
愛美に呼ばれて座った席には、歩美と愛美だけでなく、委員長と花沢さんも一緒だった。
「時雨と花沢さんが男子の試合を見に来て、そのまま食事に誘ったのよ」
歩美がお弁当が入った包みを広げながら教えてくれる。歩美が出したお弁当を配りながら、今度は愛美が口を開く。
「それよりお兄ちゃん、さっきの試合すごくヒヤヒヤしたんだから! 他の人たちにも迷惑掛けて!」
「ごめんごめん、悪かったよ。 でも本当に気持ち悪くて大変だったんだからな? あ、委員長酔い止めありがとな、本当に助かった。花沢さんも水ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして」
「あッ! はぃ… 良かったです… 」
昨日から花沢さんと普通とまではいかないけど、ちゃんと会話ができている。
こんな日が来るなんて… 感動だ~!
「どうしたの勇志、そんな顔して? 私が作ったオニギリがそんなに美味しかったの?」
おっと、どうやら感動が顔に出ていたようだ。
「いや、違うよ…」
「違うってどういうことよッ!?」
「違くないです!! すいませんッ!!」
歩美の問いかけに素直に美味しいと言えばいいのに、つい余計なことを言ってしまった。
まあこういうことは日常茶飯事だし、歩美だけに限ったことでもない。妹の愛美も似たようなもんだし、本当に女の子って難しいよな。 こういうところがリア充って言われても素直に喜べないところなんだよ。
「あの… 入月先輩、さっきの試合すごく格好良かったですよ?」
歩美の機嫌を損ねてしまい、肩身を狭そうにしている俺に、花沢さんが気を利かせてくれたのか、話しかけてくる。
「フッ… 今にもリバースしそうで逃げるように退場していったのがかい?」
「ちち違いますよ!! 後半戻ってきてからです! あっという間に得点差をひっくり返しちゃったじゃないですか!?」
「ああ、まああれは真純たちがディフェンスで食い止めてくれてたから、なんとか逆転できたんだよ」
事実、あれ以上点数を離されていたら厳しかっただろう。
「でも、これなら次の試合も楽勝じゃないですか?」
「うーん… 次の試合ね~」
「次の試合は入月くんでも苦戦すると思うわよ」
俺の代わりに花沢さんの隣に座っている委員長が箸を止めて答える。 次の相手は昨年、県大会優勝を果たし、全国大会に出場した学校だった。
『神無月学園男子バスケ部』それが俺たちの次の対戦相手だ。 神無月学園はほぼすべての運動部にスポーツ推薦があり、全国から優秀な人材を引き入れている。
そのため、同じ高校生といってもレベルが違う。身長も体格も文字通り頭1つ飛び抜けている。
そう考えると昨日の女子の練習試合は凄かったな。その神無月学園に勝ったのだから、さすが女子は県大会常連なだけはある。男子とは大違いだ。
「本当は女子みたいに決勝戦で当たりたかったんだけど、運悪く準決勝で当たっちゃってね、厳しい試合になると思う」
それが紛れもない本心だった。神無月学園の去年の主力メンバーである3年生は全員引退しているが、レギュラーメンバーの中に何人か2年生がいたらしいと小畑から情報は聞いている。
こんな1番最初の地区大会ごときで、レギュラーメンバーを出さないだろうし、今の神無月学園の戦力はまだ未知数ということだ。
「大丈夫です!! 入月先輩なら絶対勝てますッ!!」
いろいろ考えていて、難しい顔をしていた俺を見かねたのか、花沢さんが見たこともない強い口調で言う。
「そっ、そうだね! まあ頑張れば勝てるかなー? よーし、頑張ろーっと」
花沢さんが少し泣きそうな顔をしていたので、精一杯フォローをしてみたが、我ながら下手くそだな。 ますます花沢さんの顔が泣きそうになってしまう。
「ちょッ、ちょっとお手洗いに行ってくるわ!」
その場の空気に耐えられなくなって逃げるようにトイレに向かう。
花沢さんのフォローは委員長がうまいことやってくれるだろう。それに本当にトイレにも行きたかったし丁度良かった。
近くの男性トイレに入り、空いている小便器に向かって用を足していると、隣で用を足してながらこちらじーっと睨んでいくる奴がいた。
「おいッ!!」
気付かない振りをしているとしびれを切らしたのか相手から声が掛かる。
「はい、なにか御用でしょうか?」
「お前、六花大の入月勇志だろ?」
「そうですが、どちら様でしょうか?」
「とぼけんじゃねえぞ! 俺だよ俺!」
なんだ? 新手のオレオレ詐欺かなんかか? こんなガラの悪そうな知り合いいないはずだぞ、だって怖いもん。
「いや~、存じ上げませんね」
「てめぇ~、どこまでも人をおちょくりやがってぇ!!」
すると、隣からスッと俺のジャージの胸倉を掴み掛かってくるが、もちろん俺は避けることができずにされるがままに引き寄せられる。
「六花大付属中のバスケ部で一緒だった村嶋慎だよ! 今は神無月学園のレギュラーだぜ? 舐めた口聞いてんじゃねぇぞ! ア゛ァん!?」
「ああ~、慎か! 随分ガラ悪くなって全然わからなかったわ~、神無月学園ってことは次の試合で戦うことになるからよろしく!」
「おッ、おう… わかればいいんだよ…. 」
「いやー、慎? 申し訳ないんだけど~… 」
「なんだよ?」
「お前の足に俺のオシッコ掛かってるからな?」
「ア゛ーーーーーッ!!!」
「いや、お前が悪いんだよ? オシッコしてるのに掴みかかってくるから」
「くッ…… 」
「悪かったって、それと神無月のレギュラーおめでとう。 中学のときは最後レギュラー落ちしたもんな、よかったじゃん! 頑張れよ!」
あからさまに落ち込んでいる慎の肩を叩き慰める。 誰が嬉しくて男のオシッコなんて掛けられるだろう、俺だったら泣いちゃうね。
「てめぇ!! ふざけんじゃねぇぞ!! 次の試合でボッコボコにしてやるからなぁ!! 覚えておけよ!?」
そう言い残して村嶋慎はトイレから出て行ってしまった。
可哀想に… ボコボコにしてやるとでも言わないとやってられなかったんだろう。 思春期真っ只中のちょっとワルやってますな高校男子の精一杯の抵抗だったんだよね…
試合で顔を合わせたら知らない振りしてあげよう。
そう心に決めてトイレを出たのであった。




