顔出しNGの事情があるのです 10
「ただいまー」
はぁ、疲れた…
保健室でシゲ先生にガップレのユウだってバレたときはどうなるかと思ったが、サインを書けば秘密は守るという条件を飲み、後日色紙を持ってくるからその時ということになった。
あの後、痛む脚を誤魔化して体育館に戻ったが、委員長に「今日は帰って休みなさい」と言われて、怪我人がいても邪魔になるだけかと思い、ご厚意に甘えて帰って来た。
そういえば小畑に何も言わないで帰って来てしまったが、あいつも一応男子バスケ部の部長だった。
まあいいか、真純か委員長がフォローしてくれるだろう。
「おかえり~、 お兄ちゃん」
玄関を上がって直ぐ右手側がリビングになっていて、そこでテレビでも観ているだろう妹の愛美から兄帰宅時の定型文が返ってくる。
「たまには玄関までお出迎えしてくれてもいいんだぞ?」
「また今度ね~」
それ絶対やらないやつじゃん。
お兄ちゃんは悲しいよ、昔はいつでもどこでも、お兄ちゃんお兄ちゃんって後ろをくっ付いてきて、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するとまで言ってたのに…
どこで道を間違えてしまったんだろうか… お兄ちゃんは悲しいよ。
そんなことを考えながら、階段下に荷物を一旦置き、ベタベタな汗と1日の疲れをシャワーで洗い流そうと風呂場へ向かう。
脱衣室に入ると、先客がいたようで誰かが中でシャワーを浴びているようだった。
ふと視線を降ろすと、今さっきまで履いていたであろう服が綺麗に折り畳まれて置いてある。
1番上には見たことないセクシーな赤いブラジャーがちょこんと置いてあり、嫌でもそちらに目がいってしまう。
「はッ!?」
愛美のやつ、俺の知らないところでこんなセクシーな下着を着けていたというのかッ!
お兄ちゃんは悲しいよ…
あの元気で可愛い純粋な妹はもういなくなってしまったのね…
いや待てよ… 愛美はさっきリビングにいたぞ?
まさか、母さん!?
こんなセクシーなのを着てるのか!? いくら30代だからといっても、息子にはちょっと厳しいものがあるんですけども!
んん?
でも、母さんのにしてはサイズが小さいな、もしや母さんのじゃないんじゃないのか?
じゃあ、一体これは誰のだ?
背中に嫌な汗が吹き出て、ビッシリと服が張り付くのがわかる。
『ガラガラガラ… 』
ちょうどその時、風呂場のドアが開かれ、中から女性が出てくる。
あれ? どこかで見たような顔だなと、まじまじと相手の顔を見つめる下着を持ったままの俺。
当然相手も気付き、目が合う。
一瞬、時が止まったような静寂の後、とりあえず俺は精一杯身の潔白を証明することにした。
「俺は何も悪くない、何も見ていない。 じゃ、そういうことで失礼いたしました」
「このッ、変態ドスケベがぁああ!!」
「あべしッ!!」
Uターンしてドアを開けようとした俺の後頭部を見事な上段蹴りが貫き、顔面がドアにめり込む。 そのまま顔面から滑り落ちるように床に崩れ落ちた。
騒ぎを聞きつけた愛美に救出され、今はリビングのソファーに横になりながら後頭部と顔面を氷で冷やしている。
「それで? どうして西野が家にいるんだ?」
家の風呂を使っていた女性は金髪女の『西野莉奈』だった。
どこか見覚えあると思っていたが、まさかコイツだとは思わなかった。
まあ風呂上りでいつもと雰囲気が違かったからわからなかったのもあるけど。
「どうしても何も、愛美ちゃんに誘われたから来たのよ」
そう顔を赤くしながら話す西野、風呂上りだからか顔が赤い。
「でも、2人ともお互い接点ないだろ? いつ知り合ったんだ?」
たしか西野は俺と同い年だったはずだし、住んでるとこは隣町のはずだ。
愛美の方は俺の母校でもある立花大付属の中学校で、まず接点はない。
「ついさっきだよ、お兄ちゃん」
西野に質問していたのだが、代わりに愛美がダイニングテーブルに用意されたお菓子をパクつきながら答える。
「私が駅で友達と別れた後、変な男たちに絡まれてたところを莉奈さんが通り掛って助けてくれたの! カッコよかったんだよー!」
上段蹴りのジェスチャーをしながら興奮まじりに話してくれている。
うん、知ってるよ。 その上段蹴り、俺もさっき後頭部に食らったから。
「それでなんで家の風呂入ってたんだよ?」
「その時ちょうどジュースを手に持ってて、戦っている時に自分に掛かっちゃったの」
「それで私が家が近いから寄っていってくださいってなった、というわけなのです」
なるほどね、それで西野は俺の部屋着を着ているわけね。
西野、今着ている服が俺のだって知ってるのかな? いや知らないだろうなー、知ったら怒るだろうし、黙っとこ。
「そういうことなら、ありがとな西野、 妹を助けてもらって」
「べッ! 別に… たまたまあの場にいたからだし、気にしなくていいわよ」
「およ? なんか莉奈さん、お兄ちゃんがいるって言った時と、お兄ちゃんが目の前にいる時だけ反応がおかしいのは、もしかするともしかするのかな?」
「ちょっと! 愛美ちゃん!?」
「きゃッ!」
「おーい、2人でコソコソ何やってんだー?」
愛美に何か言われたのか、西野が愛美の口をガバッと押さえて、俺に背を向けて何やらコソコソやっている。
まあ仲良くてなによりですがね。
「お兄ちゃんには内緒~! 女の子には秘密がいっぱいあるのです」
「へー、そうですか、 そりゃ失礼いたしました」
それより西野のやつ、さっきより顔赤いぞ? 大丈夫か?
「ねーねー、お兄ちゃん。 莉奈さんが遊園地のチケットあるらしいから、今度3人で行こうよ!」
「いや、2人で行ってきたらいいじゃん。 女2人水入らずでさ」
「それじゃ意味ないの!!」
「え?」
一体なんの意味なのでしょうか?
「もう!とにかくお兄ちゃんも一緒に行くの! 最近忙しいからって私に構ってくれてないでしょ!」
「はいはい、わかりましたわかりました、 行くよ行くから!」
かくして、俺と愛美と西野の3人で遊園地に行くことになったが、まあたまにはそういう息抜きもいいだろう。
「…勇志と遊園地… 勇志と遊園地…」
それにして西野のやつ、本当にどうした? いつもの威勢が全くない。 人ん家だから気にしてんのか? なんか調子狂うな。
今も愛美とダイニングテーブルのイスに並んで座って、俯いてモジモジしている。
「あ、でも俺しばらく部活の助っ人で忙しいから大会が終わってからな」
「そういえばお兄ちゃん、そんなこと言ってたね、了解~」
「へぇ~、勇志も助っ人なんてやるんだ、運動部?」
「バスケ部の助っ人だよ」
さてはコイツ、俺が運動できないと思ってんな。 委員長もそうだったけど、俺=(イコール)インドアのアニメゲームオタクっていう印象はどうかと思うぞ。
俺なんてまだまだペーペーですよ? 本気でインドアやってる人に謝れって話ですよ!
「えッ!? 私も今バスケ部の助っ人してるー」
「へえー、それは奇遇だな。 じゃあ、次の地区大会に西野も参加するのか?」
「うん! ということは勇志もだね! じゃあ会場で会えるんだ」
「会えるって言えば会えるけど、会ってどうするんだ?」
「ぐッ… いいの!別に! せっかくだから勇志のこと応援してあげようと思ったの!」
「お、そうなのか、それはありがたい。 応援されると力でるからな」
「う、うん。 代わりに私の事も… その… 応援、して欲しいかな? なんて」
「ああ、いいよ。 時間があったら行く」
「え゛ッ!? いいの!?」
「いや、なんでダメだと思ったのよ?」
なんかもう西野やつ、よく分からなくなってるぞ、湯当たりでもしたんじゃないか?
その後西野は、買い物を終えて帰ってきた母さんに晩御飯を食べてけと勧められ、断りきれずに晩御飯を食べ、夜も遅いからと女の子1人で返せないとかなんとかで、結局泊まっていくことになった。
流石に迷惑だろと思ったのだが、今も隣の部屋から楽しそうな声が漏れてきているので気にしないことにするか。
俺は脚も痛いし、今日は早く寝よう。 ささっと寝る支度を整えて、布団に潜り込むのであった。




