顔出しNGで楽曲提供 2
「キアラ、どう? 歌詞は書けた?」
「こんな感じで書いてみました、どうでしょうか?」
《kira☆kira》が所属している『スターエッグプロダクション』という会社の練習用音楽スタジオでの曲作りも終盤に差し掛かっていた。
時間を無駄にしないためにここへくる前に何曲か候補を考えてきていて、どんな曲がいいか最初はギターを弾きながら意味のない言葉や英語でメロディを歌って聴かせた。
一通り聴かせ終わってどれがいいかキアラに訊ねると、全部良かったと返されて少し困ったが、その中から最終候補をしぼり、キアラによる歌詞付けまでなんとか進んでいた。
「どれどれー」
キアラから渡された歌詞を見るとどうやら初恋を唄った歌詞のようで、簡単にまとめると歌の中の女の子は相手の強面の男子が最初は怖かったけど、ある事件をきっかけに本当はすごく優しい人だと知って、そこからは女の子から少しづつアプローチをして、最後は結ばれるというストーリーだった。
「すごく良いんじゃないかな、《kira☆kira》と言えば恋の歌、それに女の子の方から積極的にっていう歌詞は今までにない感じで新鮮だね」
「はい! 自分の体験を基にしているのでスラスラ書けました」
ははーん、いつぞやの歌番組で発覚した意中の相手のことね。こんな可愛い子に想ってもらえるなんて幸せ者め!
「でもアイドルは恋愛禁止なんじゃないの?」
べッ、別に羨ましいから意地悪な質問してやろうとか思ってないんだからね!?
「はい、そうなんです。 だからこれは誰も知らない秘密の恋なんです…」
「そっか… 」
アイドルっていうのも大変だよな。 俺は顔を隠しているからともかく、キアラほどの有名人になるとパパラッチとか大変だろうに…
この前の歌番組以降なんて、どの週刊誌もキアラの意中の相手を予想したり、勝手に決め付けて載せたりして大騒ぎだったもんな。
まあ、テレビやライブで笑顔振りまいている子が、プライベートでは男とイチャイチャしてましたとなると、好感度は当然落ちるし、1度落ちた好感度を上げることは至難の技だ。
なら最初から恋愛禁止にすれば… となってしまうわけだ。
でも、そんな女の子たちに恋の歌を歌わせている大人たちは、彼女たちの望む幸せを一体どう思っているんだろうか?
「そっか… じゃあキアラの恋がいつか叶うように、俺も応援するよ!」
「え… はい! よろしくお願いします!」
キアラはそう言いながら嬉しそうにモジモジしてる。本当にそいつのことが好きなんだろうな…
こんな可愛いくて良い子に想ってもらえるなんて幸せ者め、顔を見たら1発くらい殴ってやろうかしら!
「よし! じゃあ試しに1回歌ってみようか!」
「はいッ!」
横に立てかけていたアコースティックギターを取り、組んだ足にフィットするようにボディーの曲線を合わせて乗せる。
ポップなリズムで刻むギターの音に合わせ、キアラが歌い始めた。
優しく明るい声で、聴いていると自然にこの片想いの恋を応援したくなるようなそんな気持ちになっていく。
歌っているキアラを見ていると、自然と自分も笑顔になるのがなんとなくわかって少し照れくさい。
まあお面を被ってるから見られることはないんだけど。
…
……
………
「ユウさん、どうでしたか?」
「うん、すごく良かったよ!」
「やったーー!!」
「後はアレンジを決めて仮録音だな! 思いのほか順調に進んでるな」
「はい! きっとユウさんだからこんなに順調に進んでいるんだと思います。 それに、こんなに楽しく歌えたのは初めてです! 本当にユウさんは凄い才能を持ってると思います!」
「いやいや、そんなことないよ。 キアラだって凄い才能を持ってるじゃないか! 俺、キアラの歌を聴くと笑顔になれるし、元気になる」
「そッ、そんな… ありがとうございます… ユウさんに褒められちゃいました… 」
俺より歩美の方がずっと音楽の才能あるし、翔ちゃんにもギターテクニックじゃ足元にも及ばない。
自分では器用貧乏だと思ってるんだけどな。
「でッ、でも! ユウさんは本当に凄いですよ! もっと自分に自信を持ってもください!!」
「お、おう… 」
そんなに熱を込めて言われるともう何も言えない。
それと顔が近いってば!
「… たしも… じし……なきゃ…」
「え? 今何か言った?」
「あのッ!」
「は、はいッ!」
小声で何かボソボソっと言ったと思ったら、突然の大声で呼び掛けられ驚いてしまう。
「…ユウさんのそのお面、脱いでもらってもいいですか…?」
「え!?」
どうしてまた突然このお面の話になったのだろうか?
「いえ! その… ほら! さっきユウさん、私の歌を聞いて笑顔になるって言ってたので、本当かなーって…!」
何やらとって付けたような理由だが、でもまあキアラだったら外しても構わないかな。
別に外してここへ来ても問題なかったが、もし外して来てアンタ誰?ってなっても困るから被って来たわけだからな。
「いいけど、他言無用で頼むよ?」
「はい…! もちろんです!」
「じゃあ… 」
早速お面を脱ごうと手を掛けるが、シャツの襟に引っかかってなかなか脱げない。
修理に出した際に、ライブなどで激しい動きをしても脱げないように改造してもらったため、脱ぐのが結構大変なんだよな〜。
「あの… 良かったら私が脱がせましょうか?」
「ごめん、頼むよ」
そうこうしているとキアラが気を利かせてくれたので、遠慮なくお願いすることにした。
俺と向かい合うように前に出てきたキアラが、俺の頭の後ろに両手を伸ばす。
この体制だと、必然的に俺とキアラの距離は凄く近くなるわけで、キアラの女の子特有の良い香りが俺の鼻をくすぐる。
ち、近いな、これは他の人が見たら女の子が男の首に腕を回しているように見えるのではなかろうか、そしてそのままキスを…
いかんいかん! 邪念よ、去れーッ!
「あ、取れました。 で、では脱がせますね… 」
「お、おう… 」
何かこう誰かにお面をゆっくりと脱がせられるのって、ちょっと恥ずかしいなと思っていると、突然大きな音を立ててスタジオのドアが勢いよく開かれた。
「ちょっとアンタたち!! 何やってんのよ!?」
「へ?」
「あッ、アキラちゃん!?」
勢いよく開かれたドアの前に立っていたのは、凄い形相をしたアキラだった。
「そんな何って言われても、別に俺たちは何も… 」
いや、待て。
俺とこのキアラの体勢は何かと誤解を生むような気がすると丁度思ってたところじゃないか!
「ち、違うんだ! これには訳がッ!!」
「問答無用ーッ!!」
「あッ、あ゛あぁぁぁーーッ!!!」
「ゆッ、ユウさーーんッ!!」
アキラのドロップキックを顔面に受けた俺は、まるで天変地異が起きたような錯覚を覚えてそのまま意識を失った。




